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33発目 冥府の天使サリエル

「英霊族様……!でも,それほどまでに高貴な存在が,何故このような場所に?」


 太陽の赤い光がトタテ山を照らし,作られた長い影はサリエル様に暗影を落とす。


 正しき秩序と安寧……そう口にする彼女の瞳は,妖艶に光りながらもどこか底知れぬ深淵を湛えているように見えた。


「ええ,少しばかり,用事がございましてね。なに,大した内容ではございません」


 ティンクルスターの問いかけにも,つとめて冷静に,穏やかな口調で話すサリエル様。しかしその表情は,カトラ様の言葉によって陰りを見せることとなる。


「用事……それは,この山に出現したエヴィルアークと,何か関係が?」


 ぴくり,と彼女の眉が動いたのが,私の目から見ても明確に理解できた。


「……さあ。何故そのようなお考えを?」


「仮にも高貴なる存在とされる英霊族がしらばっくれるとは。そんな様子だから堕とされるのだろうに」


「……何が言いたいのです」


「ミーアは感づいていたぞ。イヴリスクやガガランドスの身体に刻まれていた,魔導陣の既視感に」


「えっ……?確かに,どこかで見たことがあるとは思いましたけど……カトラ様には見当がついているのですか?」


「相変らず,勘が鋭いのかそうでないのかわからん奴だ。お前自身が刻んでいたものだぞ?つい1週間ほど前にな」


「……あっ!!」

 

 カトラ様のお言葉によって,私の頭にびびっと電流が走る。


 そう……あの魔獣達に刻まれていた魔導陣は,マル・タンボ火山帯に向かう前に英霊族・オネイロス様から賜った魔導陣によくにた模様だったのだ。


「で,でも……それって,つまり……」


 そう。私が英霊族から賜った魔導陣に刻まれた模様と,急激に成長させられた魔獣達に刻まれていた紋章が類似している。


 それはつまり……


 その考えに至ったところで,サリエル様は口の端を吊り上げる。心地よさすら感じていた彼女の声が,一気に不気味なものに聞こえ始めた。


「……なんだ。直近で英霊と関わったことがあるのか。全く,運の悪いことだ」


「ね,ねぇちょっと,どういうこと?さっぱりわからないんだけど,勝手に話を勧めないでよ!?」


 我慢が出来なくなったのか,ティンクルスターが叫ぶ。それに答えたのは,サリエル様だった。


「フフフ……これだから頭の悪い妖精は,1から10まで説明してやらなければならないから困る。そう……魔獣達を進化させたのは私だよ。この私が,泉の魔力を使って,魔獣達の成長段階を強制的に一段階進めたのさ!」


 ズドン!!


 宣言し終えた刹那,カトラ様の銃口が火を噴く。


 その弾は空を切り,その奥の樹木を穿つ。


 そして次の瞬間には,既にカトラ様は銃を山の斜面に沿って山頂の方に向けていた。


「全く,血気盛んな者だ。双方戦闘の意思はないと,出会った時点で確認しあったはずだろう?」


「それはお前が我々にとって害のない存在であったらの場合だ。ヨスミトタテ国立公園に出現したエヴィルアークの群れの討伐を目的としてきた我々にとって,その計画をかき乱し,不用意に魔獣達を強化するおまえの所業は,れっきとした妨害行為に当たるといえる。これ以上その行動を続けるようであれば,我々も容赦はしない」


「わ,我々といっても,戦えるのはカトラ様だけですけどね……」


「フフフフフ,地上界の穢れた愚民如きがこのサリエルに盾突くか。取り巻き諸共塵と化す前に,その心意気だけは褒めてやろう」


「この崇高なるカトラ・フローリアの才覚を目の当たりにして尚その台詞が吐けるとはいい度胸だ。その傲慢さを以てして敗北の床を舐めることになると思うと,滑稽にもほどがあるな」


 お互いにびりびりと殺気をぶつけ合う,無言の戦争。今この場での私達は完全に無力。声を出すことはおろか,呼吸ひとつにすら細心の注意を払わねばならないと,本能がしきりに警鐘を鳴らしていた。


 その膠着状態を解いたのは,サリエルの方だった。


「いいだろう……その並々ならぬ覇気,確かに地上界の汚物と見下すには惜しいものだと理解した。その才覚に免じ,先ほどの発砲による無礼は見逃してやろう」


 ばさ……と翼を広げるサリエル。恐怖を感じてもなお目を奪われるその美しさに,思わず息をのむ。


 だがカトラ様は,それに惑わされることなく,あくまで高圧的に疑問を投げる。


「去る前に,2点だけ……確認せねばならないことがある」


「ほう……今この状況で,確認……だと?」


「カトラ様……」


 その口調と裏腹に,彼女の頬には仄かに汗が伝っている。あのカトラ様が,これほど余裕のない表情をしているお姿を,私は見たことがなかった。


「ああ。先ず一つ目は,おまえがこの地に来た目的。エヴィルアークを覚醒させることで,何をしようとしていたのか。そして,二つ目は……おまえと冥帝教との関係だ」


「冥帝教との,関係……?どういうことですか,カトラ様?」


 私の問いかけは無視され,サリエルも何も答えない。静かで重苦しい沈黙が周囲を包み込んだ。


「……片方には答えてやろう。エヴィルアークを覚醒させたのは,黎明の泉への侵入者を排除するためだ。泉で獲れる貴重な素材が,我々の進めている計画に必要だと判断されたのでな。本来ならば信者の者を配置する予定だったのだが,偶然泉がよこした魔導陣が思いのほか使えるものだったために,人員を他に回す余裕が出来たということだ」


 サリエルが手の甲を見せると,そこにはエヴィルアークに刻まれていたものと同じ魔導陣。恐らくこれが大元なのだろう。


「泉が魔導陣を与えたのは,あなた一人……そしてそれが,魔獣達を強制進化させるものだった……」


「そうだ……理解してくれて助かるよ」


 手をしまうと,サリエルは声のトーンを下げる。そこには確かに,拒絶の意思が見て取れた。


「そして,冥帝教との関り,であったか。それについては,話すつもりはない。計画に支障を来すためだ。どうしても知りたければ,自分の力で追うがいい……手遅れにならないうちに,見出せるといいな」


 それだけ言うと,サリエルは自身の身体を6枚の翼で包み込む。すると,彼女の身体は見る見るうちに輝きを増していき,その眩しさに目を覆ったところで突如として消滅した。


 しばらくの間,重い静寂が訪れる。


 太陽は沈み,空は少しずつ闇へと変わっていった。


「……逃げたな」


 そう口にするカトラ様に,安堵や余裕の気配は感じられなかった。


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