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2発目 才覚の責

 カトラ様は,孤高の人物だった。


 彼女の乳母を務め,今まで世話係を兼任してきた私は,そのお姿をよく見てきた。


「魔導とは,大気中に満遍なく存在する“魔子(まし)”を,自分の中にある魔導回路に流して利用する仕組み。


 そして,魔子をどのように回路へ繋ぐかによって,魔導は3つの型に分類される。


“エーテル”という物質に変換し,それを流して使うのが“エーテル型”。


魔導陣(まどうじん)”と呼ばれる回路を追加で展開し,そこを通る魔子を使うのが “サークル型”。


 そして,常に魔子と回路が繋がった状態にあり,何もしなくても魔導が発動し続けているのが “ポテンシャル型”。


 つまり,私の魔導がサークル型,ミーアの魔導がポテンシャル型。そういうことだな!」


 今年で25になる私ですら理解しきれないこの文章を,齢7歳にして暗唱してしまった時は,宮廷中が騒然としたものだ。


 それだけではない。


 12歳になり,魔導の練習がしたいと言い出したカトラ様は,庭に生えていた2メートルは優に超える樹木に向かって手をかざす。


「“展開”……“形成”……“変換”。連鎖重陣(れんさじゅうじん),“轟閃(ゴウセン)”……!!」


 ドゴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 壮大な轟音と共に,一瞬にしてそれは吹き飛んだ。


 彼女の魔導は,手のひらに収まる大きさの固形物を形成するという,俗に造形魔導と呼ばれる魔導。6歳頃に発現した当時は,石のブロックを作ったりとか,ハサミや食器を作ったりといった程度で,形を保っていられるのもものの数秒,というものだった。


 ところが彼女は,その魔導を“改造した”のだという。


 私にはサッパリ理解できなかったが,雇われの魔導士に聞いたところ,専門教育を施された魔導学校の生徒でも容易にできることではないのだとか。


 そう……誰が見ても彼女は「天才」だった。


 特別な才覚を持つ人物は,いつだって,どこでだって,警戒される。


 特別故の理不尽に遭う。彼女だって,例外ではなかった。


「カトラ様にこれ以上物事を教えたら,何をしでかすかわかったものじゃないわ……」


「どうするの?このまま政治がどうだの,権力がどうだの言いだしたりしたら……ほかの家の人に警戒されでもしたら,私たちにまで被害が及ぶわよ……?」


「冗談じゃないわ!せっかく家を継ぐ最有力候補たる長男様の世話係になれて,邸内での立場も上がると思ってたのに……!」


 カトラ様の周りには,やれ立場を奪われるだの,権力者に噛みついて仕返しに没落させられるだの,根も葉もない噂ばかり。


 陰口を言いあう召使達も陰湿極まりなかったものの,酷だったのはより加減を知らない子供達だった。


「いっつも本ばっかり読んでんじゃねぇ!むかつくんだよ!」


「お勉強できます~って,お父様へのご機嫌取りか?そんなことしても,家の相続権はお前にはずっと回ってこない。無意味だって言ってるだろ!」


 カトラ様には,兄君,弟君,妹君が一人ずついる。


 虐めの中心となっていたのは,立場をとられると常々言われていた兄上のクライス様と,彼の行動を真似たがるアウロス様。妹君のカイズ様は比較的懐かれていたが,引っ込み思案な性格の彼女にカトラ様を擁護することなどできなかった。


 実の父親であるはずのグルーオン伯爵ですら,


「カトラを家においておけば,最悪私の立場ごと家を乗っ取りかねん。幸い頭はいいから,さっさとうちより優秀な貴族の息子に嫁がせて,橋渡しの名目で家から追い出してしまうのも手だろう」


 などと言う始末。彼女の周りに,味方はほとんどいなかった。


 しかしカトラ様は,そんな苛烈ないじめや陰口には,一切動じなかった。


 寧ろ堂々とした態度で,こう言うのだ。


「奴らが醜くなるのは,それ以外で自分を保てないからだ。優秀でないから,まわりを下げなければ“高い自分”を保てないのだ。


 でも,優秀な私は,まわりを下げる以外の方法でも,自分を保てる。そうであるならば,周りのことを貶すなどという醜いことはしない。文句も何も,言ってはならない」


 何も知らない者が聞けば,なんと傲慢(ごうまん)侮蔑的(ぶべつてき)な態度だろうと思うかもしれない。


 しかし彼女のこの思考は,彼女なりに,彼女を虐げる者と誠実に向き合うためのものなのだ。


「とっても無礼だ!!わけがわからない!!」


 そう言って彼女が私のもとにやってきたのは,彼女が10歳を迎え,守衛を連れて街へ遊びに行った帰り。守衛に聞くと,商店街で絵を描いて銭稼ぎをしている者に対して怒っているとのことだった。


「あの芸術家!この高貴なる私ですら描けない上手な絵を作っていたのに!うまくないうまくないと言って聞かない!せっかくすごいことをしているのに,この私が褒めたのに!全部聞かないんだ!失礼だ!」


 あれほどの怒りを表したカトラ様を見た時は他にない。道中からずっとだと言っていたから,守衛も相当宥めるのに苦労したのだろう。


 カトラ様が家の中のいじめや陰口に反応しなくなったのは,それから数日経ってのことだった。


 名前も知らない芸術家とのやり取りを経て,彼女は「自身を低めることが,自身より下の者にとって最大の無礼」であるという,確固たる信念を持つに至ったのだ。


 自分が優秀であるからこそ,その優秀さを低めるような行動をとらない。

 

 それが正しい考えなのか,私にはよくわからない。


 兄君や召使たちの態度を見るに,手放しで賞賛すべきことではないのだろうと思う。


 ただ,少なくとも……その態度こそ,カトラ様にとっての礼儀であり,誇り高い,崇高なるカトラ・グルーオンを形成する“才能”の一つであるのだろうと,私は思う。



♢♢♢♢♢


「見えてきたな。そろそろ着くぞ,ミーア」


「はい,カトラ様。代金の準備はできていますよ」


 列車の窓から見える景色は,グルーオン邸のあるハルメア市と似ているようで大きく違う。この国では比較的貴族階級の自治権が強く,支配する家の思想が街並みにも出やすくなっているのだ。


「……しかし,少々不穏だな……」


「何がでしょう?カトラ様」


「……この街を治めるエゲツナー家……特にその息子は,社交会に出ていた時から知っているが,なかなかに豪遊癖がある印象だった。だからこそ私は奴が嫌いなのだが。


 当然それに見合った収入を街全体で得ていて,財政が回っているうえでの余暇としての遊びなら私としても文句は言わん。だが……」


「あぁ……なるほど。それは,私も思います」


 車窓から感じられる,ハルメア市との違い。


 メルトロン市には,どうにも……街全体に,寂れたような雰囲気が漂っていた。


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