35発目 報酬清算,その2
「カトラ様~!お待たせいたしました!」
「問題ない。早速向かうぞ」
お時間をかけてしまったのに,カトラ様は説教ひとつなく迎えてくださった。なんとも懐の深いお方だ。
早速カードキーを挿し込み,ポータルを起動させると,二人でそこに並んだ。
「あぁ,カトラ,ミーア。あなた達でしたか。お帰りなさい」
「……お邪魔だったでしょうか?」
彼女はこちらに気付くと,手に持っていた板状の魔具を置く。恐らく絶賛仕事中なのだろう。ただ,それほど重大な用事でもなかったのか,そのままこちらに身体を向ける。
「いいえ,問題ありません。観測機からの報告に目を通していただけです」
「観測機……ということは,ヨスミトタテ国立公園の?」
ファイス工房長は頷くと,魔具を捜査して空中にその情報を映し出した。
そこには国立公園全体の地図と,観測結果からの地域毎の損害率のデータが出ていた。
「トタテ山の麓付近は多少破壊してしまったが,自然環境に支障を来すほどの損害を与えたわけではないはずだが……どうだ」
「ええ,そうですね。特に,戦闘が発生したというアルダン湖付近ではほとんど被害も見受けられません。あなたが今言及したトタテ山に関しても,損害率は8.75%。私の伝えた10%のリミット以内に収まっています」
「と,いうことは……!」
「ええ。報酬の減額もなく,完遂です」
「やったーーー!やりましたねカトラ様!」
ファイス工房長から改めて,成功の宣言が告げられる。終盤大きく狂ってしまったために,つい跳びあがるほど喜んでしまう。
「全く,喜びすぎだミーア。この崇高なるカトラ・フローリアの才覚を以てすれば当然のことだろうに」
「それでもですよ!今回の依頼,かなり危なかった時も多かったですから」
「まぁ,確かにな……それに関しては,私の能力をしても限界があった。すまないな」
呆れながらも,カトラ様もよく見れば口角が上がっている。ファイス工房長も,安心した様子で情報の整理を続ける。
「エヴィルアークによって乱れた生態系も,順調に元通りになり始めています。アクアローソテツ林に集まって避難していた水妖精たちも,各自元の住処に戻っているのが確認されていますね」
「そうなんですね,よかったです」
「人工物の方はどうだ。探索中,いくつか案内用に設置された看板のいくつかが倒れているのを確認できた。また,トタテ山のロープウェイも奴らに破壊されたと聞いたが」
カトラ様の問いかけには,しかし工房長は少し難しそうな顔をする。
「それに関しては,そうですね……復旧までには,もう少し時間がかかると思います。特にロープウェイの被害は深刻なので,来月辺りまではトタテ山を目的地に設定した観光ツアーは中止せざるを得ませんね」
トタテ山は,ヨスミトタテ国立公園の象徴とも言えるほど,重要な観光スポットである。そこに向かうツアーが組めないとなると,財政的にも大きなダメージを被ることになりそうだ。
「そうなんですね……」
「まぁ,他のツアーも人気がないわけではございませんから,そちらを推していくようにムーア家と観光庁には伝えておく必要がありますね」
「さすがに,ノーダメージとまではいかないということか。魔獣族め,相変らず厄介な事態を起こすものだ」
彼らの中にも,決して友好的な者たちや,地上界に利益を齎す者達もいないわけではないだろう。だが,どうしても魔獣族は厄介で,危険な外来生物であるという見方は変えられない。相手が野生種である場合などは,猶更だ。
「まぁ,復興の話はおいおい進めていくことにいたしましょう。あなた達には関係の無いことですからね」
「うむ……あとは,報酬に関する話か」
「ええ,それと,今後の活動形態についても併せて。まず報酬に関してですが,フリーヴァス,イヴリスク,ガガランドス,それぞれの素材がある程度こちらでも採取できました。皮素材や爪,牙など,その一部を現物としてお渡しいたします。また,報酬金に関しては,アオイワ中央金融の口座の方に振り込みを行うことがわが社の基本になっております。それはお持ちでしょうか?」
「アイオワ中央金融?」
「持っていません。必要であれば,本日中に作ります」
カトラ様が首をかしげるのも無理はない。貴族令嬢の彼女にとって,金銭と言うものは欲しいと伝えれば出てくるもの。グルーオン家にいた頃から,彼女のお金事情は召使たる私が工面していた。
「ええ,お願いします。作成が終わったら,私まで。今週中に伝えてくだされば,来週の頭には振り込みが可能です」
「要するに,来週には報酬金が手に入るということか」
「はいカトラ様,そういうことになりますね」
「理解した。金銭に関する面倒な事情はお前に一任している,任せたぞミーア」
「ええ,理解しております。お任せくださいませ」
相変らず考えているのかいないのか,こちらに丸投げしてくるカトラ様。彼女ほどの才覚があれば金銭の管理もすぐに覚えて自由に扱えるはずだが,何か考えがあるのかないのか,このような事務的な内容は昔から私に丸投げしてくるのだ。まぁ,それが私の役目でもあるのだから,文句どころか抵抗感のひとつももうなくなっているのだが。
そんな様子を微笑ましそうに眺めつつ,ひとつ頷いたファイス工房長は,次の話題に切り替える。
「それと,今後の活動についてです。まず,これを渡しておきましょう」
そう言って差し出してきたのは,2枚のカード。そこにはシノゾイック工房の紋章と,私とカトラ様それぞれの顔写真。日付などの情報も記載されており,右下には魔導陣が刻まれている。
「あなたたちの社員証です。これが身分を証明するものとなる他,社長室を含めた様々な施設の行き来に使用する重要なパスキーにますので,決して無くさないように」
「ここに来る時にも必要なのか」
「はい。私が戻るのに時間がかかったのも,これが原因ですね」
「難儀だな」
「必用なんですよ,警備の意味でもね。ただ,逆に言えばそれさえあればシノゾイック工房の大抵の施設は利用ができますのでご安心を」
「畏まりました。大切に管理させていただきます」
受け取った社員証をカードケースに仕舞うのを確認すると,工房長は続ける。
「そして,その社員証を使って入ることのできる施設のひとつが,今後あなた達が最も頻繁に利用することになるであろう,狩猟依頼管理事務所になります。これは,環境管理組合アンタレスと提携している施設ですね」
「環境管理組合?」
「アンタレス……ですか?」
私とカトラ様は共に頭に疑問符を浮かべる。ファイス工房長は頷くと,工房の地図を取り出して場所を示しながら続ける。
「ええ。環境管理組合……すなわち,魔導生物の狩猟,魔導鉱石の個人採掘など,自然環境に影響を与える様々な個人作業を,依頼と言う形で取引し,その実施・遂行状況を管理ための場所です」
「つまり,今回のエヴィルアークの狩猟のような依頼は,本来はこの環境管理組合アンタレスとかいう場所に依頼され,それを引き受けて行われるものだということか」
「ええ,その通り。今回は,ヨスミトタテ国立公園という重要な施設がフィールドになっていたため,組合の方でも慎重になっていたのですがね」
カトラ様はすっかり理解してしまった様子で頷いている。私の方は,工房に環境管理組合の出張所がある,と言う事実が引っかかってしまったが,その理由はすぐにファイス工房長が説明してくれた。
「我々工房側としても,それらの素材を無限に採取させてくれるとありがたいのですが,貴重な動植物の素材などは採りすぎて絶滅してしまってはたまりませんからね。かつては必要な素材が出てくるたびにアンタレスに申請し,返答を待つということをしていたようですが,お互い面倒だったようで,工房内に支店を作っていただいたのですよ」
「あぁ,なるほど……それは確かに,やりとりも簡略化できていいですね」
「はい。今後カトラが引き受けることになる依頼もすべてこの環境管理組合の査定を経て,この狩猟依頼管理事務所に一旦届けられることになります。私の口から直接依頼されたことであっても,必ずここで受注を行うようにしてください」
「理解した」
私もなんとか納得し,頷きを返す。その様子を見て満足そうに工房長も声を出した。
「結構です。では,他に質問はございますか?」
「いや,問題ない」
「私もありません」
「よかったです。それでは私は仕事に戻るので,二人もお戻りなさい」
「ありがとうございます。それでは,失礼します」
カトラ様と共に一例をする。そうして私達は,真新しい社員証を手に,社長室を後にするのだった。




