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42発目 森を崩す者,剛蹄竜と潜蛇竜

「いやぁ,ご無事で何より。まさかあの竜族を文字通り一発で吹っ飛ばしちまうなんてな。驚きましたよ」


「別に,大したことじゃないさ」


 激闘の山下りを乗り越え,リーマップの森へと到着した私達は,まずは現地で情報を集めることにし,ベースキャンプとなるリーマップ・フロンティアの館長と面会する。今目の前にいるジョン・ライト・アレキサンダー氏がそうだ。


 見上げるほどの背丈にどっしりとした体格。浅黒く日に焼け,筋骨隆々という表現がぴったり当てはまる頼もしい身体には,ところどころに包帯が巻かれている。恐らく土竜の襲撃によって負った傷なのだろう。実際に彼らと接敵した彼ならば,猶のこと先ほどの彼の行動は脱帽ものなのだろう。


「それにしても,一体どうすれば,あれほど大きな魔獣を吹き飛ばすなんてこと……」


「ん?ああ……アレは何も特別なことじゃない」


 私の素朴な疑問に,かれはあっけらかんとした声で答える。


「ただ……奴の突進の衝撃を,そのまま能力で100倍返しにただけさ」


「衝撃を,100倍返しに……?」


 あまりピンと来ていない様子のアレキサンダー氏。首を傾げる彼に,マクラウド氏は誇らしげに続ける。


「そう。あのまま魔獣が突撃してきたら,牛車なんて木っ端みじんになってしまうほどの衝撃が発生するだろう?俺はその衝撃を利用したのさ。


 俺の能力【写鏡(パーフェクトミラー)】は対象物をなんでも,完璧に再現することが出来る……つまり,その衝撃を再現すれば,同じだけの衝撃を相手に与えることが出来るっていうわけさ」


「なんと……!?物質はおろか,衝撃まで鏡映しにするなど,聞いたことがありませんな……!」


「でも,それだったら等倍になりませんか?100倍っていうのは……」


「ふふふ,慌てない慌てない」

 

 指を立てて左右に振り,こちらにウィンクをするマクラウド氏。考えてもみなよ,と前置きすると,彼はその真相を明かす。


「1つの物事を鏡映しに再現することが出来るということは,その再現したものを複数個並べるってことも可能なんだよ。ほら,俺達だって,複数枚の鏡を立てれば,その数だけ姿が映るだろう?ただ俺は,その数を100個にしたって言うだけさ」


「そ,そんなことが……!?」


 ベースキャンプにざわめきが走る。当然の話だ。


 その理屈で話を進めると,相手の攻撃を鏡映しにしてしまえば,どんな攻撃でもはじき返すだけでなく,その威力をさらに高めて相手に返すことが出来るということになる。協力無比なんで言葉では言い表せないほどの能力だ。


「でも,マクラウドさん……それだけのことが出来るのなら,どうして戦闘向きではないなんて……」


「当然だろう?相手からの攻撃がないと,何にもできないんだから。自分から攻められないなんて,無能もいいところ……昔からずっと,ギジェルモにはそう言われてきて,俺は万年荷物持ちさ」


「えぇ……」


 思わず絶句してしまう。チームのメンバーもそうだが,実際に魔獣を1撃で斃すことが出来る能力であるとの自覚があるのに,こうまで頑なに“戦闘には向かない”と主張する彼の真意は何なのだろうか?


 周りの人々も,口々に彼の能力をほめたたえ始め,一瞬静まり返った一室がざわめき始める。


 その喧騒を切り裂くように,カトラ様の声が飛んだ。


「その話はもういいだろう!?情報が欲しいと言ったはずだ,さっさと話を進めろ」


 表情こそ凛としたままだが,その声には明確に棘を感じる。先ほどとは別の意味で一瞬静まり返ってしまった。


「がっはっはっは,それもそうですな。申し訳ない,噂の元貴族令嬢・カトラ様に加えてこんなすごい人がいるとは聞いていなかったもので。これなら,森の安全もすぐに取り戻せるでしょうな」


 そんな雰囲気を吹き飛ばすように,豪快な高笑いをするアレキサンダー氏。その笑みで周囲の空気も少々やわらぎ,人々は期待のまなざしを向けている。それが自身に向けられているものではないとわかりつつ気恥ずかしさもぬぐえなかった。そんな気持ちを抑えつつ,私は改めて本題に入った。


「しかし,現地で集められた詳細な情報があれば,私達もより順調に掃討を進めることができます。依頼当時から状況も変化しているでしょうし,改めてお教えいただけますでしょうか」


「ええ,勿論です。今我々の持っている情報は,なんでも開示いたしましょう。カトラさんほどではないにせよ,このリーマップ・フロンティアでは腕自慢のハンターも複数抱えておりまして,既に何匹も奴らを討伐しております。まぁ,今は彼らも,調査のために軒並み出払ってしまっておりますがね」


 彼に促されて奥の部屋に進む。中心におかれた広いテーブルには,森林全体の詳細な地図が描かれていた。


 ごほん,と咳ばらいをすると,アレキサンダー氏は説明を始める。


「まず,ここが今現在我々のいる場所……リーマップ・フロンティア。カトラさん達が下りてきたのは,このローデルタ山。もっとも標高の低いこの山を入り口として,北西の方向に広がる広大な針葉樹林体を総称し,我々はリーマップの森と呼んでおります」


 1か所1か所指で指し示しながら説明が続く。現在地の後,最初に注目したのは,地図の

だいたい中腹辺り。ちょうど大きな川が,二股に分かれている平地の部分だ。


「最初に土竜族が確認されたのは,ショウ川とダウン川の合流地。急流が落ち着き,広めの中州が形成されている場所です。この付近ではそれ以降も頻繁に土竜の姿が目撃されております。恐らく,今も数匹はここに活動の拠点を置いているでしょうな」


「何故その場所での目撃が多いのか,調査は行われたのか」


「ええ。中州というのは川の途中で土砂が滞留して出来た場所。つまり,非常に地盤が緩いのです。活動時間の多くを土中で過ごす奴らにとって,そうした中州は潜りやすい快適な土地であると言えるでしょうな」


「つまり,土竜達はこの中州の近くで発見されることが多い……ってことか?」


 マクラウド氏の発言に,アレキサンダー氏はうむと頷く。改めて地図を見てみると,大きな川の近辺には決まって大小さまざまな平地が存在することがわかる。


「この森は周囲を山々に囲われていて,非常に川が多くなっている。必然的に流れに乗ってきた土砂が溜まる部分が多くなり,奴らの格好の住処となっているわけだ」


「なるほどな。つまり,わざわざ深い森の中に入ってまで捜索をする必要は薄く,比較的見晴らしの良い平地での戦闘がメインになると言ってもよさそうだな」


「ええ。我々もこでまで幾度も竜族と接敵してきましたが,その多くは平地でしたから。勿論,カトラさん達がさっき遭遇した個体がそうであったように,全くもって森林部には顔を出さない,というわけでもございませんがね」


「理解した。土の中を移動する以外に,特徴的な能力などはあるか」


「それに関してもデータがございますよ。おーい,生態図表集を頼む」


 しばらくして,職員の一人がいくつかの紙束と電子データ帳を持ってくる。ばさっと広げると,それらはすべて土竜族に関する資料だった。


「今回出現している土竜族は,現状2種が確認されております。まず確認されている個体の多くを占める,肉体的な能力に特化し,“剛蹄竜(ごうていりゅう)”の異名を持つボロンゴロンという種。カトラさん達が遭遇した個体がこれに該当します」


「これか。なんだか,体重のほとんどが上半身に寄っているような奴だ」


 マクラウド氏が資料を取る。一瞬だけしか確認することが出来なかったものの,頭蓋骨がむき出しになったような重厚な頭部の甲殻に,木の幹のような太さの腕,その先についた鋭利な長い爪……概ねうろ覚えの容姿と合致している気がする。


「ああ,概ね7~8割はそんな感じの見た目・特徴の奴が多い。近接戦闘に特化していて,一発一発の攻撃力が非常に高く,絶対に当たらない立ち回りを徹底しなければならない厄介な連中だ」


「ふぅん,なるほどね。それで,残りは?」


 余裕そうな表情で鼻を鳴らすと,彼はアレキサンダー氏に話を進めるよう求める。アレキサンダー氏はいくつかの資料を手に取り,テーブルの真ん中に広げた。


「もう1種確認されているのは,“潜蛇竜(せんだりゅう)”ガルランザ。こちらは蛇のような長大な胴体に小さな手足を持ち,縦横無尽に土中を地上を行き来するトリッキーな行動が特徴です。土属性の魔導回路を用いた,エーテル型の属性魔導を得意としているようで,個体ごとに大きく戦法が違うこともあり,こちらの方が厄介であると言えます」


「土属性……確か,その本質は堅固,ですよね……」


 土属性と言うと,その代表的な形態に造形魔導が挙げられる。土属性の導子を用いて,武器や道具などの様々な形質を再現し,それを用いて戦うものであり,一般的に非常に柔軟な戦い方を特徴としている。


 同じ土竜といえど,そこまで能力に違いが見られるとは……改めて,竜族という存在の強大さが理解できた。


「さて,それぞれの特徴を把握し終えたところで,次は今後の行動計画についての説明を……」


 アレキサンダー氏が話を進めようとする。すると,唐突にカトラ様がその話を遮った。


「アレキサンダー。少しいいか」


「はい?なんでしょう,カトラさん」


 アレキサンダー氏が眼を向ける。カトラ様の表情は,いつになく真剣で,張り詰めたものに見えた。


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