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31発目 変牙獣エヴィルアークの脅威

「はぁ……はぁ……はぁ……もぉ,無理ぃ……」


「さて,ようやくたどり着いたな。登山道の入り口だ」


 カトラ様の言葉に,私は濡れるのも構わずぺたんとその場にしゃがみこんでしまう。もう体力が限界に達していた。


 湿地帯を歩き続け,どのくらいの時間が経ったのだろう。私達は,ガガランドスがフリーヴァスを投げてきたトタテ山のふもとまで到着した。


 太陽の位置は……よく見ると,襲撃時とほとんど変わっていない。それはつまり,そこまで時間が経過していないことになる。こんな湿地帯は,もうこりごりだ。


「ぜぇ,ぜぇ,はぁ……こ,こんなペースでテイオーズ湿地帯を抜けたのなんて,初めてだ……」


「全く,情けないな。これから山に登るのだぞ?」


 カトラ様の無慈悲な言葉に,さしもの私も吐き気がする。空を飛んだり,木々の間を跳躍しながら進むのは,そんなにも体力を使わないことなのだろうか?

 

 当のカトラ様は,疲労困憊の私達を尻目に,ティンクルスターと話している。恐らく,ガガランドスの現状についてだろう。お互いに難色を示していることから考えると,見失ってしまったのだろうか?


「しかし,相手も私達という脅威を放っておくことは怖いはず。恐れをなしてこの国立公園から逃げ出すでもなければ,何らかの策を以て,今のうちに仕掛けに来るはずだ」


「そ,それじゃあ……どうするんですか……?」


 うむ,と返事をして,しばらくカトラ様は考える。数秒経った後,彼女はティンクルスターに声をかけた。


「ティンクルスター,周囲に知り合いの水妖精は?」


「いないこともないよ。エヴィルアークが怖いって言って,残ってる子たちはみんな木の陰とかに隠れてるけど」


「なんとか引っ張り出して,山の捜索に当たらせてくれ。見つけたら危害を加えず,すぐに知らせるように伝えてな」


「うん,わかった。探してくるね」


 ひらひらとティンクルスターは飛んでいく。それを確認すると,カトラ様はこちらに顔を向けた。


「待機だ。周囲の警戒は私がしておくから,体力を回復させておくといい」


 その言葉に,従わない者など誰がいようか。私はそばの樹木に身体を預けると,ノーマン氏と共に深くため息をついた。


「み,ミーアさん……す,すみませんが,その能力を用いて私の体力を回復していただきたいのですが……」


 ノーマン氏がぐったりした様子で寄ってくる。勿論構わないと言いかけたところで,カトラ様がぴしゃりと言い放った。


「駄目だ。貴様,この私の目の前で,体力回復などと大義名分を掲げてミーアの身体に触ろうとするとは,随分と肝が据わっているな」


「ひぃえ……!?べ,べつにそんなつもりでは……」


 蛇に睨まれた蛙のように情けなく縮こまってしまうノーマン氏。すこしだけ可哀想に思ってしまった。


「べ,別に彼にだって下心があるわけでは……」


「どうだかな。湖畔で不必要に密着し続けたことを考えると,信用ならんな」


 取り付く島もない。哀れ自力での回復を強要されたノーマン氏は,溜息をついて隣の木にもたれかかった。


 しかし,そんな平和な静寂も,長くは続かない。ひとつ溜息をついた途端,おもむろにカトラ様が銃を構えた。


「か,カトラ様……?」


「ミーア……今から全速力で逃げたとして,どこまで行ける?」


「えぇ……?ど,どういうことですか?」


「いいから早く逃げる準備をしろ!荷物は置いたままでいい!」


 カトラ様がそう告げた途端,


「ピョェェエエエエエエエエエ!!」


 やかましい鳥の鳴き声と共に,バリバリバリっと周囲に電撃が走った。


「ひっ!?な,何ですか!?」


「フリーヴァスとイヴリスクだ……同時に来るぞ!」


 数本の落雷と同時に,3体のイヴリスクが出現する。それと同タイミングで,バサバサバサっと羽ばたき音を響かせながらフリーヴァス達が出現した。


「ひっ,ひぃいい……!?」


「グルルルルルウウゥゥゥ……!」


「キュェェエエエ!クエ,クエ,キョェェエエエ!!」


 唸り声を挙げながら,イヴリスクがじりじり寄ってくる。カトラ様の放つ威圧感がなければ,既に私達の命はなかったのは明瞭だった。


「……ミーア。閃光弾を出せ。一発でいい」


「っ……!は,はい……!」


 急いでバッグに手を突っ込む,それを見たフリーヴァスの一匹が,奇声を上げて襲い掛かってきた。


「きゃあっ!?」


「このっ……!くそぉ!!」


 そこにノーマン氏が飛びつき,フリーヴァスの尻尾を掴んで投げ飛ばす。


 それが乱戦の合図だった。


「ガォォオン!」


「砲散烈!!」


 イヴリスクが咆えると同時に,カトラ様が魔導陣を形成する。


 ズダダダダダン!と大量の銃弾が放たれ,樹木に跳弾して弾の結界が形成される。


「目を瞑れ!」


 突然バッグに手が突っ込まれ,閃光弾が取り出される。


 反射的に顔を腕で覆うと,その障壁を以てなお強烈な閃光が目を刺した。


「連鎖重陣……爆裂,乱!!」


 ズドドドドドドドドダダダダダダダダダダダン!!!


「きゃぁぁああああああああ!!」


 周囲を轟音が覆い,衝撃で大地が揺れる。まるで地震のようなそれは,同時にフリーヴァスとイヴリスクの絶叫を伴って強烈な不協和音を奏でた。


「ふぅ。全く,数で攻めれば何とかなると思ったか。この崇高なるカトラ・フローリアの才覚も,舐められたものだな」


「んぅ……か,カトラ様……」


 未だに余韻が響く中,恐る恐る目を開ける。そこに広がっていたのは,大量のフリーヴァスとイヴリスクの遺骸と,その中心に立つカトラ様のお姿。


 周囲の木々は銃弾によって抉られ,なんとか倒れてはいないものの,その光景は凄惨の一言だった。よく見ると,カトラ様や私達の身体にも,飛び散った魔獣達の緑色の血がべっとり付着していた。


「うわ……!ちょっとカトラさん,大量に弾幕が散らばって,木々も散々に抉られていますけど,これ大丈夫なんですか?」


 ノーマン氏も驚愕の声を上げる。それに対する彼女の態度は,あくまで毅然としていた。 


「これが最低限の損害だ。わかるか?あのまま私が全力であの群れを叩くことをせず,だらだらと戦闘を長引かせればどうなっていたか。恐らく,いや確実に,魔獣達によって,現状よりも広範囲に,現状よりも深刻な自然への損害が加えられていた筈だ」


「そ,それは……まぁ,そうかもしれませんが……いいんですか?工房長に報酬,減らされちゃいますよ」


 心配そうなノーマン氏の問いかけに,ふっとカトラ様は笑う。


「構わないさ。かわいい召使が怪我をしないための,保険料だ」


「カトラ,様……」


 自惚れかもしれない。でも,少なくとも私の目には……私を傷つけないためにという気遣いこそが,カトラ様の本心に見えたのだった。


「おーーーーーーーーーーーい!!みんなーーーーーーーーーー!!」


 不意に空の方から声がする。ティンクルスターだ。上を見上げると,全速力で飛んできている。心なしか,その表情には余裕がないようにも見えた。


「ああ,ティンクルスター。どうした,ガガランドスを見つけたのか」


 カトラ様が声をかけると,言い切らないうちにティンクルスターは叫ぶ。


「それどころじゃないよ!!みんな,いそいでその場から離れてーーーーー!!」


「何……?」


 彼女が叫ぶとほぼ同じタイミングで,山の方からズズズズズズっと何か重厚な音が響いてくる。


 地震……?いや,何か非常に巨大で質量のあるものが,転がっているような音……


「ガガランドスが!巨大な岩を転がしてる!!真っ逆さまに落ちて,今ちょうどあなたたちがいるところにぶつかるように!!」


「んな!?」


 ばっと私達が目を向ける。そこには文字通り,私たちの身体の何倍もある大岩が,目前まで迫っていた。


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