30発目 挟撃のガガランドス
「グゴォォオオオオオオオオ!!」
雄たけびを上げ,ガガランドスが腕を振るう。
「爆!」
その腕の付け根に狙いを定め,カトラ様は引き金を引いた。
ドガァン!と激しい爆発音が響き,ガガランドスが悲鳴を上げる。
その胴体を足場にし,カトラ様は跳躍した。
「速……烈……散……!」
その銃口の先には,トタテ山から投擲されたフリーヴァスの塊。湿地帯に落下する寸前にそれは炸裂し,肉片と血しぶきが降り注いだ。
「全く,説教は後だ。わざわざ接近してくれるのなら,始末するのに時間は要らん」
「グォォオオオオ……!」
足元に弾を形成し,そこに着地するカトラ様。腕を打ち抜かれたガガランドスが起き上がり,カトラ様目掛けて振り下ろすと同時に彼女は横に飛びのいた。
ドパァアン!!
ぬかるみに打ち付けられた腕は泥水を跳ね飛ばし,ガガランドスの視界を瞬間的に奪う。それはつまり,カトラ様に蜂の巣にされる隙を,自ら生み出したということ。
「烈,散……衝!」
ズガガガガガガガガガン!!
ゼロ距離からの乱れ撃ち。ガガランドス自身の体重がかなり重いせいか,撃ち込まれる衝撃によって吹き飛ぶことも出来ず,巨大な魔獣は為す術もなくその凶弾にさらされる。
「ゴォォオオオオオオオン!!」
ついに銃弾がその胴体を貫通した瞬間,カトラ様は銃撃をやめ,目にもとまらぬ速さで離脱した。
ドズゥゥウウウウン!
先ほどとは比較にならないほどの轟音と水しぶきが巻き起こる。そこから飛び出したカトラ様の銃口は,再び山の方に向いていた。
「大丈夫,まだ投げてくる様子はありません!」
双眼鏡を覗くノーマン氏の声。カトラ様は頷くと,倒れた巨体の上に着地した。
「さすがです,カトラ様!射程に入りさえしてしまえば,やっぱり敵なしですね!」
「この崇高なるカトラ・フローリアの才覚を以てすれば,当然のことだ。まぁ……まだこいつも倒し切ったわけではないがな」
「えっ?でも,もう……」
言いかけた途端,カトラ様は跳躍する。直後,倒したはずのガガランドスの腕がぴくりと動く。
「ゴゴォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「きゃぁあああ!?」
突然の絶叫に,思わず悲鳴が上がる。動き出したガガランドスは,バキバキバキっと音を立ててその形態を変化させる。肩の付け根からは巨大な棘が何本も突き出し,漆黒の胴体には葉脈のような深紅の筋模様が浮かび上がる。翼にはざわざわと羽毛が生え始め,蝙蝠や竜に類似した形状から鳥類に見られるような羽へと変貌を遂げた。
「第二形態……所謂“本気モード”というやつだ。筋力・耐久力共に跳ね上がり,死に物狂いで外敵を排除しにかかる」
その言葉通り,カトラ様の声に反応したガガランドスは,爆発し負傷したはずの腕を振るう。
ブォン,という風切り音が聞こえる。ヒトの胴体など軽く超えるほどの質量と大きさを持っているはずのその腕の動きを,私は捉えることが出来なかった。そして,腕が振り切られたのだと認識すると同時に,その衝撃からくる暴風が木々を押し倒しながら襲い来る。
「きゃぁぁああああああ!?」
必死にしがみついても離れそうだ。そんな状態の中,なんとか薄目を開いてカトラ様の方をみると,彼女は全く意に介さないまま近くの枝に着地した。
「爆……速……烈」
ガギィイイン……!金属音にも近い音が響く。一瞬の間を置いて,
「ギャゴォォオオアアアアアアアアアアアア!!!」
今までに聞いたことの無い絶叫を上げ,仰け反ったガガランドスは胸部から紅い魔導エネルギーを炸裂させ,大爆発とともに動かなくなった。
「この形態になると,胸部に深紅色の結晶が出現する。スライムに見られたものと同じような,魔導核と呼ばれるものだ。それを破壊することで,このガガランドスという種は完全に絶命することとなるのだ」
カトラ様が巨体の上に着地する。その足元には,確かに説明通り,紅く脈打つ結晶体が確認できた。
「グォォオオオオオオオオオオオ!!」
直後,トタテ山の方から怒りの咆哮が響いてくる。フリーヴァスの遺骸を投擲する合図だろう。
「全く,学習をしない奴だ」
「いえ,フリーヴァスを投げてくるわけではないみたいです。どこかへ移動しているみたいですね……」
「移動……ですか?」
先ほどまで,腕を痛めても,こちらに自身の幼体を投げ続けてきたガガランドスが,別の個体が斃されたタイミングで別の行動に移った。つまり,彼には何かしらの計画がある,ということだろうか?
「野生の魔獣族にそこまでの思考があるとは思えないが……今倒した方のガガランドスが襲撃してきたタイミングといい,妙に統率が取れているような雰囲気もあるな。警戒しながら進む必要がありそうだ」
「どうするの?カトラさん」
「まずは,情報の整理からだ。進む前に,いろいろと確かめねばならんことがあるからな」
「確かめねばならないこと,ですか……?」
「ああ……そうだろう?ノーマン,ティンクルスター」
ガガランドスの遺体に歩み寄りながら,カトラ様は冷ややかな視線を2者に向ける。
「うっ……」
「は,はい……」
なるほど,と納得する。カトラ様が問いただしたいのは,十中八九目の前の状況だろう。
何故,直前まで1体のみ,とどちらも言っていたガガランドスの,2体目が現れたのか。
これほどの巨体を,見つけられなかったのはなぜか。
まだ複数体,存在しているのか。
目標討伐数に到達したはずのイヴリスクも,まだ個体数がいるのか。
仮に妖精たち・シノゾイック工房のどちらの観測結果も正しく,本当に突然,2体目のガガランドスが出現したのだとしたら。
その発生源は何処なのか。
急激にフリーヴァス,イヴリスクの個体から成長したのだとしたら,それを齎した要因は何なのか。
果たしてそれは,たった1つの要因によって説明のつくものなのか。
「あった……おい,お前たち。これを見てみろ」
カトラ様が私達を呼ぶ。行ってみると,そこにあったのは,ガガランドスの横腹に刻まれた魔導陣。
「同じ紋章だ。昼前に出現した,イヴリスクに刻まれていたものとな」
「確かに……これって,黎明の泉から与えられる紋章,ですよね」
「その筈です。もしかしたら,2体目のガガランドスが見つからなかったのも,これが要因だったりするのでしょうか?」
「その可能性は高いな。泉というと,間違いなく水属性魔導が関与している。その潤沢の性質が,魔獣達に急成長を齎して,一段階上の状態へと進化させるのかもしれない。念のため,投げつけられた他のフリーヴァスも確認しておこう」
そう言うと,カトラ様は1体ずつ小さな遺骸の確認作業を開始する。私達も手伝った結果,すぐに全個体に魔導陣は刻まれていないことが確認できた。
「よし,ある程度の確証は得た。ティンクルスター,ノーマン から双眼鏡を受け取って,先ほどと同様私達が進む間の警戒を行え」
そう言うと,特に疲れた様子もなくカトラ様はタンッと軽く木の幹を蹴って進み始める。 もう少し休憩したい……とは,とても言える状況ではなかった。




