22発目 「護る」ということ
「変牙獣……エヴィルアーク?」
「はい。群れで行動する魔獣族の一種です。普段は国立公園からほど近いアドラクト山脈に棲み,そこから降りてくることは基本的になかったのですが……先日,国立公園を区切る防護柵の一部を破壊し,最奥の湿地帯へと侵入しているところを,わが社の所有する観測船が確認しました」
ヨスミトタテ国立公園は,3つの巨大な湖と,中心のトタテ山を含む広大な国立公園。指定された公園の範囲外にも,先ほどファイス工房長が名前を出したアドラクト山をはじめ様々な自然が見られるものの,その景観の美しさから特別区として保護されている。
魔獣族は,先日相手取った火竜達のように,皆が皆一様に魔界の門を通って攻め入ってくるわけではない。地上界の生態系に危害が及ばない程度であると判断されたことで野生化し,周囲の生態系に溶け込むこともあれば,魔獣族の一団が自ら地上界側と交渉を行い,不可侵条約を結んだ上で地上界での暮らしを認められる場合なども存在する。
話しぶりから察するに,今回のエヴィルアークは前者だった集団。それが度を越して生息域を広げたため,今回の案件が発生したのだろう。
「なるほどな……了解した,引き受けよう」
「ありがとうございます……と申し上げたいところなのですが,今回の依頼には一つ,重要な条件を設けさせていただきたいのです。それが達成できなければ,今回の報酬はお支払いできないか,大幅に減額させていただくことになります」
「条件?」
先ほどまでの穏やかな口調は更になりを潜め,眉を寄せ,少しだけ厳しい口調で工房長はその条件を提示する。
「今回の依頼……場所は,国家が総出で守護する必要のある貴重な自然が眠る国立公園。当然ながら,侵入した魔獣を倒す際にも,自然環境へ与える影響は最小限に抑えられなければなりません」
「なるほど。つまり条件というのは,その自然環境へのダメージをどれほどまでに抑えられるか……といったことだな」
「ええ。その規模は……戦闘を行った区域の損害率を,各区域それぞれに於いて10%未満に抑えること。この損害率には,エヴィルアーク側の与える損害も含ませていただきます」
「つまり,カトラ様ご本人が環境に一切ダメージを与えずとも,エヴィルアーク達がある区域に10%以上の損害を与えれば,報酬が減額される……!?」
「ええ,その通りです。自然を護るということは,それだけのこと。ある魔獣を一匹仕留めそこなったことで,凶暴化した魔獣が暴れまわって自然環境に危害を加えた場合……それはもはや人災と言っても過言ではございませんから」
「そんな……む,無茶です!それではあまりにも……」
自身とは全く関係の無い事態に対しても責任を取れなど,あまりにも理不尽が過ぎる。そう思って抗議しようとすると,それをカトラ様は遮ってしまった。
「問題ない。この崇高なるカトラ・フローリアの才覚を以てすれば,その程度の条件など障害にならんさ」
「か,カトラ様……!?よろしいのですか!?火竜達を討伐する時は,あんなにも後先考えず動かれたではありませんか!」
「あれは単に纏めて倒せば済む話をケニーが拗らせただけだ。この崇高なるカトラ・フローリア,精密射撃の技術も当然持っている。一撃で魔獣を正確に撃ち抜くことだってできていただろう?」
一瞬思いつかなかったが,火竜の群れがパレゾイック工房の近くにある森を襲撃したときのことだ。確かにあれほどの距離の,しかも飛行する魔獣の脳天を正確に撃ち抜けたとあれば,その精密性には納得をするしかなかった。
「……信じて,任せても……よろしいのですね?」
「ああ,任せておけ。この崇高なるカトラ・フローリア,完璧に依頼を遂行して見せよう」
「わかりました。それでは,そのお手並み……私の方でも,拝見させていただきますね」
そこまで自信満々に断言され,ようやく安心できたのか,工房長は先ほどまでのような穏やかな笑みに戻ってくれた。
♢♢♢♢♢
「おかえりなさいませ。契約の方は,上手くいきましたでしょうか」
社長室から戻ると,サーデス氏が先ほどと変わらない位置に立っていた。
「ああ,問題ない。この施設で初の仕事も,引き受けることになった」
「おやおや……となると,国立公園での任務ですね。準備はできているのですか?」
「そうだな……エヴィルアーク数匹程度なら,グローリアス・フローリア1丁あれば問題ないとは思うが,何かしら便利な道具を持ち込めるのであればそれに越したことはないだろう」
「ほうほう,何か便利な道具,でございますか……」
「ああ,各形態,有効だとなるアイテムが最低一種ずつあれば,恐らく問題ないだろう」
「各形態?その,カトラ様……ご失礼ながら,私の知識不足故にエヴィルアークというものが何なのか判然としないのですが……そんなにも数多くの形態を持っているのですか?」
「そうですねぇ……カトラ様,ここは私の方から,確認も兼ねて基本情報なり対策法なりを,説明したほうがよろしいでしょうか」
「ああ,そうだな。ミーアもしっかり聞いておくといい。もしかしたら,それらのアイテムをお前も使うことになるかもしれんからな」
「あ,は,はい!勉強します!」
二人とも頷くと,まずサーデス氏が目を向けたのは,「雷軸魔具製作」のタグが付けられたポータルに目を向けた。
「まず,“エヴィルアーク”という魔獣族は,近年になるまで複数の魔獣族であると思われていました。奴には大きく3つ,成長段階というものがあり,それぞれあまりにもその容姿や能力が異なっていたため,別種と捉えられていたのです」
「あら,そうだったんですね。同じ種でも戦い方が違うというのは,厄介ですね」
「ええ,全くです。そしてまず,エヴィルアークの中でも第一段階。我々でいう幼少期にあたる段階が,“フリーヴァス”。イヌの身体に鷲の翼,蛇の尾を持つ小型の魔獣です」
「銃で一発撃てば斃れるくらいの弱い個体だが,なにぶん機動力が高いために集団で襲われると厄介だな」
雷軸魔具製作のポータルを潜ると,物理的にピリピリとした空気が漂う場所に転送される。その場にいるだけで静電気が溜まって髪が浮き上がってしまいそうだ。
「おうサーデス,こんなところに何の用だ?」
周囲を見渡していると,作業員の一人が話しかけてくる。非常に筋肉質でガタイの良い,豪快な男性だ。
「最近入った新人の案内さ。期待の星ということで,手厚い対応を頼まれていてね」
「ほう?そこのお嬢ちゃん達二人か?がっはっは,若者が頼もしいねぇ」
私の肩をがしがしと叩くと,彼はそのまま作業に戻っていく。隣を見ると,カトラ様もあまり関わりたくないように思っているのがわかった。
「っふふ,彼は少々距離の詰め方に難がありますが,悪い人物ではございませんので」
「わかっている。が,どうにもな。……批判的な内容を口に出しそうだ,フリーヴァスの話に戻そう」
やれやれと苦笑し,それではと前置きすると,サーデス氏は話を進める。
「奴らに対しては,閃光弾を用いて目を潰すのが適切であると言われています。うちの工房では,雷子回路を軸に,光子魔導を組み合わせて強力な光によって目をくらませる魔具をご用意しております。」
「なるほど,閃光弾なら動物たちに対する目くらましの影響も短期間故に,生態系に与える影響を抑えつつフリーヴァスの機動力を削げるわけだな」
「ええ,その通り。いくつか購入していかれますか?」
「そうだな……今はまだいいだろう。持ち込める容量にも限界はあるから,他のアイテムも見てからだな」
「畏まりました。では,次に行きましょう」
そう言うと,サーデス氏はポータルへと戻向かう。そのまま私達は,サーデス氏の案内の元,工場見学とエヴィルアークやその対策アイテムの説明を受けるのだった。




