17発目 【治母神】
「ふぅ……っと,こんなもんかな。ったく,バリケードになりそうな岩壁もまるごとぶっ壊しちまって。掃除するのも一苦労だぜ」
戦闘によって破壊された火口湖の整地をある程度終えると,シャルル氏は汗をぬぐう。
魔界の門は,それを維持するための装置が破壊された影響か,とても火竜が通ることは出来ない程度の大きさまで縮小している。先ほど一匹小型の魔獣が這い出てきたが,シャルル氏が簡単に排除してしまえた。その時よりも更に門は小さくなっているため,恐らく他に出てきたとしても,その程度以下の存在だろう。
「お疲れ様です,シャルル様。あなたも横になりますか?」
「空席がねぇだろ。それに,野生の魔獣が来るかもしれねえ。今のその様子じゃあ,お嬢様に動いてもらうわけにもいかねえだろ」
「うふふ,それもそうですね」
お嬢様は今,私と抱き合ったまま眠っている。この密着度ならもうしばらくすれば起きるであろうが,流石に今すぐに襲ってくるようなら話は別だ。
「それで?さっきお嬢様は,アンタの能力を借りる……そう言っていたが。そうして抱き合っているのがそうなのか?」
「ええ。こうするのが最も早いのです」
「早い……そういえば,お嬢様さっきまで顔の一部に赤い火傷を負っていたよな?」
「ええ……お美しい顔が,あんなにも痛ましくなって……でも,もうかなり引いているみたいですね。よかったです」
「なるほどな……光系統の治癒魔導。それも,貴重なポテンシャル型か」
光属性の魔導は,“浄化”を本質とする治癒・サポートに深い縁のあるもの。その浄化の力を,私は常に,全身に纏っている。
【治母神】……カトラ様が名付けてくださった,栄誉ある固有能力だ。
「その通りです。私に触れている生命体は,それだけで治療が施される。欠損部の修復などまでは厳しいですが,切断されてすぐの四肢までなら,しっかりくっつけていれば私の能力で治療することが出来ます。勿論肉体だけでなく,精神的な疲労などもスッキリですよ」
「便利なものだなぁ……これで,アンタ自身も常に回復されてるとかだったら,完璧なんだろうが」
「あはは,そうですね。私も疲れることの無い身体が欲しいです。あとは……そうですね。物理的な有効距離があまりにも短すぎる,などでしょうか」
治療効果の範囲は,私の肌から少しでも離れてしまえば途端に弱まってしまう。今のように密着して抱き合っていれば全身に治療効果は行き渡るのだが,これが膝枕などではせいぜい胸の下や下腹部あたりまで。歩き疲れた疲労や足の怪我などは回復しないだろう。
「そうか?……まあ,それだけ密着していないといけないってことなら,確かに面倒かもな」
「うふふ。まぁ,カトラ様とこうして,合理的な理由で抱きしめあっていられるというのは,メリットかもしれませんがね♪」
「ほぉん……なんだよ,ただ主人に振り回されているだけの召使かと思ってたが,案外両想いだったりするんだな」
「あら?私はいつだって,崇高なるカトラ様を一番に想っておりますよ?」
呆れ顔をするシャルル氏に見せつけるように,ぎゅっとカトラ様を抱きしめる。もっとも,こうした愛情表現もカトラ様の意識がない今だからこそ出来るものではあるのだが。
「んぅ……」
すると,すこし強く抱きしめすぎたのか,カトラ様が微かに声を出す。
「あら。カトラ様,お目覚めになられましたか?」
「んぁ……ミーア,か……んむ,目が覚めた……」
抱擁を解いてよく見ると,お体に出来ていた火傷をはじめとする傷もすっかり元通りになっている。いつの間にかそれだけの時間が経っていたのだ。
「よお,お嬢様。アンタがぐっすり眠ってる間に,後処理は済ませておいたぜ」
「んぁあ……ご苦労。ん,と。ケニーもいたか,私が眠っている間,大事はなかったか」
ぱしっと自らの頬をはたいて調子を戻すカトラ様。シャルル氏がいるからか,普段より心なしか気合を入れるまでの時間が早いような気がした。
「ああ,周りの妖魔族も,どうやら全員お陀仏みたいだ。化け物2体の殺し合いに巻き込まれた側は散々だな」
「魔界の門は?」
「ああ,そこにあるぜ。だが,もう魔獣が出てくる様子もないな」
「ならいい。例の塔が壊れているのなら,門も自然と閉まるだろう」
「ああ,道中で出会った妖魔族の言葉が正しければな。……と,言ってる傍からみたいだぜ」
バチチチ,っと音がして,魔界の門が門と呼べない大きさにまで縮小する。しばらく見ていると,そのまま門は跡形もなく消滅してしまった。
「よしよし。結局,その手の紋章は使わなかったな」
「ええ,そうですね。今夜中にでも,オネイロス様にお返ししなければ。それが済めば,今回の依頼は完遂ですね」
「さあ……どうかな」
「え?まだ,何か?」
カトラ様の言葉に,心当たりが思い浮かばず首を傾げる。シャルル氏の方を見ると,彼も変わらず深刻そうな顔をしていた。
「奴はまだカプセルの中か?」
「ああ。アンタが目覚めてからの方が,説明の手間もかからず楽だろうと思ってな」
そう言うと,シャルル氏はバッグから手のひらサイズのカプセルを取り出す。
それを開くと,中から先ほど焔煌竜を召喚する時にいた研究者が極小サイズから元の大きさに戻りながら飛び出してきた。
「ぎゃぐぁ!!?な,なんだ……どこだここは!?」
「さて……説明は要るか?」
「必要ないだろう。わざわざ説明するのも面倒だ」
「な,お,お前たちは……!!リオル・グランディアはどうした!?奴がお前たちを見つけ出して,殲滅しているはずでは……!!?」
「倒したよ。このお嬢様が,きっちりな」
「んな,何だと……!?馬鹿な,あんな巨大な魔獣をたった一人で!?出来るはずがない!!」
「やかましい。どうでもいいことをべらべらと喋るんじゃない」
「ひぎ!?」
ガシャッと銃口を研究者の喉元に突き付けるカトラ様。大の大人がガタガタと小動物のように震えて口を噤む様は,少しだけ可哀想にも見えた。
「聞きたいことがいくつもあるんだ。お前が教団の中でどういう立場なのか,あまり推し量ることはできないが……冥帝教のこと。今回の計画のこと。せめて知っていることは,洗いざらい話してもらうぞ」
最後までお読みいただき,ありがとうございました!
面白い,と思っていただけましたら,この文書の下にある「☆☆☆☆☆」をタップして
「★★★★★」にしていただけるとありがたいです。いいねとブックマークも,ぜひよろしくお願いいたします。




