41発目 寒気を揺るがす地ならし
ガン,カン,ガン,カン。
ガラガラガラガラ。
車輪の音と振動が,リズムよく私たちの身体を揺らす。
窓の外には,私の胴回りの2倍はあるであろう太い木の幹が並んでいる。その先に生い茂る葉っぱたちは私達の進路と反対側にびゅうびゅうあおられ,風を受けてしなっている。火属性魔具による暖房が訊いている箱の中は快適だが,一歩外に出れば,今の我々の装備では半刻と持たずに凍えてしまうだろう。
そんな冷気をものともせず,魔導列車ですら進めない悪路を突き進むのは,大きな牛の霊獣族。スパイク状の蹄に炎を纏っており,強烈な足踏みで凍り付いた大地を砕き,霜を溶かしながら突き進む。
「なぁ,ミーア。さっきからずっとこの景色だけど……もう森の中に入っているわけじゃないのか?」
「ええ,今は森の一歩手前,入り口にあたるローデルタ山を進んでいる最中です。ここからもう少し進んだ,採掘者が寝泊まりするためのベースキャンプが牛車の目的地になりますね。運賃は契約金に盛り込まれ,達成時に返却されますので安心してください」
「そ,そうなのか……それなら安心だね……」
マクラウド氏はなんとか話題を絞り出したようだが,それ以上の発展を思いつかなかったのか,すぐに口ごもってしまう。カトラ様が銃の手入れをいつも以上に念入りにしているのは,話を振られないようにするためかもしれない。
しばらくそのままガタガタ揺られていると,不意に窓の外からまばゆい光が差し込んだ。
「あ,見えてきましたね。あれがベースキャンプ,リーマップ・フロンティアです」
山の中腹に広がる,開けた空間。地図によると,ちょうど下り坂に差し掛かる手前のようだ。木々によって遮られるものがなく,見上げると雲一つない青い空が広がっている。
その直下には,広く切り開かれた土地にに,数件の平屋が並んでいる様子が広がっている。よく見ると,色とりどりの寒冷地用の装備を着込んだ人々もまばらに確認できた。
「あれが今回の拠点か。随分と時間がかかったな」
「それはそうですよ。牛車は確実に歩みを進められる分,あまり移動速度が速いとは言えませんから。でも,今回は火山帯の依頼と比べてちゃんと人がいますから,ゆっくり今後の計画も練ることが出来そうですね」
「どうだろうな。火竜どもと違って,土竜は地中を掘り進んで移動を行う者が多い。思いがけないところから奇襲を仕掛けられないとも限らないぞ」
「それに関しては,拠点全体を覆うように魔獣除けの結界が貼られていると,事前の調査で把握しておりますよ。それでも,完全に油断してよいとは申しませんが」
牛車は下り坂に移行し,視界は再び木々に覆われる。一時だけ見えた美しい景色も,長旅の最後の気休めということなのだろう。
牛車の動きも下り坂に差し掛かったためか,心なしか軽やかになる。これならもう間もなく拠点に辿り着くだろう……そう思った時,唐突に牛車が減速しはじめた。
「わっ……」
「おっと!大丈夫?ミーア」
「え?あ,はい。ありがとうございます」
3人の身体が進行方向側に傾く。慌ててマクラウド氏が私を支えようとするが,大した揺れではなかったため事なきを得る。
何かあったのかと思っていると,車内に取り付けられた内線魔導陣がピッと起動した。
「えー,大変申し訳ございません。現在付近に魔獣の出現が確認されたとの連絡がベースキャンプよりございました。安全のため,速度を落として進行しております」
「魔獣の,出現?」
「土竜か……全く,面倒なことをする」
恐らく速度が下がったのは,慎重に移動することで土竜達の標的になりづらくしようとしてのことだろう。もう少しだけ遅れることになりそうだ,と思った時,ふっとマクラウド氏が立ち上がり,コートを羽織った。
「そうだね。仕方ない,僕が片付けよう」
「え?」
「なんだと?」
言うが早いか,内線を繋いで運転手に呼びかけるマクラウド氏。
「はい,何事かトラブルでしょうか」
「運転は今まで通りで構わないよ。土竜は俺が警戒して時間を稼ぐから」
「お,お客様がですか!?しかし,相手は竜族でしょう。いくらシノゾイック工房からの派遣でも,そんなに楽に勝てる相手ではないでしょう?」
「まぁ俺もあんまり自信はないけど,足止めくらいはできるよ。この牛車に近づけさせないくらいならね」
「えぇ……?」
「大丈夫,窓を開けてくれ」
「わ,わかりました」
半信半疑で運転手が開場すると,カトラ様はためらいなく窓を開け放つ。途端,びゅぅうっと外の風が車内に入ってきた。
「わぅう!さ,さむ……!」
「さて,行くか」
「で,でもマクラウドさん,あまり戦闘は得意ではないと言っていた筈では?」
「戦闘はね……まぁ,あんまり期待はしないでくれよ」
訳が分からなかったのでカトラ様の方を見る。すると,諦めたかのように彼女はため息をついた。
「いざとなれば私も出る。心配する必要はない」
「ええ……?」
「それじゃ,行ってくるね」
私にウィンクすると,マクラウド氏はそのまま窓の外に出る。外開きであったため,風によってすぐに窓はばたんと閉じた。
「運転手!そのまま進んで!まだ魔獣の気配はしない!」
「わ,わかりましたよ!」
マクラウド氏が声を飛ばすと,やけくそになった運転手は手綱を引く。ずんずんと牛車は進み始め,車内の私達の身体は背もたれ側に押し付けられた。
「それにしても,やたらと風が強いな。運転手,このあたりは普段からこうなのか?」
「まぁ,このくらい風が強い日もありますよ。珍しくはありますけれど」
牛車の天井に施された装飾につかまりながら周囲を警戒する。防寒用の厚手のコートも,風に煽られバタバタと後ろになびいていた。
霜を砕きながらガシガシと突き進む牛車。このまま何事もなければ……そう思ったが,事態はあいにくそうやすやすとは進まない。
「来たな……運転手!進行方向,2時の方向に向けて回避できるように準備を!」
「に,2時の方向……かしこまりました!」
彼が声を飛ばすと同時に,遠方から樹木が倒れる音がする。地中に張り巡らされた根が地中から喰われ,崩されているのだ。
「来たな」
カトラ様は念のためにと銃を構える。
音のヌシはこちらに狙いを定めたようで,木々をなぎ倒しながら一直線にこちらに向かってくる。本来であれば,絶望的ともいえる状況だ。
「な,何をするつもりなんでしょう……」
「まあ,見ていればわかるだろう」
不機嫌そうにカトラ様が返答した瞬間。
「グギャアアァァァォォォオオオオオン!!!」
絶叫が山中に響き,土中から巨大な黒い影が飛び出す。
その大きさ,優に10メートルは越えている。
土中を進むために発達したであろうその腕は,巨木の幹と比較しても遜色ない。
反対に,後ろ足や尻尾は驚くほど細く,体の前半に体重のほとんどを集約したようなアンバランスさがその異様さを際立たせていた。
「来た……いくぞ……!」
目前まで迫ったその魔獣に向け,マクラウド氏は魔導陣を展開する。そして,今まさに魔獣と牛車が衝突する……まさにその瞬間。
ドガァァアアアアアアン!!
「ゴゴォオオオアアアアアアア!!?」
魔獣族の悲鳴が上がり,進撃してきた方向にその巨体がはじき返される。
頭部を覆う,本来であれば脅威となっていたであろう重厚な甲殻は強烈な衝撃を受けて大きくひび割れ,緑色の血を吹き出している。
「急げ!土砂が来るぞ!」
「は,はいい!」
ドズゥン!と倒れ伏したその亡骸が巻き上げる土煙は,さながら彼の遺した置き土産。しかしそれも全力を出した牛車に多くを回避され,泥や木の枝をマクラウド氏のコートにまき散らすにとどまった。
「よし,なんとかなったな」
「ふひぃ……あ,ありがとうございました」
数秒にも満たない激戦を終え,速度を平常通りに落とす牛車。落ち着きを取り戻したところで,それに向かって叫ぶ声がひとつ聞こえる。
「おおーーーーい!そこの牛車!無事かーーーー!?」
一気に加速したこともあって,既に私達は,ベースキャンプまであと一歩のところまで来ていたのであった。
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