23発目 遭遇!悪戯好きの水妖精
「到着しました。ここまでが,魔導車でいける限界です」
「わぁ……!す,凄いですねカトラ様!ここが国内最大の国立公園……」
見上げるほど巨大な樹木が立ち並ぶ,広大な森林。その向こうには,歪な模様の描かれた巨大な岩肌が顔を見せている。目の前にある木々からは濃厚な水子系の魔力が感じられる。地上界でもこの地域にしか生息していない固有種にして,水属性系統の魔導回路を持った樹木,アクアローソテツだ。
ここはシノゾイック工房から最も近い入り口にあたる,ズッケイの森。ここに来るだけで生命力が充足し,日々の疲れもすっかり吹き飛んでしまうと噂のスポットだ。なにより驚くべきはその規模。自分が“樹木”と聞いて,“森林”と聞いて,漠然とイメージするものより,樹木一本一本の太さも,高さも,また森林自体の広さも,ひとまわりもふたまわりも大きいのだ。
「あまりはしゃぎすぎると見苦しいぞ。この崇高なるカトラ・フローリアの召使として,人前で子供じみた態度は許されない。わかるな」
「ええ,勿論心得ております」
そう返答しつつも,胸の中にあるワクワクは隠せない。その様子をほほえましそうに見ていた青年も,助け舟を出してくれた。
「まぁまぁ。この国立公園は,グラーシア大公国の雑誌が取材した,地上界において最も行きたいスポット10選にも選ばれるほどの絶景。ハイになってしまうのも仕方のないことですよ」
彼の名はジョセフ・J・ノーマン。さらりとした薄青色の短髪に,トレッキング用の装備を身に付けている。シノゾイック工房からの要請を受け,市の観光局からガイドとして招かれた者だ。
「全く,これだから庶民と言うものは……」
カトラ様はやれやれとため息をつくが,それ以上は咎めても仕方ないと判断したのか,本題に移る。
「それで,作戦についてだが……まず,この森を抜けた先のアルダン湖まで向かう。その湖畔が,昨日イヴリスクの観測された場所だな」
イヴリスクというのは,変牙獣エヴィルアークの中間形態。サーデス氏曰く,人間にとっての青年期に当たる存在とのこと。非常に機動力が高く,活発に活動するため全く想定していなかったところに出現して周囲の人間に危害を加えることもあるのだとか。
「ええ。イヴリスクはエヴィルアーク種の形態の中で,最も年間被害件数が多く,厄介とされます。彼らを早めに掃討することで,本作戦も非常にやりやすくなるでしょう」
「そうだな。ミーア,レーダーの用意はできているな」
「はい,ここに」
バッグから取り出したのは,黄色い縁取りの施された魔導反応レーダー。
イヴリスクは雷属性の魔導を扱う。この湿地帯付近に雷属性魔導を扱う魔獣族は基本的に生息していないことから,このレーダーを用いればイヴリスク本体,またはその存在した痕跡をピンポイントで発見することが出来るという寸法だ。
「それと,陣式魔導状態固定装置もこちらに用意しております」
これは,イヴリスクの対策として用意した魔具。体質変化系の魔導を使用するような対象に対して使用することで,ある形態のまま変化できなくする効果がある。
カトラ様は満足そうに頷くと,ノーマン氏に視線を移す。
「我々の準備は十分だ。行くぞ」
「畏まりました」
ノーマン氏は休憩に使っていた丸石から立ち上がると,森に向かって歩き出す。
私達もそれに続くと,木々の間に入った途端周囲の湿気が一気に増した。
「わっ……森の中に入るだけで,こんなにも違うものなのですね……」
「そうですね。アクアローソテツは光合成をおこないながら周囲の魔子を水属性の導子……一般には“魔力”とも呼ばれておりますが,それに変換する能力を持っております。ただ,実際に水を吸っているわけではございませんから,森を抜ければ服が吸ってしまった水気も元通りになりますよ」
「へぇ……なんだか不思議ですね」
そんな話をしていると,突然私の脚が,なにか柔らかい物体を踏んずけてしまい,ぐにゅっと音がして滑ってしまう。
「きゃぁあ!!?」
そのまま勢いよく樹木の根に尻餅をついてしまい,悲鳴が上がる。
「おっと,大丈夫ですかミーアさん」
「全く,足元にくらい気を配ったらどうだ」
「いたたたた……す,すみません……」
顔を上げると,太い木の根っこの隙間に,何か液状のプルプルした物体がうごめいているのが確認できた。
「こ,これは……」
青色のソレに,恐る恐る手を伸ばす。すると,突然その物体は根っこの隙間から飛び出し私の頭に張り付いた。
「きゃぁあ!?んむ,むぐぐぅうう!?」
息が出来ない……!半液状の物体は意思を持っているのか,私の顔面を這いまわる。ねばねばした気持ち悪い感触が,重力に従って首に移り,胸元から服の間にも入り込んでくる。
必死に引きはがそうともがいていると,不意にギィィイイイイ!っと奇妙な悲鳴が聞こえ,同時に身体に張り付いていたモノが一気にはがれる。
「ぶはぁああ!!?な,何なんですか,今の……!?」
視界が開けると同時に呼吸も出来るようになったことで慌てて周囲を見渡すと,目の前には,あきれ顔のカトラ様と,その手につままれた半液状の魔導生命。
「全く……この崇高なるカトラ・フローリアの召使ともあろうものが,下級魔獣如きに悲鳴を上げるとは情けないことこの上ないな」
「へ……?か,下級魔獣……?」
「っふふふ……今ミーアさんが踏んでしまったのは,ただのスライムですよ。襲い掛かってしまったのも,いきなり踏まれたことによる防衛本能。何もしなければそのまま自然と離れてくれましたよ」
「ス,スライム……」
「はい。まぁ,どうしても気持ち悪いという場合は……今のカトラ様のように,“水核”をつかんでしまうと,びっくりして動けなくなってしまいます。スライムは核を基準に動いているため,核を引きはがしてしまえば大丈夫です」
「は,はぁ……」
確かよく見ると,カトラ様が掴んでいるのは半液状の物質ではなく,その中にある小さな球状の結晶体。なるほど,そこを探して掴み,はがしてくださったのだろう。
ようやくそこまで思考が出来るようになったところで,カトラ様は手に持っていたスライムを放り投げて続ける。
「スライムは水属性由来の下級魔獣。こうした水属性の魔導エネルギーが大気中に多く含まれる場所では,自然発生することも多い」
一気に強烈な気迫を出したカトラ様は,木々の隙間に向けて銃を一発発射した。
「ピギィ!?」
「……そんなスライムを悪戯に使うような,低能な幼児たちともどもな」
その言葉に反応して,カトラ様の睨む木々の奥から,甲高い声でわめきながら小さな影が飛び出してきた。
「ちょっとーーーーーー!!今の口ぶり!!この私!天才セイレーンのティンクルスター様のことを馬鹿にしたのかしらーーー!!」
雫を思わせる半透明な翅に,手のひらに収まりそうな大きさの青く小さな身体。間違いない,水属性由来の妖精族だ。
「ほう?妖精族の言葉で天才とは,見え見えの足元に堂々とスライムを置いておくなどという,もはや罠とすら呼んでいいのかわからん仕掛けに引っかかるのを,これまたバレバレの位置から今か今かと待ち構えるような阿呆のことを指すのか。勉強になるな,感謝するぞ」
ティンクルスターと同時にその“もはや罠とすら呼んでいいのかわからん仕掛け”に引っかかった私の株を全力で叩き落しながらカトラ様は挑発する。まんまとそれに乗っかってしまった哀れな妖精は,肩を怒らせながら水色の頬を真っ赤に染める。
「むっきーーーー!!なんですってぇえ!?何よ,何なのよこいつーーー!!ちょっと,ジョセフも何か言いなさいよー!!」
「ぇえ!?か,勘弁してくださいよティンクルスター。私はただこの方たちのガイドを任されているだけで……」
唐突に話を振られたノーマン氏は,目を丸くしながらきょろきょろさせている。ファーストネームで呼んでいることから,どうやら面識があるようだ。
「ぐぬぬぬぅ……!もういい!おいお前!名前はなんだ!そんなに言うのなら,お前は私の仕掛ける罠を全部見切れるんだな!?」
「当然だろう?この崇高なるカトラ・フローリアの目にかかれば,妖精如きのいたずらなど取るに足らん」
「いーっだ!言ったな!?見てろ,ジョセフと一緒にぎゃふんと言わせてやるーー!!」
「ぇえ!?わ,私も!?」
勢いよく飛び去るティンクルスター。唖然としながら顔を見合わせる私達の中心で,カトラ様は心底愉快そうに口の端を吊り上げる。
「よかったな,ミーア,ノーマン。ただ歩くだけの退屈な旅路が,アスレチックステージに早変わりしたようだ」
「う……嬉しくないですぅぅううーーーーーーーーーーーーーーー!!」
広大な水の樹林に,悲痛な叫びがこだました。
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