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3発目 隣街の騒動

「これは……林檎,1個360レグ?」


「ああ。これ以上はまけられないよ。私らだって無償労働でやってるんじゃないんだ」


「どうにも,邸の周辺より異様に物価が高いですねカトラ様……」


 宮廷を出て1時間ほどたったころ。


 私たちは,隣町のメルトロン市に来ていた。


 ハルメア市では,林檎の物価は凡そ120レグ程度。この町はそれの3倍ほどだ。


 林檎だけじゃない。先ほど見た食器の値段も,向こうに並んでいる調味料の値段も,どれもハルメアの数倍ほど値段が高い。


 林檎がこの土地では手に入りにくいものだったりするのならばわかるが,これだけ満遍なく高額である,となると……


「おい,店長。この街,どうにも物価が高いようだが……生活が困窮(こんきゅう)していたりするのか?」


「ああ?あんたら,知らないのか?ここの領主のエゲツナー伯爵のせいだよ。伯爵が国に支払う税金に追加して,とんでもない量の金を売り上げからふんだくっていくようになったんだ。全く,たまったもんじゃないよ」


「エゲツナー……なるほど」


「如何なされますか?」


「その増税がはじまったのはいつから?」


「ついこの間さ。ほんのひと月ほど前だ」


「ふぅん……なるほど,概ね理解した。それでは,礼も兼ねて林檎4つほど買っていこう」


「はいよ,1440レグね」


「ああ。これ,受け取りなさい」


 そう言ってカトラ様が手渡したのは,5000レグ札。


「釣りはいらない。林檎はいただいていくぞ」


「ぇえ!?ちょ,ちょっとお客さん!」


「カ、カトラ様!?待ちください!」


「情報提供料だ。もし手に余るというのなら,他の貧しいものにでも配ってやるといい」


 そのままスタスタと歩いて行ってしまうカトラ様。唖然とする店主に御礼を言い,私は慌ててその後を追いかけた。



♢♢♢♢♢



「やっと追いついた……カトラ様,お足が早いですよ……」


「すまないな。どうにもあのような人前では話せないものだったから」


「それって……あの店主の言っていた,エゲツナー伯爵の?」


「ああ。以前の社交会で,エゲツナー伯爵の息子がどうにもキナ臭い話をしていてな」


「エゲツナー公子……確か,竜族(ナーグッド)を飼い始めた……とか」


 竜族……この世界における普通魔導生物の5大区分――妖精族(ようせいぞく)霊獣族(れいじゅうぞく)魔獣族(まじゅうぞく)妖魔族(ようまぞく)英霊族(えいれいぞく)――の中で,魔獣族に分類される凶悪な生物だ。


 その力は,神と共に“超越魔導生物(ちょうえつまどうせいぶつ)”と区分される,最強にして特別な生命体……天龍族(てんりゅうぞく)の力を受け継いでいるとも言われており,強大な個体は1国の軍隊が束になっても勝機はないとさえ言われている。


「あのような粗忽者が竜族(ナーグッド)を手名付けられるとは思えない。それに,食費や運動などの管理も重要な問題だ」


「つまり,その経費を賄うために,増税をしている?」


「そう考えるのが妥当だ。全く馬鹿馬鹿しい。竜族など飼ったところで何になるでもないというのに」


「同意します。ただ,見栄を張ってこその貴族……という風潮はございますから」


「見栄を張らなければ維持できない権力など,瓦解してしかるべきだ。民を支配する者として,規範となるのが我々上に立つ者としての務めなのだから」


「その通りですね……といっても,カトラ様は既に貴族の肩書もなくなってしまっておりますが」


「知らん。肩書に左右される生き方はしていないのでな」


 なんともカトラ様らしい態度である。


「さて,私のことはどうでもいい。問題は今だ。エゲツナーが敷いている圧政をどう処理するか」


「まさか,内政干渉でもなさるおつもりで?」


「さあ,どうだろうな。エゲツナーを直接処するだけでは効果はない。もっと根本を解決しなければならないわけだが……」


 そう話している時,カトラ様の言葉を遮るように,大きな爆発音が商店街の方から響いてきた。


「なんだ……!?」


「先ほどの店の方です……って,カトラ様!!」


 私の言葉を待つことなく,カトラ様は駆け出していく。


 その方向には,濛々(もうもう)と土煙が立ち上っていた。


「あ,あれは……!」


 その中から現れた影は,巨大な蝙蝠の如き翼。


 赤黒いうろこに覆われた身体。


 巨大な四肢と尻尾。


 そして,額から生える長く伸びた1本の角。


「竜族……それも,火竜族(サラマンダー)!?」


「グギャォォォオオオオオオオオス!!」


 間違いない。エゲツナー公子の自慢していた個体だ。まさか,街中で暴れさせているのか!?


 そう思っていると,街の人の悲鳴に交じって遠方から男性の高笑いが聞こえてくる。


「がぁっはははははっははは!ほらほら,すごいだろー!!ボクのペットのガルガロンだぁ!お前等には一生飼えないようなすごい竜なんだぞーー!!」


「エゲツナー公子……」


 完全にふざけている。散歩でもしているつもりなのだろうか?


「ひぃぃいいいい!!な,竜族だぁ!!」


「助けて―!」


 逃げ惑う町民の中には,あの雑貨屋の店主もいる。


 お店の方を見ると,無残にも火竜の脚に踏みつぶされてしまっていた。


「そうだ,カトラ様は……!?」


 辺りを見渡しても,そのお姿は見られない。


 一体どこに……


「グゴォォォオオオオオオオアアアアア!!」


「うわぁぁぁあああああ!?な,なんだぁ!?」


「えっ……?」


 ふと声のする方に視線を移すと……


 ドズゥゥウウウウウン……!!


 巨大な火竜は地に伏せ,目を回していた。


 その腹部には,無数の銃弾の跡。


「あれは,まさか……」


「全く。民の規範ともあろう貴族階級の子供が,こんな街中で恥をさらすとは。しょうもない」


「んな……!なんだお前,このエゲツナー家の第一子,バルロンに逆らうって言うのか!?ち,父上が黙っちゃいないぞ!!」


「黙れ!!」


「ひぃ!!?」


「宮廷にいた時からうんざりしていたのだ,お前の行動には。その品のなさ……この竜の様にも表れている。ただの飾りつけに過ぎないからこうなるのだ。一度すべての身ぐるみを剥がれ,虚飾(きょしょく)の結末がどうなるのかをその身で知れ」

そう言うとカトラ様は,傍に落ちていたエゲツナー公子の竜皮製長財布を取り出す。


「あっ!そ,それは……!」


「ほら,お前たち!!これが取られた税金の一部だ。各自自分の分を持っていけ~!!」


 そう言って崩れた屋根の上から財布を開けて放り投げた。


 空中にばらまかれる大量の紙幣。


「うぉぉおおおおお!!俺たちの!俺たちの金だぁ!!」


「どけぇ!俺はこいつらからたっぷり徴収されてたんだ!その分を取り返す権利があるんだよォ!!」


「ず、ずるいぞ!俺だって!!」


 逃げていた街の住民が,我先にと群がっていく。


 既に金の取り合いも始まっているだろう


「助けた側が言うのもなんだが,下賤(げせん)なものだな,見ていると。この街の様子によく合っている」


「まぁまぁ……って,あなたは……」


「ぅう……ど,どうも,ありがとうございます……先ほどの店主でございます」


「行かなくてもいいのか?お前の取られた税もあるんだろうぞ」


「あんな勢いの中に混じっていくなんてとてもとても……それに,我々の奪われた税は,あんな小さな財布に収まるようなものでは……」


「そうだろうな。本命はおそらく,これだろう?」


 そう言うと,カトラ様は手のひらに収まるほどの大きさの,鍵のような魔具を取り出した。


「ぇえ……?これは,一体?」


「この魔具の構築式(こうちくしき)から用途を読み取った。それを要約すると……“徴収した税を保管する金庫の鍵”だ」


「金庫の……」


「鍵……?……って,」


「「ええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええ!!!!!」」


「顔なじみのよしみだ,渡しておく。好きに使うといい」


そう言うとカトラ様は鍵を投げ渡す。


「いくぞ、ミーア」


「は,はい!カトラ様!」


 慌ててカトラ様のお背中を追いかける。


 小さな路地を過ぎようとした時,その奥から声がした。


「よぅ,麗しきお嬢さん方。ちょっといいかい?」


「えっ……? 」


 思わず足を止めて目を向けると,そこにはつば付きの帽子を深く被り,赤い炎が立ち上る,文字通り“燃えている”コートに身を包んだ男だった。


最後までお読みいただき,ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 散歩と言うよりただの襲撃だなこれ。
[良い点] とてもサクサク物語が進む。読みやすくネット小説として素晴らしいと思います。 [気になる点] 説明が多い気がします。魔法や道具などの説明部分をまとめて設定資料のような話を一つ作ったほうがいい…
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