34発目 帰還
「ん~……!やっと戻ってこれました~!」
サリエルとの遭遇から一夜明け,朝が来ると共に私達はヨスミトタテ国立公園を後にする。
それから数時間魔導車に揺られ,昼過ぎ頃にシノゾイック工房の門に停車した。
「では,私は観光庁に戻ります。お疲れ様でした」
「はい,長い間の運転,ありがとうございました」
ノーマン氏は軽く会釈をし,そのまま車を発進させる。
入口の方を見ると,まばらに従業員の出入りがある程度で,建物の規模の割には随分と往来が少ないように感じられた。
「さあ,さっさと行くぞ。工房長に報告して,良いベッドで休みたいのだ」
「ええ,そうですね。けど,今日もなんだか人の往来が少ないような?」
「それはそうだろう。わざわざ歩いて出入りしようなどと思う者などおらん」
「え……?あぁ,なるほど」
カトラ様に続き,工房内に入る。受付を済ませて奥に目を向けると,思った通り。ポータルの付近に多くの人が群がり,絶えずポータルから人が消え,また現れていた。
そんな人混みの中を,ズカズカとカトラ様は進んでいく。背丈が低いことも相まって,少し目を離せば見失ってしまいそうだ。
「ちょ,ちょっと待ってくださいよカトラ様ぁ……」
「なんだミーア。報告以上に優先するものが何かあったのか?」
「そ,そうではなく……というか,どうしてこの人混みの中をそんなに早く歩けるんですか……?」
「この崇高なるカトラ・フローリアの才覚を以てすれば当然のことだ。ほらミーア,さっさと行くぞ」
彼女が立ち止まったのは社長室。いつの間に辿り着いていたのだろうか……などと考える間もなくカトラ様はポータルの起動を試みる。しかし,しばらく待っても一向にポータルは起動しなかった。
「あら……?どうしたのでしょう。故障でしょうか?」
「む……いや,そもそも回路が接続がされていない。ポータル自体が起動しないようになっているな」
「ポータル自体が?」
確認のため,私も代わって起動を試みる。エラーが起きている様子もなく,こちら側に原因があるわけではなさそうだ。
「どうしたものか。前に私達を案内したスミロンなら何か知っているやもしれんが」
「そうですね……私が探してきます。しばらくお待ちいただけますか?」
「ああ,任せる」
一礼し,人混みの中に引き返す。なんとかポータル地帯を切り抜けると,受付が見える。思えば,まず受付で社長室への入り方を聞けばよかったのだ。
「あの,すみません。社長室へ向かいたいのですが,ポータルが起動しないのです。どうすればよろしいのでしょうか?」
「社長室?何のご用事でしょうか」
「社長より,ヨスミトタテ国立公園での依頼を受けておりまして。それを終えたので,ご報告にと」
「社長直々に,外部に依頼?そんな話,聞いた覚えはございませんが」
「いえ,その,外部というわけではなく……」
「社員の方でしたら,社員証の提示をお願いします」
「しゃ,社員証!?」
そんなものを貰った記憶も,カトラ様が受け取っている様子も見たことがない。ただ,冷静に考えればこうした組合であるならばそれを証明するものが必要であろうことは確かだ。
目の前の受付は,冷ややかな目でこちらを見ている。完全に疑いの目だ……やはり何も情報がない状態でいきなり工房長の元への道を聞いたのがまずかったのかもしれない。
「どうしました?社員証の提示を」
「いえ,あの……その……そ,そうだ,サーデスさん!スミロン・サーデスさんはどこにいらっしゃいますか!?」
「スミロン・サーデス……専務取締役ですね。彼は今,出張中でここにはおりません」
「れ,連絡は付きますか!?」
「こちらではそうしたことはできません」
撃沈。折角思いついた案だと思ったが,どうやら無意味だったようだ。というかこの受付,流石に態度が悪くないだろうか……?と辟易していると,その受付の内伝が鳴る。彼女はそれを取り,対応を始めてしまう。どうやらもう取り合ってくれる気はないようだ。
「はぁ,どうしようかしら……」
溜息をついて,受付を離れる。他に何か当てはないかと周囲を見渡す。しかし,以前に一度訪れただけの工房に知り合いなど見当たらない。
……いや,そうだろうか?
「確か,やたらとガタイが良くてサーデスさんと仲の良かったように見えた人がいたはず……!」
急いで向かったのは,雷軸魔具の製作所。ポータルを抜けると,以前入った時のようにぴりぴりと全身の毛が立ち始めるのを感じた。
多くの作業員が動き回る中でしばらく探し回る。すると,大きな2つの球体が並んだ装置の前に目的の人物が立っているのを見つけた。
「あ,あの,すみません。ちょっとよろしいでしょうか?」
「んん?アンタは……おお!確かちょっと前にサーデスと一緒にきた召使ちゃんじゃあねえか!」
「は,はい……ご無沙汰しております。ミーア,フローリアと申します。えっと,ご失礼ながらそちらのお名前は……」
「ああん?まだ名乗ってなかったか?俺はゴードンだ,ゴードン・パラック!」
がっはっはと豪快に笑うと,がしがしと肩をたたいてくる。話しかけなければならないこちらの身にもなってほしいと思いながら,多少強引に話を進める。これまでの経緯と,サーデス氏を探していることを伝えると,パラック氏は再び強烈な笑い声を部屋に響かせる。
「がっはっは,あの受付嬢ちゃんはおカタいからなあ,無理もねえ。そんじゃいっちょ,このワシが社長室への行き方を伝授してやろう」
「本当ですか?ありがとうございます!」
「おう,ついてきな」
彼の背中を追ってポータルに入ると,受付とは反対方向に向かっていく。
総合管理室とタグ付けされた扉の前に立つと,社員証であろうカードを取り出してかざした。
「社長室に入るためには,予め許可を取ってカードキーを貰う必要がある。サーデスもそうしていたろう?」
「あぁ,そういえば……忘れていました」
総合管理室に入ると,入り口に置かれた紙束から一枚を取り出し,記載を始める。
「その取り方を教えてやる。まずこの紙に,受け取りたいカードキーの種類と,使用目的を書く。今回の場合,前者は社長室で,後者は……そうだな,業務連絡,報告ってところだな。それが終わったら,今度はこっちだ」
向かったのは,一番奥のデスク。そこに座る男性に声をかけると,紙を渡す。
「社長室へのカードキーを貸してくれ。こっちのお嬢ちゃんが困っていてな」
「はいはい,了解。全くゴードン,君ってやつは相変わらずおせっかい焼きだね」
紙を受け取った彼は,ぱっとカードキーを取り出して紙にかざす。するとカードキーが光りはじめ,紙に記載された情報が浮かび上がってくる。しかし,しばらくするとビビーっという音とともに,浮かび上がっていた情報がすっと紙に戻り,光も消えてしまった。
「ん~……?と,ちょっとゴードン,エラー吐いちゃったじゃないか。用途に関する情報が上手く読み取れなかったみたいだよ。女性にカッコつけるのは結構だが,やるならもう少し丁寧に字を書いたらどうだ」
「ああん!?またかよ!いっつも言うが,それは俺の字が汚いんじゃなくて,その魔具の読み取り性能に改善の余地があるんだっての!!」
「だから,そんなわけないって言ってるだろ?サーデスが持ってくるときに失敗したことなんてないんだから」
パラック氏は豪快な声量で文句を述べるが,私の目から見ても彼の字は非常に汚く読みづらい。魔具の方が読み取れなくても仕方ないことだろうと思うほどだった。
「まぁまぁ。ちょっと,私が書いてもよろしいですか?もともと社長室に用事があるのは私ですので」
「ええ,予備の紙はこちらに」
受付の男性は優しく微笑むと,もう一枚の紙を取り出す。必要な事項を記載すると,すぐにカードキーは文字を浮き上がらせ,特に警告音を出すことなくそれらを取り込んだ。
「ありがとうございます。流石,字が綺麗だとちゃんと読み取れていいですね」
「ぐ,にぬぬぬぅ……」
「あはは……なんにせよ,カードキーを用意してくださってありがとうございます。ゴードンさんも,教えてくださってありがとうございました」
「お,おう!また困ったことがあったらなんでも聞いてくれよお嬢ちゃん!」
「はい,ぜひ頼らせていただきますね」
二人に礼を述べると,早速私はカトラ様の元へ向かった。




