27発目 小休止
「イヴリスクの能力は,雷エネルギーを操るエーテル型の魔獣族だ。つまり当然,その雷電化の能力にはエーテルを消費する。これが何を意味するか,わかるか?」
イヴリスクの亡骸を処理しながら,カトラ様は問いかける。イヴリスクの突然の襲来に怯え切ってしまったエリーゼ氏は,いまだ青ざめた表情のまま首を傾げた。
「雷電化に,エーテルを消費……つまり,エーテルがなければ雷化できない……?」
「なるほど。雷電状態のイヴリスクは常にエーテルを消費し続け,移動し続ける……力の源となるエーテルを,雷電状態から戻させないことで消費し切らせるって作戦だった,というわけですね」
ポンと手を打った私の言葉に,カトラ様は頷く。
「そういうことだ。イヴリスクの厄介さの象徴である機動力と速度,そして雷属性魔導の力も,エーテルを消費し切らせることで対策が可能だ。魔導状態固定装置を当てるコツさえ掴めれば,普通に戦闘する以上に手早く倒すことが出来るということだ」
「へぇ~!すごいすごい!」
「さっすがシノゾイック工房からわざわざ来てくれただけあるね!」
「全く,水妖精たちに褒められたところであまり嬉しくならないのは何故だろうな」
妖精たちの知能は,一般的には高くないことで知られており,周りの水妖精たちもキャッキャキャッキャとはしゃぎまわり,どうにも“なんとなくすごい”程度にしか伝わっていない様子だった。ただ,そんな妖精たちに苦言を呈しつつも,カトラ様の表情はどこか満足げであった。
「しかし,先ほどはこの崇高なるカトラ・フローリアよりも早くイヴリスクの存在に気付いていたのに,今回感づけなかったのは何故だ?確かにある程度奴も気配を殺していた様子ではあったが」
カトラ様が声をおかけになると,エリーゼ氏は未だに肩を震わせながらその理由を語る。
「あぁ……それは,このおひげが上手く機能しなかったからです……私を含め,ナマズの霊獣族は周囲の導子の性質を感知することに長けているんです。このアルダン湖周辺には雷子の反応はふつう見られない。だから,最初にイヴリスクが出現する時は,大気中に雷子の反応が見られるだけでわかるんですが……」
「なるほど,導子量の変化を感じ取っていたために,4体目のイヴリスクの出現を感知できなかったというわけか」
「は,はい……申し訳ありません」
「謝る必要はない。この崇高なるカトラ・フローリアの才覚を以てしても不可能なほどの範囲を感知可能なのだ,その才覚を誇りに思うべきだ」
「は,はい……」
「そうなると,そうだな……ミーア,エリーゼが浄化魔導を使用する間,私達で警戒網を敷くぞ」
「え,でも,ノーマンさんの治療は……」
スタスタと歩いてくるカトラ様に疑問を投げかけると,問題ないと言ってカトラ様は私たちの前に立つ。
「いい加減起きろ!変質者め!」
ガンッと足でノーマン氏の頭を蹴り飛ばした。
「いっぐぇえ!!?」
「ぇえ!?か,カトラ様,相手はけが人ですよ!!?」
私の膝元から転がり落ち,頭を抱えてバタバタ暴れまわるノーマン氏。肩口やわき腹を激しく損傷したうえでこれほど激しく動き回っては,患部に激痛が走りそうなものだが,そういった様子は見られなかった。
「もう治っている!ちょうど4体目が出現したぐらいの頃にな。気付いていなかったのかミーア?」
「は,はい……まだ呼吸の乱れもありましたし,エリーゼさんがあれだけの傷を負ったことを考えると……」
「エリーゼの傷は生身で受けたものだったからな。だがこいつは,しっかり雷に耐性のある装備を着込んでいる。だから最初の攻撃も,その後の噛みつきも,血は出る程度でそこまで大した怪我ではなかった。ミーアの優秀な能力さえあれば,すぐにでも治療を済ませられるほどにな」
「そ,そうだったんですね……」
「む,むぐぐぅぅうう……す,少しくらい,けが人への配慮を……」
「けがをしていない者に配慮は要らん。守られて安心だとでも思ったのか?この土壇場で私の召使に欲情して,恥を知れ」
絶対零度の冷徹な視線。それを受けた彼も完全に潔白と言うわけではなかったのだろう,それ以上何も言うことはなかった。
♢♢♢♢♢
「おーい,召使の人~!エリーゼの浄化魔導,終わったよ~!」
レーダーで周囲を見渡し警戒していると,水妖精が元気な様子で飛んでくる。
カトラ様によると,彼らは大気中の雷属性の割合が高まることで飛べなくなっており,元通り水属性の割合が高まることで再び飛び回ることが出来るようになるとのこと。そんな彼らが目の前でくるくるターンしているところを見るに,完全に大気の状態はバッチリ戻っているようだ。
「わかりました,ご連絡ありがとうございます。あなたもすっかり元気に飛び回れるようになったみたいですね」
「そーなのー!やっぱり水子質の大気はサイコーだねー!」
くるんくるんと宙返りをし,くっくっくっと可愛らしく笑う。妖精は“自由の象徴”などと呼ばれることもあるが,この子たちを見ているとそれがよくわかる。
「ミーア,戻ったな。今ちょうど,今後の動きについて話し終えたところだ」
「今後の動き……ほかのエヴィルアークの討伐についてですか?」
「ああ,軽くだがな」
そう言うとカトラ様は,手に持っていた地図を広げる。そこにはアルダン湖から少し離れたグラットン平原に目印がついていた。
「カトラ様,この印は……?」
「ああ。先ほどの森で,水妖精たちにイヴリスクの捜索を頼んでいただろう。今さっき4体討伐をしたことから,残るイヴリスクは1体のみなのだが,ちょうど最後の個体がこの近辺で休息をしているのが確認できたそうだ」
「そうなんですね。流石妖精の情報網……ただ,もたもたしてると移動してしまう可能性が出てきますね」
「ああ,だからこそ,すぐに移動する必要がある。道具の片づけを済ませろ,ミーア」
「畏まりました,カトラ様」
使用した魔具をすぐさま片付け,エリーゼ氏に別れを告げる。そのままティンクルスターと合流すると,彼女の案内のもと開けた平野に辿り着く。
トタテ山にはさらに近づき,大型のウシやウマの群れがいたるところに広がっている。足元にも小さな動物が駆けまわっており,森林や湖畔以上に大量の動物と生命力であふれかえっていた。
「ここがグラットン平原……また随分と広大ですね……」
「すごいところでしょ~。私は普段森に棲んでるから,湿気の少ない平野部に来るのは久しぶりなんだけど,来るたびにこころがワクワクするんだ~」
「ただ,これだけの生命力と魔力に満ち溢れているということは……それだけイヴリスクも探しづらいということになる。ミーア,お前のレーダーはどうだ?」
「そうですねぇ……イヴリスクと遭遇した時のように強い反応は見られませんが,それに近い雷系統の反応は,2,3,……う~ん,紛らわしいですね……」
「ああ。恐らく,この国立公園の魔力場の中心たるトタテ山が近くにあることから,水や空などの大気中に多く含まれる導子以外にも,雷系統の固有魔導を発現する霊獣族が見られるのだろう」
「一応発見したポイントまでは案内するけど,見つからなかったらどうやって探そう?」
ティンクルスターの問いかけに,カトラ様は難しい顔をする。
「地道に探すしかないだろう。とにかく,まずは目撃地点に行くところからだ。ティンクルスター,案内を……」
地図を広げながら,カトラ様が指示を出そうとしたその瞬間。
ビー!ビー!ビー!
レーダーから警告音が響く。反射的に手に持ったそれを確認した,私の目に飛び込んできたのは……
私たちのいる場所のちょうど真上に突如現れた,イヴリスクの反応だった。
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