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18発目 冥帝教

「では,はじめるぞ」


「ぐぅう……」


 すっかり日も暮れ,暗闇に包まれたエピオス火山火口湖。明かりとなるものは,空に瞬く星々と,シャルル氏の立てた照明灯のみだ。


 私達は簡易テントを立てると,その中で,あれから念のために拘束しておいた研究員と思しき男と対面していた。


「まず一つ目。お前の名は何で,どのような身分の者だ」


「……デイビッド・ウェスト。冥帝教に所属する研究員だ」


「デイビッド。勤め先がその宗教団体ということか?つまり,教団の経費から,お前の給金がすべて落ちている……ということだろうか」


「そ,そういうわけじゃあない……働いてるのは別のとこだ,だがその会社は教団とは一切関係ない」


「明かせ。教団に関係はなくとも,お前自身の話の信ぴょう性に関係することだ。」


「くそ……。……モルデナント。ノゼルクアンタム市に本部を置く製薬組合だ」


 カトラ様がシャルル氏に目配せをする。すぐに彼はその詳細を調べ始めた。


「……あるな,名前が出てきた。ちゃんとしたプロジェクトの責任者を任されるくらいにはちゃんと働いてるみたいだぜ」


 シャルル氏の言葉に,カトラ様は頷く。どうやら信用は出来る情報源のようだ。


「わかった。では次,冥帝教(めいていきょう)とはなんだ。何を崇拝(すうはい)して,どういう目的を持って動いている?」


「……私達が信じている者は,ただ一つ……最強絶対なる神にして,世界を導く存在。……冥望龍(めいぼうりゅう)アペルピシアだ」


「アペルピシア……!?」


「おいおい,マジかよ……」


 それは,“絶望”を示す言葉。


 そして,その絶望を名に関する存在……冥望龍は,神と双璧を成す最強の魔導生物,天龍族(てんりゅうぞく)の一角。そして,500年前,4つの世界が混ざり合い,既存の秩序すべてを崩壊へと導いた冥望異変(めいぼういへん)を引き起こした元凶にして,その支配する冥界が最も強固に隔絶(かくぜつ)されている理由そのものだ。


「なるほどな……天龍族は,神と同格の超越魔導生物(ちょうえつまどうせいぶつ)権能(けんのう)の還元などはなくとも,そうした信仰が集まることは,ある程度納得がいくというものか」


“超越魔導生物”という用語は,神と天龍族,そして長い年月を経て彼らと渡り合えるほどの能力を得た魔獣族の統括者・皇獣族の3種族を特別視するためだけに造られた種族区分。彼らの存在があるというだけの理由で,妖精・霊獣・妖魔・魔獣・英霊族の5大種族区分を“普通魔導生物”と総称するようになったという。


「なるほど,信仰の対象は理解した。次に,大義は何だ。お前たちは今,何を最終的な目標として動いている」


「っく……そ,それは……」


ここにきて,デイビッドが口ごもる。


「どうした。話すまで開放せんぞ」


カトラ様が足先に銃を突きつける。青ざめた彼は,しぶしぶといった様子で語り始めた。


「……冥望龍は,いつか必ず復活する。我々はその時を待っているのだ。冥府の門が再び開かれる時,神は堕ち,世界は冥府(めいふ)の夜で染め上がる。すべての秩序(ちつじょ)は崩れ去り,支配され,虐げられる理不尽が消え去るのだ」


「……どうかねぇ。別の問題が浮かんでくるだけだと思うが」


「起きたらどうなるかは関係がない,質問をすり替えるな。私が訊いているのは,お前たちが活動している目的だ」


「だから,答えただろう?来るべき冥望龍復活の時のためだと」


「そうではないと言っている」


 ズダァン!!


「ぐぎゃぁあああああああああああ!?


 んな,な,何を,ぁぁぁああああああああああ!!」


 カトラ様の銃口が火を噴く。威力を極限まで抑えていたせいか,親指が吹き飛ぶのみで住んではいたものの,デイビッドは痛みに呻き,額には脂汗が滲んでいる。


「か,カトラ様……?一体,どういう……」


「お前は“待っている”と言ったろう?冥望龍の復活の時を。それが決定しているにしろいないにしろ,お前たち自身にそれを操作する必要がなければ,そのために動く必要もないのだ」


「え……?っと,つまり……それって……」


 脳が理解を拒んだのがわかった。隣を見ると,シャルル氏も同じように青ざめている。その様子をみたカトラ様は,その思考を無理やり結論へと導いた。


「あるのだろう?グラーシア大公国に眠る冥府の門を,意図的に開き……冥望龍をこの地上界に,召喚する方法が」


 しん……とキャンプ内が静まり返る。


 しばらくたって,観念したのか,喋っても問題ないと判断したのか……くぐもった笑みが聞こえてきた。


「っくくくく……そうさ,ある。あるんだよ。冥望龍を再び呼び出し,4つの世界を混沌へ還す方法はな。」


「それが目的か?冥府の門を,開くことが」


「いいや違う。あるにはあるが,今はできない。“鍵”がないからな」


「鍵……だと……?」


「ああそうさ。天龍族が復活するためには,必ず鍵が必要になる。“堕とし子(おとしご)”さ。その天龍と同様の力を持ち,地上界に生まれいでた者……。


冥望龍も例外ではない。冥望龍と深い縁を持ち,同じ能力と運命を賜ったその者を,我々は探し求めている」


「冥望龍の,堕とし子……」


「まだ見えてこねえな……目的と,今回の計画と。整合性がつかない。何か,その堕とし子とやらが生まれやすくなる条件……みたいなのがあるのか?」


 シャルル氏の問いかけには,含み笑いを浮かべたまま喋らない。カトラ様が銃を向けると,ようやくデイビッドはその口を開いた。


「大司祭・サリエル様は,環境づくりが大切なのだと説かれた。冥望龍が堕とし子を授けるためには,冥望龍に見合った……絶望に満ち,竜たちの怨嗟が響く環境を築くことがな」


「竜たちの,怨嗟……そして,絶望……」


「そうだ。繋がってきただろう?っくくく……」


「つまるところ,お前らがこの火山帯で魔界の門を開き,火竜達を呼び出していたのは……火竜を大量にこの地で殺すことが目的だった……ってことか?」


「ああそうだ。とにかく強大で,大量の竜……明確な数は伝えられていないが,きっとお前たちが殺してきた数で十分足りるはずさ……」


「っく……なんだよそれ。まるで俺たちが,お前たちの計画に加担したみたいに言いやがって……」


「あぁそうさ,加担したんだよ!闇竜皇(あんりゅうおう)が蘇った暁には,お前たちを表彰してやるのだ!!最も大量の竜たちを殺してくれた,善意ある者達だとなぁ!!」


 足の痛みから振り切れたのか,恐怖から発狂したのか,猟奇的な高笑いをしながら叫ぶデイビッド。


だがその言葉の中からも,カトラ様は敏感に重要な単語を聞き分けた。


「闇竜皇……?」


「時はすぐそこまで迫っている!世界に混沌が訪れるのだ!アハッハッハハハッハハハハハハ!!」


「おい,デイビッド!聞け!闇竜皇とはなんだ!おい!」


「さあな!俺だって詳しくは知らされてないんだよ!次の門もすぐに開く!どこかに,かならず,今すぐにでもだ!俺はなんにも知らないがなぁ!!」


「この……」


 勝手にべらべらと喋ってくれるものの,まともな思考のもとに発せられている言葉でないことは明らかだ。


「アーーーーッハハハハハハハハハハ!!もう終わり!全部!なんにも!無駄ぁああーーーーー!!」


「……もういい,五月蠅(うるさ)くてかなわん。ある程度聞き出したし,放り出せ」


「足の指はどうしましょう?治せますけど……」


「必要ない。どの道ゆっくり触らせてもくれないだろう」


「それも……そうですね……」


 バタバタと狭いテント内で発狂し暴れまわるデイビッド。とても落ち着かせられる様子ではなかった。


「それじゃあ,つまみ出すぞ。縛ったままでいいな」


「ああ,もう知らん」


 シャルル氏はやれやれとため息をつくと,カプセルにしまって外に出る。持っている間にもカプセルはガタガタと振動し,中の暴れ具合など考えたくもなかった。


「さて……ケニーが帰ってきたら,改めて魔獣除けの香炉を焚いて,眠ることにしよう。いくら火山帯とはいえこの暗闇だ,長距離に渡る移動は危険を伴う」


「ええ,そうですね。下山は朝日が昇ってからにしましょうか」


 今回の件……いろいろと懸念点は残るものの,それらは今考えても仕方ない。


 そう結論付け,私達は眠ることにするのであった。


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