29発目 湿原に響く剛腕
「こ,この声……!?」
驚愕の表情を隠せないティンクルスターに声を飛ばしながら,カトラ様がトタテ山の方に銃を構える。
その方向に目を向けると,山の方向から何か黒い物体が猛烈な速度で飛来してきた。
「砲!」
ズガァン!と銃声が響き,見事に銃弾と物体が衝突して轟音を立てる。
撃ち落とされた物体は,ノーマン氏の足元にどしゃっと着地した。
「んな……こ,これは!?」
驚愕の声を上げる彼の足元に目を向ける。落下したそれが何かを認識した途端,私の背筋に怖気が走った。
「……フ……フリーヴァス……!!」
顔を青くしながら,ティンクルスターが呟く。
イヌに似た頭部に,鉤爪のついた三本の細い指。鷲のような胴体は何かに握りつぶされたようにいびつに歪みながら,カトラ様の放った弾丸によって大きく翼の付け根が抉られている。その様子には,カトラ様も驚きを隠せない様子だ。
「どういうことだ。今の咆哮は,ガガランドスのもののはず」
「……自らの幼体を,こっちに向かって投げつけてきた……とでも,言うのでしょうか……」
「ヴォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
耳をつんざく咆哮が再び響く。振り向くと,陽の光に照らされ,再び黒い塊がきらりと光った。
「っ砲!!」
再びカトラ様が銃を放つ。命中したそれは,今度は私のそばの樹木にべちゃっと生々しい音を立て衝突し,激しい音を立ててその木は折れてしまった。
「また……フリーヴァス……」
「トタテ山に転がっているような小さな石を投げるよりも,幼体の方が大きさも重さもある,ということか。自身の幼体だろうと,ものはもの,というわけだな」
「そんな!仮にも自分と同じ種族でしょうに!!」
「自身と同種の存在を大切に思うなどという考えは,あくまで私達人間の価値観に過ぎない。魔獣族にもそれが当てはまるとは限らないということだ」
絶句する。
私がどれだけ非道な行為であると感じようと,それは私の主観で,ガガランドスにとっては当たり前だとでもいうのだろうか。
今目の前に潰れているこの2匹の魔獣も,山に潜むガガランドスにとってはどうでもいい存在なのだろうか。
確かにこのフリーヴァス達も,国立公園の生態系に害を及ぼしてきた,駆除すべき対象なのだろうし,カトラ様に討伐される対象なのだろう。しかし……自身と同じ種の成体によって,このような醜い姿に変えられてしまうというのは,あまりにも残酷ではないか。
私の中に,ふつふつと怒りが湧いてくる。それを感じたのか否か,カトラ様が声をかけてくださる。
「お前の気持ちも理解できる。一刻も早く,奴を叩くぞ」
「……はい」
「ヴォァァアアアアアアアアアアアア!!」
「っ!!また来ますよ!」
「わかっている!」
再び投げつけられるフリーヴァスの塊。カトラ様が再び発砲するも,今度はその威力を相殺し切れなかったのか,カトラ様の手前に落下した。
「さっきよりも威力が高い。まだ余力を残しているか」
「どうするの?ここから攻撃する手段はないの?」
「狙撃は可能だ。が,明確にこちらの存在を認識している以上,ただ撃つだけでは届く前に回避される。少し工夫が必要だ」
そう言うとカトラ様は,ざっと大地を踏みしめ,構えを作る。
「速……集……狙,砲……貫。着弾地点,命中2……」
魔導陣を展開し,時を待つ。
「ヴォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!」
4度目の咆哮。それが聞こえた瞬間,
「破!」
カトラ様が引き金を引き,青く光るレーザー弾が一直線に飛んでいく。
それは投擲されたフリーヴァスの胴体を真っすぐ貫通し,突き抜けてその奥の目標を捉える。フリーヴァスの亡骸が森の中に落ちてから一拍置いて,ドォオン,と山の中腹から煙が上がるのが確認できた。
「ど,どうですか……?」
恐る恐る声をかけると,カトラ様は構えを解く。
「成功だ。投擲されるフリーヴァスの胴体にぴったり重なるようにして狙撃した。奴の目からは,自分の投げた塊の中から突然私のレーザー弾が現れたように見えたろうな」
「よ,よくわかんないけど,凄そう……」
「ただ,今ので倒せたかどうかは微妙だ。ガガランドスはイヴリスクと比べて圧倒的に耐久力が高い。ティンクルスター!お前が目になれ,見失うなよ」
ぽいっとカトラ様がティンクルスターに双眼鏡を投げよこす。慌てて彼女が受け取っている間にも,カトラ様はてきぱきとその場を片付けて移動する準備をすすめた。
「ヴゴォオオオオ!ゴォォオオオオ!!ゴアァァァアアアアアアアアアア!!」
「何だ!?」
山の方から咆哮が連続して聞こえる。ノーマン氏の問いかけに,ティンクルスターが答えた。
「ガガランドスだ!何か叫んでる……何か危ない感じがするよ……」
「どの道のんびりしている余裕はないということか。すぐにトタテ山に登るぞ!休憩などしている場合じゃない,急げ!」
「は,はいぃ!」
脱兎のごとく駆け出すカトラ様の背中を必死に追いかける。ティンクルスターも,双眼鏡で観察しながら必死についてきていた。
「カトラさん!またガガランドスが周りのフリーヴァスを潰してる!投げてくるつもりだよ!」
「っく……まだ気配を察知できる範囲じゃない。お前たち,傍の木の陰に隠れろ!」
「わ,わかりました!」
「は,はい……きゃあっ!?」
慌てて傍の木に向かって返すと,ぬかるみにずるんと足を取られ,思いっきり地面に倒れてしまう。
「ミーア!!」
カトラ様がそう叫ぶと同時に,それほど離れていない樹木にフリーヴァスの遺骸が激突する。
「ミーア,無事か!」
「は,はい,なんとか……っぐ!?」
足を抜こうとすると,ぐっと引っ張り返される感覚がする。履いてきたブーツがぬかるみに嵌まってしまったのだ。
「あ,か,カトラ様……足が……!」
「嵌まったか。ティンクルスター!水魔導は使えるか?」
「できるよ!足が抜けられるようにするんだね!」
「そうだ。ノーマンに双眼鏡を渡してこっちへ!」
カトラ様が指示を出したと同時に,ガガランドスの咆哮が轟く。
「ちょっと待ってカトラさん!また投げてくる!」
「何!?こんな時に!」
急いでカトラ様が銃を構えると同時に,黒い塊が投擲された。
「砲!」
ズガンと放つとほとんど変わらないタイミングで標的と弾が命中し爆発する。それはつまり,一瞬遅れていれば私達に命中していたことに他ならない。
「すぐに二発目は投げてこない!急げティンクルスター!」
「りょ,了解いぃ~~!」
カトラ様の怒号が飛ぶ。ティンクルスターも全速力でノーマン氏の元へ向かい,こちらにとんぼ返りしてきた。
「す,すみませんカトラ様,ティンクルスター……」
「大丈夫,すぐに抜けられるようになるから!」
ティンクルスターがエーテルを溜め,私の嵌まっている泥沼に放つ。水を含んで粘り気の薄れたことで,ようやく私の脚は解放された。
「足元に注意して,そこの木陰に向かうぞ」
「は,はいぃ……きゃん!?」
立ち上がって歩き出そうとすると,カトラ様が私の身体を担ぎ上げる。
私が自分で歩くよりも安全だということなのだろうが,カトラ様は私よりも背丈もずっと小さい。そんな人に軽々と持ち上げられて,何が何だかわからなかった。
状況が理解できるまでの間にもカトラ様は移動し終わり,安全な地面に私を降ろす。
「す,すみません。ありがとうございます……」
「気にするな。それでノーマン,ガガランドスの様子は?」
「まだ投げてくる様子はありませんね……というか,そもそもフリーヴァスを握りつぶす様子もありません、腕の付け根辺りから血が出ているみたいですし,その状態で投げ続けて,かなりダメージと疲労がたまっているのかも」
「なるほどな……そうなると,しばらくは投げられない可能性が考えられるな。今のうちに出来るだけ進んでおくのが吉とみた」
「ま,まだ進むんですね……」
「休んでいる暇はないぞ,急がねば……」
すぐにでも駆けだそうとするカトラ様。しかし,その脚はぴたっと止まってしまった。
「カトラ様……?」
「……おい,ノーマン……お前たちの情報も,間違っているではないか……」
「え……?」
バキバキバキ,と木々をなぎ倒し,何かが迫ってくる音が聞こえてくる。
遠方にその影が認識できた時,カトラ様はガッと樹木に足をかけ,新たな標的に向かって飛び出していく。
「ゴアァァァアアアアアアアアアア!!!」
獅子のようなたてがみをたくわえた頭部に,腕が異様なほど強靭かつ巨大に発達した人間の身体。蝙蝠の翼に,脚は犬,蛇の尻尾。
出現したそれは,もう一体のガガランドスの姿だった。
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