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25発目 対峙する雷撃

「お,見えました見えました。森の出口ですよ」


 光が見え,森を抜けると一気に視界が開ける。


 腰まではある草木の向こうに見えるのは,雲を反射する広大な湖。


「わぁ……ここがアルダン湖。素晴らしい景色ですね,カトラ様!」


 国立公園の中心・トタテ山をその奥に見ることのできるこの湖は,クイーンズ湖,ドーベル湖と併せて“ヨスミトタテ3湖”と呼ばれている。


「妖精たちの妨害がなくなってからは,本当にサクサク進みましたね。あの子たちも,普段からこのくらい素直に通してくれるといいのですが」


「あはは……基本的に妖精という種族は悪戯好きですからね」


「だが,着いたからといってのんびり観光している暇はないぞ。ここからイヴリスクの捜索と討伐を行う。ノーマン,確認されている個体は5,で合っていたな」


「ええ。新たに個体が確認されたという報告はございません。なので,イヴリスクに関しては5体討伐できれば目標は達成と言えるでしょう」


「そして,現在持ってきている陣式魔導状態固定装置の使用回数は……」


「6,ですね。1度までは無駄撃ちは構いませんが,基本的に使用したら確実に倒しておきたいところです」


「わかっている。使わずに討伐が出来るのがベストだがな」


 カトラ様は言いながら,注意深く周囲を見渡す。ノーマン氏は現状の状態を確認するために,浮遊型カメラを使って湖各所の撮影を行っていた。


「お二人とも,現状確認は完了いたしました。これから,最後にイヴリスクの観測されたスポットに向かいましょう」


「ああ,案内を頼む」


「はい,こちらです」


 ノーマン氏に続いて湖面を歩く。しばらくすると,湖面がざわざわと波打ち始めた。


「わっ……ノーマンさん,湖が……」


「はい,何でしょう……あぁ,彼女たち,すぐそこまできているんですね。珍しい」


「彼女たち……?」


「ええ,このアルダン湖の主のような方です。呼んでみましょうか」


 そう言うと,ノーマン氏は懐から角笛を取り出し,それを吹く。


 ブォオオ,ブォオオオンと音がして,その音に伴って真っ黒い影が映る。


 ブクブクと湖面が泡立ち,それはざばっと姿を現した。


「ハァイ!こんにちは,観光客の皆様!って,そういえばこの前から観光客は来ていないんだった。だとしたら,この二人はだあれ?」


 上半身を乗り出したその身体の特徴は,明らかに長髪の女性。しかし,手のひらには巨大な水かきがついており,首の横には(エラ)が確認できる。ちゃぷんと音がした方を見ると,湖面からはヒレのついた尻尾も確認できた。そして何より,その横に広がった大きな口と,長く細い4本の口ひげ。


「紹介しますよ。彼女はエリーゼ。この湖に棲む,ナマズの霊獣族(れいじゅうぞく)です」


「ナマズの,霊獣族……!」


 霊獣族というのは,普通魔導生物5大種族のひとつ。地上界に生息し,その定義は“魔導を扱うことのできる動物”を指す。つまり魔導生物学の観点に基づけば,定義上私やカトラ様も霊獣族に分類される。


 その中の,ナマズを原型とする霊獣族。そして,ヒトに似た容姿をしているのは,変化の術が扱えることを示す。つまり,彼女はサークル型の魔導士なのだろう。


「やあエリーゼ。このお方たちは観光客じゃない。カトラ・フローリア様と,その召使のミーア・フローリアさん。シノゾイック工房から派遣されてきた魔導士さんだ」


「なるほどねぇ?そっちの小柄なお方がカトラ様かしら?ご主人様らしく……とんでもない魔導士のようね」


 彼女はばしゃっと音を立て,足のヒレを使って湖面を叩く。カトラ様も,彼女が向けてくるのと同様の値踏みするような視線を返す。


「ああ,霊獣のお前になら,この崇高なるカトラ・フローリアの才覚の程が,一目見るのみでもわかるか」


「ええ,勿論♪この自慢のおひげは,相手の魔力の性質を感知することが出来る。あなたの魔導が私と同じサークル型なことまで,すっかりね」


 エリーゼ氏はふふんと胸を張り,4本の髭がぴくぴく動く。自信家なところは,少しカトラ様に通じるところがあるのかもしれない。


「それで?その崇高なるカトラ様をこの地に呼んだということは……あのエヴィルアークの集団を,追っ払ってくれる……ってことでいいのね」


「ああ。その口ぶりからすると……君も何かされたのかい?」


 その言葉を聞くと同時に,エリーゼ氏の顔が曇る。


「えぇ,そうね……食べられかけちゃった,つい昨日ね」


 栗色の髪をかき上げると,その肩口には赤黒い牙の跡。痛々しいその傷に,思わず顔をしかめてしまった。


「その時は足までヒトに変化して,湖畔(こはん)で風を浴びていたの。おひげがピリピリするなと思って振り向いてみたら,がぶっとね。本当,怖かったわ……角笛吹いてくれなかったら,今も警戒して湖から出てなかったくらい」


「そうだったんですね……」


 これが,魔獣族の被害。竜族よりずっと弱い魔獣ですら,ひとたび牙を剥けばこうなるのだ。これが国立公園全体に及びかねないと思うと,事態の深刻さを改めて認識できた。


「カトラ様……」


「ああ,そうだな。一刻も早く奴らを討伐して,この地域一帯の平穏を取り戻さねばならない」


「お願いね……って,ちょっと待って……」


 唐突にエリーゼ氏が目を見開き,周囲を見渡す。


 その(ひげ)は何を感じ取っているのか,しきりにぴくぴくと動いている。


「ひっ……来た!!」


「まずいミーア,伏せろ!!」


 青ざめたエリーゼ氏が身を翻して湖面にもぐりこみ,一拍遅れてカトラ様も声を飛ばしながら私に飛び込んでくる。


「きゃあ!?」


 一緒に草原に倒れた直後,


 バリバリバリィイイ!!


 稲妻が私の目の前を貫き,閃光と共に爆音を響かせた。


「ぐがぁあぁああああああ!!?」


 反応し切れなかったのはノーマン氏。絶叫が響き,目を向けると服の脇腹部分がべっとりと赤い血で染まっていた。


 それだけではない。その肩口に,バチバチと電光を走らせる獣が一匹。


 黄色いヒョウ柄の胴体に,鳥の翼。そして狼の顔……間違いない,イヴリスクだ。


「ミーア!」


 銃の引き金を引きながらカトラ様が叫ぶ。その声にはっと意識を戻された私は,カトラ様のおかげで魔獣の牙から解放されたノーマン氏に駆け寄った。


「の,ノーマンさん!大丈夫ですか!?」


「ぐぅう……な,なんとか……」


 傷が深いのは,見た通り肩口と脇腹。ただ,時間はかかれど治せない傷ではなかった。


「ミーアはノーマンの治療に専念しろ!魔獣の相手は私がやる」


「は,はい!」


 患部に身体を押し当て,ぐっと抱き寄せる。視線を移すと,カトラ様とイヴリスクは緊張状態のまま睨みあっていた。


 イヴリスクは稲妻に身体を変化させる能力を持つ。先ほど攻撃と同時にノーマン氏に食らいつくことが出来たのも,その能力あってのことだ。それはイヴリスクの驚異的な素早さを示すものであり,いくらカトラ様の射撃の威力と精密さがあっても,躱されてしまっては意味がないのだ。


「カトラ,様……」


「グルルルルゥ……」


 イヴリスクが唸り声を上げる。お互いに動いたら攻撃を喰らう……そんな状態で,じりじりとしのぎを削っていた。


 ごくりと生唾を飲み込んだ,その刹那。


 ざぱぁあん!!


 突然湖面に平たいものが打ち付けられ,イヴリスクに向かって波が飛ぶ。


「キュゥン!?」


「速烈!」


 カトラ様はその一瞬を見逃さなかった。私の意識が彼女に戻るよりも早く魔導陣を展開させ,引き金を引く。


 ズダァン!!


 ギャンと悲鳴が上がる最中にも,二つ三つと連続で魔導陣を展開する。


「積集,連鎖重陣・爆裂!!」


 ズダダダダダダダダダン!!


 雷電と化す暇もなく,無数に撃ち込まれる銃弾の雨。そのまま爆裂し,魔獣は動かなくなった。


「今のは……」


「ふぅ……これで,一匹目……か。なんとか魔具も使わずに済んだな」


 完全に動かなくなってしばらくすると,カトラ様はふうっとため息をついて銃を降ろす。そして,湖の方に視線を移した。


「エリーゼ,助かった!昨日の今日で怖い思いをした相手に,勇気を振り絞ってくれて感謝する!」


 声をかけると,ざばっとエリーゼ氏が頭を出す。


「あなたの実力なら,多分一瞬だけ隙を作れば倒してくれるだろうって……思ったからね。ま,倒してくれなかったら怒っていたわ」


「ああ,勿論だ。この崇高なるカトラ・フローリアの能力を以てすれば,一瞬でも隙があれば叩き込める」


「さ,流石です…あとは,ノーマン氏の治療を……」


「その前にミーア,魔具を貸せ……魔導固定装置だ」


「あ,は,はい……!」


 ノーマン氏の治療を続けられるギリギリまで離れて手を伸ばし,魔具の入っている袋の蓋を開いた。その瞬間,エリーゼ氏の叫ぶ声が飛び込んでくる。


「また来る!今度は複数匹……ひぃいっ!」


「このっ!」


 突然カトラ様がこちらに銃を向けて引き金を引く。


「きゃあっ!?」


 慌てて縮こまると,私の両隣をバリバリバリ!っと電撃が駆け抜けた。


「さぁて……今度は,2匹か……」


 ザザン,とほぼ同タイミングで着地したイヴリスク達。


 息つく暇もなく襲い来る2体の脅威に,カトラ様は陣式魔導状態固定装置を片手に,ひるむことなく銃を構えるのだった。


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