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1発目 弾劾

「必要な金ならいくらでもやる.今すぐ荷物を纏めて出ていきなさい」


 そう告げるグルーオン伯爵の声は震え,明らかに恐怖していた.


「ええ,それでは御機嫌よう.もう会うこともないでしょう」


 対照的に,凛とした声で言葉を返しながら,ばちっと収納ケースにロックをかけるのは,伯爵令嬢,カトラ様。


 いや,今となってはその血統も剥奪され,身分も姓もない,ただのカトラとなるのだろう。

とはいえ,そんな些細なことは,きっと至極どうでもよいことなのだ。


窓から差す陽光に照らされるその影は,“伯爵令嬢”の地位を捨てた今もなお,一層色濃く輝いているのだから。


「あの……カトラ,様……」


 お部屋の外に出られた彼女に向かって,おずおずと声をかける.


「ミーア,いたのか。部屋の中に見当たらないものだから,どこに行ったのかと思っていたぞ」


「えっ……さ,探してくださっていたのですか?一体,どのようなご用件で?」


「ああ」


 軽く答えると,カトラ様は私の方に真っすぐと目を向けた。


「一緒に来い。この崇高なるカトラ・グルーオンと共に,“強き者”としての義務を果たすために」




 事件が起きたのは1週間ほど前の話。


 その日,グルーオン伯爵邸には,非常にせわしなく,張り詰めた空気になっていた。


 カトラ様の婚約者にあたる人物……エル・ドラド金皇国(こんごうこく)の貴族,ベリエス・ドルトムント公子がお見えになっていたからだ。


 婚約者,となってはいるものの,ベリエス公子とカトラ様との仲はというと……あまりよろしくないのが実際のところ。というのも……


「全く,もう少し真面目にできないのか?わが祖国ではこのような貧相な対応,あり得ないのだが。ま,流石はメタヴィアス公国の底辺貴族といったところか?」


「も,申し訳ありませんベリエス卿!今すぐお詫びの品をご用意します!」


 この貴族,とにかく傲慢で豪遊好きなのだ。


“金皇国”の名の通り,エル・ドラドはこの地上界において,屈指の金埋蔵量を誇る国家。要するに,国家そのものがとてつもないお金持ちということである。


 ドルトムント家はその中で格別大きな地位を持っているわけではないものの,グルーオン家と比べればその差は歴然。逆らえるはずもなかった。


「僕の前に出てくるものには,すべてに黄金の細工があしらわれていること。これは当たり前にして必然の事項だ。一体何度言えば伝わるというんだね?」


「申し訳ありません,申し訳ありません……この食器を用意させた召使は,ものを知らぬ新人でございまして……」


 今まで幾度となく言われてきた言葉。


 勿論努力をしていなかったわけではない。しかし,あらゆる設備を黄金で揃えろなどという要望は,それこそエル・ドラド金皇国でしか成り立たないような無茶なのだ。


 だが,そんな事情などこの暴君には通じない。


「言い訳になっていないよ。つまりそれは,僕を出迎えるための教育がきちんと行き届いていないということだろう?重大な責任問題だ。厳重に処罰されるべきね」


 ベリエス公子がすっと指で円を描く。すると,複雑な幾何学模様の施された光の円――魔導陣――が空中に浮かび,そこから黄金でできた巨大な槌が現れた。


「ひぃ……!?」


「そぉら!!」


 ガンっと鈍い音が響き,全身に重い衝撃が走る。


 私の身体はなすすべなく吹き飛び,窓ガラスに衝突して罅を入れた。


「ミーア!!大丈夫!?」


「べ、ベリエス様!このような罰は,あまりにも……!」


 他の召使たちも駆け寄ってくる。その様子を見て,彼の激情は更に昂ってしまっていた。


「やかましい!僕は今機嫌が悪いんだ。前の試験の成績も悪かったし。せっかく父がよくしてやっているというのに,息子の僕に対していつもいつもこの態度!いい加減,寛容な僕にも我慢の限界というものがあるんだよ!」


「そ,そんな……!」


 あまりの理不尽に,召使たちも絶句する。


 その間にも,私のもとにベリエス公子は黄金の槌を引きずりながら迫ってくる。


「僕を誰だと思っているんだ?世界の金庫ともいわれるエル・ドラド金皇国の誇るベリエス・ドルトムント公子だぞ!お前たち平凡国家の貴族が意見できるような人間じゃないんだ!」


 高らかに叫ぶ彼の表情は笑っていた。権限だのなんだのは建前。本当は,私たちを支配できているこの状況が楽しくて仕方ないのだ。


「僕がお前のせいだと言えばお前のせい。だからこの行為も……正しい罰なんだよ!」


 完全に酔いしれたベリエス公子は,大きく金槌を振り上げる。


 殺される……!そう思い,反射的に目を瞑ったその瞬間。


 ズガァン!!


「うわぁあ!?な,何だ……誰だこんな時に!!」


 大きな銃声が部屋に響き,遅れてベリエス様や召使たちの悲鳴が聞こえてきた。


「……えっ……?」


 恐る恐る目を開ける。銃声の聞こえた方向に目を向けると……


「……いい加減,お前にはうんざりだ」


「カ,カトラ……様……!」


 その手に持っているのは,魔導の力を利用した機関銃――魔導機銃――。それも,彼女が自ら回路を組んで創りあげた,特別製のものだ。


「……何をするんだ,カトラ……お前,自分の立場がわかって……っ!?」


 ベリエス公子が怒りをあらわにするよりも早く,カトラ様は引き金を引く。


 ズガガガガガガガガガガガガガガン!!


 瞬く間に何十発もの魔導弾が撃ち込まれ,悲鳴をあげることもなく彼はその膝をついた。


「実弾ではない。“撃ち込まれた”という体感だけが残る,向精神弾だ。つまり……私はこの男に,危害を加えたわけではない。何か聞かれたときはそう証言しろ」


 ツカツカと歩み寄るカトラ様。その凛とした瞳は,まさに“正義”と呼ぶにふさわしい色をして見えた。


「っぁあ……っぐぅ……カ,トラ……貴様,何のつもりだ……」


「貴族としての責務を成したまでだ。民衆を,召使を護るという,我々“上に立つ者”としての役割を」


「カトラ様……」


「何が責務だ。上に立つ者の役割?そんなもの,民を支配すること以外に……」


 ガチャ,っとカトラ様の魔導機銃が,ベリエス公子の喉元に突き付けられる。


「ひぃっ!?」


「もううんざりなんだ,お前には。弱いものを虐めることでしか発散できないような幼稚なその精神。品性の欠片もない魔導。何もかもが,貴族としての器に達していない。お前には,初めから……貴族を名乗る資格はない!今すぐここから出ていけ!」


 仮にも婚約者であるベリエス公子に,カトラ様ははっきりと宣告する。


 ベリエス公子の方は,さっきまでの威勢はどこへやら,蛇に睨まれた蛙のように委縮してしまっていた。


「っ……!!ふ,ふざけるな!!」


 なんとか気力を取り戻した公子はばっと立ち上がり,怯えた目を向けながらカトラ様に捨て台詞を吐き始める。


「こ,こっちだってお前みたいなのは願い下げだったんだ!!いつもいつも突っかかって,僕が気持ちよく支配するのを邪魔してくるんだ!!もう,婚約も破棄だ,破棄!!お前等みたいな野蛮な家に,もう金1グラムだって出資してやるものかぁ!!」


 散々に罵声を浴びせた後,それだけ言い残してズカズカと去っていく。


 その様子を見ながら,カトラ様はため息をついて召使たちに目を向けた。


「ミーアの治療をしてやってほしい。私にはその知識や技術はないから。それと,他にけがをしたものは?」


 それは正真正銘,先ほどの彼女の言う通り……“上に立つ者”としての言葉だった。



♢♢♢♢



「そういえば」


「はい,何でしょうか」


 意気揚々と邸を後にしたカトラ様は,思いついたように声をかけてくる。


「家を追い出された,ということは,私はもう“グルーオン”の名を名乗る必要がないわけだな」


「そうですね……名乗る必要がない,というか……もう名乗れない,の方が適切ではあるのでしょうが」


「そうなると少し違和感がでてくるな……今まで自らをカトラ・グルーオンと名乗っていただけに,“カトラ”のみだと語感も悪く感じてしまう」


「そうでしょうか……私にとっては,カトラ様のお名前は崇高なものでございますから,それのみでも……」


「あるといえばあるのだ。そこはこの崇高なるカトラ・グルー……うーん,カトラの主観的な問題だ」


「そうですか……とはいえ,偽名などのご用意もありませんし……」


 要するに,“グルーオン”に変わる姓が欲しいということなのだろう。貴族令嬢としての立場を失われた今でも,私にとって彼女は高貴なる存在。おいそれと適当な姓を名乗らせるわけにもいかない……


 そう思っていると,そうだ,とカトラ様はこちらに目を向ける。


「ミーア。お前の姓,フローリア。私はこれの響きが好きなのだ。それを名乗らせろ。カトラ・フローリア。うん,良い響きだ」


「ええ!?わ,私の姓を!?そ,そんな,恐れ多いですよ!」


「遠慮する必要はない。先ほども言ったろう?これはこの崇高なるカトラ・フローリアの主観的な問題。私が良いと言えば,それは良いことなのだ。」


「は,はぁ……」


「さぁ,行くぞミーア。とりあえず,隣街のメルトロンにでも行けば目立たないだろう」


 即断即決。意見を挟む隙も無い。


 やれやれと溜息が出るものの,これもカトラ様のお人柄を示していると,納得する自分がいた。


最後までお読みいただき,ありがとうございました!

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[一言] この主人公意外と過激派だww
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