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28発目 黎明の泉

 ズガガガガガン!!


 私が状況を理解するより早く,カトラ様の銃声が響く。


 イヴリスクがそれを回避し,着地するのと同時に,カトラ様はその方向に駆け出していた。


「起動……烈!」


 ダンッと一発,本体より若干左側に向けて弾を放つ。回避する方向は右……しかしそこには,当然展開済みの陣式魔導状態固定装置。


「ギャゥウ!?」


 雷電化には至らない。それを私が認識すると同時に,


 ドドドドドドドドドン!!


 悲鳴を上げる隙もなく,雷の狂獣は沈黙した。


「な,何が起こったの……?」


 ザンっと草地を踏みしめるカトラ様に,いまだに思考が追い付いていないティンクルスターが呟く。銃をホルスターに収めながら,満足げな顔でカトラ様が説明をしてくださった。


「レーダーの範囲外からイヴリスクが出現し,それを倒した」


「い,いや,それはわかるのですが……あ,頭が追い付いていないんですよ……」


 ノーマン氏のため息をよそに,がさがさとカトラ様が遺骸を探っていると,何かに気付いたように手を止める。


「これは……」


「どうかしましたか?カトラ様」


「見てみろ。この肩口」


 彼女が示した部分には,青く光る魔導陣。ただ,その文様はどこかで見たような覚えがあった。


「これは……魔導陣?」


「ああ。今のイヴリスクの襲撃は,明らかにおかしかった。恐らくその原因が,この陣にあるのだろう」


「おかしかった,というと……あの突然すぎる出現,ですか?」


「確かに,イヴリスクの素早さを考えても,レーダーに反応が見えてから襲ってくるまでが早すぎるような……?」


「いや。あれほどの速度を出すことは,イヴリスクにとって完全に不可能というわけではない。レーダーの範囲外から私達を確認することも,奴の視力を考えれば無理とは言い難いな」


「じゃ,じゃあ何が……?」


「考えても見ろ。ぱっと見渡すだけでも,この平原には大量の動物がいる。当然,あれほど全速力で接近せずとも,楽に狩れるような獲物がな」


「それは……私達のことを,警戒していたとかでは……?」


「いいや。湖畔での戦いを見ていたとしても,猶更私に勝てないことぐらいは判るはず。魔獣族に仇討の文化があるとも聞いたことはないから,死を覚悟して挑みにかかる理由は何処にもない」


「なるほど……そして,その行動をとった原因が,この魔導陣を誰かに刻まれたから……というわけですか」


「そうなるな。何か心当たりのある者はいるか?」


「どう,でしょうか……私としては,この文様をどこかで見たことがあるような気はするのですが……」


「見たことがある?」


「は,はい。ただ,そんな気がするだけで,どこで見たといったような情報は何も……う~ん……」


 悩んでいると,唐突にノーマン氏がポンと手を打った。


「思い出しました!この文様,もしかしたらテトラ山に関係があるかもしれません!」


「テトラ山に?」


「ええ。このヨスミトタテ国立公園は,トタテ山を中心に魔力場が形成されているのはご存知ですよね?」


「ああ。だが,それがどう関係するのだ」


 納得のいかない様子のカトラ様に,ノーマン氏は身振り手振りを添えて続ける。


「実は,トタテ山には“黎明の泉”と呼ばれている,強力な水属性の導子を多く含んだ地底湖があるんです。その場所に行くと,ごく稀に身体に魔導陣が刻まれ,一時的にではありますが,本来その者にはない魔導が使えちゃうようになったりするんですよ!」


「ふむ……なるほどな。その黎明の泉由来の魔導には,何があるのだ」


「結構色々ですねぇ……純粋に水属性系統の魔導であったりとか,その者の魔導自体が強化されるもの。長年ガイドを務めるベテランの方でも,その規則性はよくわからないと言っていましたね」


「なるほど。つまり,泉の効果で,湖畔で出会った個体たちとは違う能力を得ていた可能性も,無きにしも非ずということか」


「それに,もしかしたら泉までたどり着いて能力を手に入れたのは,この個体だけじゃないかも!」


「その地底湖というのは,中々辿り着きづらい場所だったりするんですか?」


「どうでしょう……流石にガガランドスにまで成長した個体では無理でしょうが,幼体のフリーヴァス程度なら或いは……」


「はぁ……全く,環境に被害を与えずに殲滅するだけでも面倒なのに,その上地底湖の調査?しっかり報酬は弾むんだろうな全く……」


 カトラ様はため息をつき,頭を抱える。なんにせよ,次の目的地は,国立公園の中心……トタテ山に決定した。



♢♢♢♢♢



「……ふぅ……ふぅ……はぁ……はぁ……か,カトラ様ぁ……」


「なんだミーア,その情けない声は。目的地まではまだまだかかるんだぞ?」


 さんさんと太陽の照り付ける昼過ぎ。足元はぬかるんでいて,いつ足を滑らせて転んでしまうかもわからないような状態。周囲にまばらに生える樹木は,いびつに曲がりくねり,葉っぱを生い茂らせて本数に見合わない影を作り出している。


 私達は,グラットン平原の南東,テイオーズ湿地帯を進んでいた。


 この湿地帯は,エヴィルアークが最初に侵入した場所でもある。ノーマン氏曰く,平原部には登山用のコースがないとのことで,ここを通った方が近道であるらしいのだが……


「ちょっと……少しだけ,休憩しませんかぁ……?」


 平原から一変して,アクアローソテツ林以上にじめじめした空気。足場も悪く,一歩踏み出すだけで体力を持っていかれる。普段からガイドとして幾度となく訪れているはずのノーマン氏ですら,カトラ様のペースに若干ついてこれていないのに,始めてくる私が耐えきれるはずもなかった。


「全く,貧弱な召使だこと!妖精の私ですらまだまだいけるのにね!」


「そ,それはあなたが宙を飛んでいるからでしょう!?」


「わかったわかった,休憩時間を取ってやるから妖精の煽り如きに声を荒げるんじゃない」


 やれやれとため息をつき,立ち止まってくださるカトラ様。その声を聞いたとたん,私とノーマン氏はほぼ同時に自身の近くにあった切り株にへたりこむ。


「はぁあ~~~~~……やっと,休めますぅ……」


「しっかり飲んではいるだろうが,この休憩中にも水分はとれ。あと,腹が減っているようなら食事も忘れずにな」


「は,はいぃ……」


 私よりもずっと華奢で小柄なそのお身体の,一体どこにそれほどの元気が蓄えられているのかと深く疑問に思う。そんな私を尻目に,カトラ様は地図を広げて確認を続けていた。


「ティンクルスター,この付近の捜索は済ませたか?」


「ばっちり聞いてるよ!トタテ山のふもと辺りで一匹,ガガランドスを見かけたみたい。あと,山の中にフリーヴァスを数匹見かけたんだって」


「ガガランドスに,フリーヴァス……泉を拠点にしているのなら,寧ろ目的地が一致していて助かるな。いよいよこの依頼も大詰めと言ったところだ」


「そういえば,イヴリスクの数は現状5匹で,目標討伐数は満たしたんですよね。では,完全成長体のガガランドスと,幼体のフリーヴァス……その目標討伐数って,どの程度だったでしょうか?」


 私の疑問には,ノーマン氏が答える。


「フリーヴァスについては,概ね10~15体でも討伐できれば問題ないでしょう。ガガランドスの個体数は,先ほどシノゾイック工房から入った連絡でも変わらず,1体となっています。それが今回侵入した群れのリーダーに当たる存在のようですね」


「だ,そうだ。ガガランドスはパワーは高いものの,動きは成長前と比べて圧倒的に遅い。1体程度なら,特に何の苦も無く……」


 カトラ様が“何の苦も無く狩れるだろう”と言いかけたその時。


「ゴゴォォオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアア!!」


 山の中腹から,湿地帯全部が激しく揺さぶられるような咆哮が轟いた。


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