クルミと川魚。
「やった…! 川だあ!!」
小屋の跡地から離れてそう経たない内に目的の川に辿り着く事が出来た。
大きな岩にぶつかりながら、ざあざあと水が逆巻いている
少なくとも水浴びは止めた方がよさそうな水量と勢いだ。
自分たちがいる側の河原の向こう岸に、
地層を見せて切り立った岩肌のすぐ上に木々が根を覗かせていた。
「(マスターの仰っていた通りでしたね)」
「あると思ってたんだ、ほら、あの小屋、煮炊きの道具はあったけど、井戸とか水源らしい物が無かったじゃない? だったら近くかもって。【探知(魔)】で広く探って、水棲っぽい名前の魔物を探してみたんだ」
一緒に川岸へ進み、流れる水に手を晒してみると、清涼な冷たさを感じた。
「どう? 飲める水かどうか分かりそうかな?」
「(どうでしょうか、調べてみます)」
ハコネさんが触手を伸ばして川の水で濡らすと、そのまま口に運んで舐めた。
「大丈夫なようですね、飲み水として問題ありません」
「そっか! よかった~。【鑑定】って何でも分かるんだね」
飲み水を確保できた安心感と、思いのほか美しい景色だったことも手伝って、
その場の岩に座り込んで暫く一緒に景色を眺めた。
「(ところでマスター、ここいらの水辺にはどういった魔物が潜んでいるのでしょうか?)」
やっぱり聞かれたか…と思った。
「え、えーっとね…」
―――――――――――――――――――――――――――――――
リバースライム×14
脅威度:低
ビッグホースフライ×7
脅威度:低
ウォーターリーパー×4
脅威度:中
ゴブリン×1
脅威度:中
ジェイドクラブ×1
脅威度:低
ケルピー×1
脅威度:高
ポイズントード×3
脅威度:中
ストーンクラブ×4
脅威度:低
バイオレットクレイフィッシュ×5
脅威度:低
―――――――――――――――――――――――――――――――
「だ、そうですが…」
「(?…成程、やはり危険な魔物はそういないようですね。ケルピーとウォーターリーパーはともかく、それら以外は今のマスターでも充分対処できるかと、道中遭遇したら積極的に狩っていきましょうね)」
「あ、はは…頑張ります。じゃあぼちぼち先に進もっか…」
あまり荒事はしたくはないが、食い扶持を確保する為には仕方がない。
気持ちを切り替え、下山へと足を進めた。
ハコネさんは変わらず様々な物を広い集めながら先導し、
時折「(良い物を見つけました、見て下さい!)」と
拾った物を私に見せては使い道を説明をしたりと賑やかにしていた。
川沿いを暫く進むとハコネさんが途中で魚の群れを見つけたらしく、
魚獲りをしてみたいと言い出した。
早く森を抜けないといけないからダメだと断るのも可哀そうに思えて
「いいけど、バケツも何も無いしなあ」
「(私が首を折って【アイテムボックス】に入れればよいのでは?)」
「んー、ナイフで綺麗に絞めて、血抜いたりして下処理済ませた方が美味しいし、料理する時楽なんだよね」
「(ああ、言われてみれば…どうしましょうか…)」
「大丈夫だいじょぶ、教えるからさ、下処理は後で一緒にやろう。とりあえず獲ったお魚はこうやって…」
浅瀬に大きな石をザックリと並べ、小さな石で隙間を埋め、
囲いの中の石を取り出して深さをだし
即席の生け簀を作って見せてみた。
小さい頃のキャンプ体験会でやったっきりだったが、上手くできたと思う。
「(おお!そうやって川の中に囲いを作るのですね!)」
「うん、とりあえずコレ、使ってみてよ」
「(ありがとうございます!では早速!)」
ハコネさんが川に向かい触手を高く掲げて構える
一拍間を置いて、素早く振り下ろし水面を軽く抉ったかと思うと
触手の先には鱒と思わしき魚が巻き取られ、ピチピチと藻掻いていた。
「(マスター!メイプルトラウトですよ!見て下さい!)」
ハコネさんが触手でずいっと魚を差し出してくる。
「どれどれ…わぁ、綺麗な魚だね」
形や模様自体はニジマスに似ていたが、色が黄色から朱色のグラデーションになっていて
とても鮮やかな魚だった。
「(なんでも普段は地味な色合いで、繁殖期にはこうやって婚姻色を出すそうです)」
「そっか、相手探しの真っ最中なのか、君たち」
婚活中に悪いことしちゃったな…と思いながら、
気になる単語が出たことに気付いた
繁殖期…か。
「ねえハコネさん、メイプルトラウトの繁殖期ってどの辺りの時期なの?」
「(秋口だそうですね)」
秋…秋か、四季があるのかは置いておいて
やはり下山を急ぐべきなのだろう、山の夜は冷えると聞いた事がある。
食料の心配は無く、外敵に襲われる危険は低いとは言え
気温の低下には現時点では太刀打ちできない。
焚火をうんと焚いて…とても気が進まないが小屋で回収した寝具に包まるしかないだろうか…。
そんな事をぐるぐると考え込み、ふとハコネさんの方に意識を向けると
もう魚獲りに夢中になっているようで、目ぼしい魚を捕まえては
楽しそうに次から次へと生け簀に放り込んでいた。
集中しているようだし、邪魔するのも悪いと思ったので
ハコネさんの気が済むまで待つことした。
座れそうな適当な木陰を探し足を運ぶ
そうすると、ふと足の裏に妙な感触を感じて見てみると、
何か木の実に爪先を掛けていた。
「あ、これ…」
見覚えのある形をしていたものがあった
緑の表皮に黒く傷んだ果肉の間から見える、ころんとした種子は…
「クルミ…かな? 」
拾い上げてよく見ると、知っている野生のソレよりも大ぶりだが、
やはりクルミと思わしき容貌をしていた。
メイプルトラウトと同じように丁度季節だったようで
辺りを見回すと至る所に沢山落ちているのが見える。
「懐かしー…」
まだ小学校の頃、遠くの川まで遊びに行った時、
遊びの一環で秘密基地の食料だなどと、食べもしないのに夢中で集めた事を思い出した。
後にたまたまテレビで見かけた時、殻は非常に硬いが美味しい品種だと後から知った。
ハコネさんを待つ間の暇つぶしと食料採集も兼ねて、拾い集めてみることにした。
しゃがみ込み、近場にある物から一か所に集めて積み上げていく
クルミが小高い山になって、近場に無くなれば少し移動してまた別の山を作る。
指先が実の灰汁で真っ黒になってしまっているが、今更と思って気にしない。
クルミに交じってドングリが幾つかあった、時期には少し早いと思うが…
ひたすら黙々と集めていると、突然背後からぬっと影が落ちた。
「(マスター、何を集めているのですか?)」
「うぉう! ビックリした!」
いつの間にか、すぐ後ろにハコネさんが移動していた。
ハコネさんの触手は足?音があまりしないようだ。
「あ…ハコネさんか。魚獲りもういいの? 」
「(それはもう!沢山獲れましたし、大満足です!)」
沢山…か、満足気な声色に少し嫌な予感がして生け簀の方を見てみると
案の定大小様々な魚が大量に生け簀にひしめき合っていた。
しかもハコネさんがちゃっかり自分で生け簀を拡張して尚の量である。
「す、凄いね、凄く…沢山獲ったね…」
「思いのほか楽しくて、大漁ですよ!」
もし顔があるのなら、ふんすっと得意げな表情をしているに違いない。
ああ、下処理が物凄い作業量になりそうだ…。
「(それで、マスターは何をしていたのでしょうか?)」
「え? ああ、コレ集めてたの。何だか分かるかな?」
そう言ってハコネさんにクルミと思わしき物を手渡すと
しげしげと眺め、口に放り込んでポリポリとかみ砕いた。
「(ゴブリンウォルナットですね、食用のナッツ類として一般的だそうです」
「あ、やっぱりクルミなんだ。…大分集めちゃったなあ」
気付けばクルミの山が3つ程出来上がっていた。
これも割って中身を出すのに一苦労だし、私もハコネさんの事をとやかくは言えないな。
「(いやあ、お待たせして面目ないです。ですがマスターも大漁なようで何よりですね、お預かりしましょうか?)」
「うん、お願い。じゃあお魚の方も、手早く処理しちゃおうか」
「(はい!)」
ハコネさんにも触手で手伝って貰い、ハコネさんの口にクルミの実をゴロゴロと入れる。
お互いもう大分慣れたであっというまにクルミの実を全て収め、
早速魚の準備に取り掛かかった。
「まずは、んーと、そうだな…ここに今あるのと別の生け簀作って貰えるかな? それと小屋にあったまな板を出して」
「(了解です!)」
にゅっと口の中からまな板を出して私に手渡すと、そのまま生け簀作りに取り掛かった。
「さて、私は…と」
周囲の石を避けたり、並べたりして平らな作業しやすい場所を作る
川の水で手を洗い、続いてまな板を洗った。
本当なら消毒もしたい所だけど
一緒に転移してきた除菌シートにも限りがあるし、
今の状況で生で食べる事もないだろうから、割り切ることにした。
「(マスター、生け簀の用意が出来ましたよ)」
「ご苦労様。じゃあ今やって見せるね」
魚を取り出す為に生け簀に手を入れるが、いくら大量といえども水の中の魚
両手で追いまわしても一向に捕まえる事ができない。
「…ごめん、捕まえてくれるかな?」
「(いいですとも!お任せ下さい)」
ハコネさんが事も無げに触手一本で魚を絡めとる
触手とは言えたった一本で捕まえるとは改めて凄いものだ。
「ありがとう、見ててね、こんな風に」
魚をまな板の上に置いて貰い、暴れる魚の手で抑え
鰓の上辺りを目掛けて、包丁を突き入れる。
「ここがね、魚の急所だから」
魚がビクンと体をよじり、切り口からぬるりと濃い色の血が流れ出す。
「それでこうやって鱗を取って」
動かなくなった魚の体に刃を垂直に当て、鱗の流れに逆らうように、バリバリとこそげ取る。
「内臓も全部だしちゃう」
続いて腹を切り開いて、内臓を取り出す。
「お、卵だ」
オレンジ色の粒が薄い皮膜に包まれた出てきた
そういえば繁殖期だと聞いていた、
とりあえず卵はまな板の端に寄せて置いて、残りは川に捨てる。
血合いをこそぎ、別に作った生け簀に入れて流水にさらす。
魚の血が水に混ざって赤く染まったが、
すぐに流れに乗って澄んだ透明になった。
ハコネさんが飲み水にできると言っていたし、水温も冷たいから大丈夫なはず。
「これで一丁上がりかな」
「(卵はどうするのですか?)」
「一応取っておこうかなって、川魚の卵って私の世界だと高級品だったりするんだ、何より美味しいかもだし」
ハコネさんから小屋にあった瓶を全て出して貰い、よく洗ってウェットティッシュで拭き少し置いて乾かした、
後で纏めて詰めよう。
「(成程、やり方は理解しました、道具はコレでいいですか?)」
そう言って小屋の壁材だった板と、棚にあったナイフを取り出して見せてくる。
「まな板はともかく、ナイフは私の包丁貸してあげるよ、私はペティーナイフでやるから」
小屋の調理器具の棚のナイフは少し錆が浮いていたので使うのは躊躇われた。
「ありがとうございます、早速捌いていきましょう!」
一人と一体で作業に取り掛かる。
最初こそ覚束ない手つきだったものの、1匹、2匹と捌いていく内に
私と同じかそれ以上の速さで処理できるようになっていた
ステータスだと私の倍以上に知力高かったし、もの覚えも要領も良いんだろう。
…とは言え、流石に量が量だった。
小さすぎる魚は逃がしたけれど、
カジカのような魚やウナギのような魚も居て、
慣れたことが無い魚に苦戦することもあり
作業が終わり、後始末が終わった頃には日が傾きかけていた。
「時間かかっちゃったね、もう少し進んだら寝るとこ探して晩御飯の準備しようか」
「(はい…自分で言うのも何ですが、獲りすぎましたね…)」
処理済の魚と魚卵の瓶詰を次々と収納していくハコネさん。
「まあまあ、お魚が沢山手に入ったし助かったよ。正直熊肉の扱いには自信無かったし、ありがとうね」
「(そうですか? そう仰って頂けるなら…獲った甲斐がありましたね!)」
少し申し訳なさそうにしていたが、気持ちが上向きになったようで何よりだ。
何よりも、こんな状況でも普段通りに、
前居た日常と変わらず動く手に、何より心安らいだ時間だった。
終始食料集め回。