小屋発見。
多忙でものすごい間が空いてしまいました…。
「ねえハコネさん」
「(何でしょう?)」
「もしかしてハコネさんて、遠くの物見え辛かったりする?」
「(あー…そうですね、ミミック種は室内で活動する事が前提の魔物なので遠くの物は少し…その代わりと言っては何ですが、近くの物はかなり精密に見えていると思いますよ)」
「そっかあ、フェアリーローズの時に何となくそうなんじゃないかなって思ってたんだ」
「(成程、あの時ですか、マスターは中々な観察眼をお持ちですね」
「いやあ、それ程でも、でへへ…」
「(ですが何故今そのような話を?)」
「んー…一応確認としてね、ハコネさんが見えないとこは私がなるべくカバーしないとと思って、それと」
「(それと?)」
「かなり遠くに山小屋みたいなのが見えてるのに、ハコネさん反応しないから」
「(それを早く言って下さい!! どこですか?!)」
案の定凄い勢いで喰いついてきたな。
「このまま真っすぐ…て、待って待って!止まって!」
ハコネさんがグンっと加速し始めていた所を慌てて制止する。
「もし人が居たら、いきなりハコネさんみたいに大きくて強そうな魔物みたら驚かれちゃうよ? ほら、ダンジョン出る前に話した擬態、アレしようよ 」
「(あ、そうでした、私としたことが…。マスター、お手をどうぞ)」
少し照れくさそうな声色でハコネさんが触手を差し出す
手?何だろうと私も手を出して触手を握る、改めて手で触れるのは初めてだったが
筋肉がみっちり詰まったような、鱗の無い蛇のような、何とも形容し難い感触だった。
ハコネさんがしゅるんと首飾りに擬態して私の手のひらに収まる。
スキル欄に重量を無視できると書いてあったが、やはり不思議なものだ。
「人が居たら折を見て紹介するからさ、少し我慢しててね?」
「(ええ、お恥ずかしい所をお見せしてしまいました、お任せします)」
ハコネさんが興奮するのも無理はないだろう
私もこの世界で初の第一村人発見になるかもしれないのだから
どうしても緊張してしまう。
敵意を感じさせない歩き方とはどんな感じだろうかと考えながら
ゆったりとした歩調を意識して近付いていく。
全体を観察する。
基礎はらしい物はない、掘っ立て小屋だ、煙突も無い。
全体的に油っ気が抜けた板張りで頑丈そうな感じもない。
四畳半よりは広そうに見える、窓は…板で塞がれてる。
周囲は申し訳程度には拓かれていたように見える、
辛うじて畑だったと思わしきスペースもあったが
草が伸び放題で長い間手入れされていないのが分かった。
とりあえずノック…するべきだろうか?
考えてみれば、私はこの世界の作法やら常識やら何も分からない。
突撃あるのみとコンコンと二回扉を叩く。
「ごめん下さい、何方かいらっしゃいますか?」
もう一度二回叩き
「すみません、何方かいらっしゃいませんか?」
「…いらっしゃいませんよね?」
「(マスター、外の様子といい、もうご不在なのでは?)」
「(いや、分かってるんだけど、無断侵入はちょっと気が引けると言うか…)」
「開けちゃいますよー?」
一向に返事はない、意を決して扉を開ける。
「お邪魔しまーす…」
家主はやはり不在のようだ、小屋の中をざっと見回す。
簡単な寝台、雑多に物が置いてある棚と机。
部屋の隅に薪のようなもの物が積んであるのが見えた。
思いのほか暗かったので足を踏み入れて窓を開けてみる。
戸板を持ち上げてつっぱり棒で止める仕組みだった。
部屋に光が入り、見え辛かった室内が鮮明になる。
窓のすぐ傍の机が一番明るく見えたので、まずはここからと見て回る。
曇った空き瓶、錆びきったナイフと木製のボウル、数冊の本…だったもの。
窓際で風雨が漏れていたのがろうか、カビと劣化で本は全て触っただけで崩れてしまった。
「(ああ…崩れてしまいましたね)」
ハコネさんは本に興味があったようだ。
次は棚を見てみる。
吊り鍋と大き目な匙、机の上にあった物とは別の形のナイフ
大きさとキズから察するに、まな板と思わしき木の板。
どうやら煮炊きの為の道具を置いていたようだ。
後は瓶詰のようなものがいくつかあったが、どれも中で干乾びていた。
総じて傷みは少ない、少し手入れすれば使えそうだ。
さて、最後は寝台か…そう思って振り向くと
光で照らされた薪の小山が視界の隅に入った。
何か違和感を感じ少し目を凝らす、黄ばんだ白い棒状の物の中に何か…
フィクションの世界では良く見慣れた
丸みのある形、剥き出しの歯列、二つの眼窩
紛れもなく頭蓋骨だった。
それも鹿や犬猫のそれではない。
暗がりの中で薪だと思っていたのは積み上げられた人の骨だった
「う゛っ…ほ、!骨!?ホネ!!」
辛うじて叫び出さずに済んだが、意味のある言葉が出てこない。
「(ええ、骨ですね人間の)」
「人骨!」
「(大丈夫ですよ、見たところ不死者化の兆候は無いようです。骨だけになって久しいようですし、疫病の心配もありません)」
そういう問題じゃないのだけれど…
腐乱死体ではなく白骨死体なだけマシではあるが
それでも人間の死がこの状況でハッキリ形となって目の前にあると動揺を隠せない。
一旦外の空気を吸おうと外に出て深呼吸をする。
外の草木の匂いで肺を満たし、日の光を浴びると少し落ち着いた気がした。
暫くの間、外の景色と小屋を隔てて骨があるであろう位置を交互に見るなどをしていると
高ぶった心が静まっていくと同時に、このままにして置くのはあんまりだと
同情めいた気持ちが湧いてくるようになった。
見つけてしまった物はしょうがないし、弔ってあげるべきだろう。
ハコネさんに大きな石を幾つかと太目の丸太を出して貰い
穴を掘って、墓らしく整え、骨を埋葬した。
辺りで咲いていた花を集め、私からも飴とチョコレートを一つずつ葉っぱに乗せて供えた。
手を合わせ冥福と弁解を祈る。
「どなたか存じ上げませんが、悪いけど使えそうなものは貰っていきます。お詫びと言ってはアレですが頑張って埋葬させて頂きましたので、何卒なにとぞ…安らかにお眠り下さい…南無阿弥陀仏、アーメン、祓い給え清め給え…」
「(ソレはマスターの世界の祈りでしょうか?)」
「え? うん。私の世界の国の祈り方の一つかな」
ハコネさんは幾つかの触手を束ねて、手のように合わせて見せた。
「ハコネさんも祈ってあげるの? 優しいね」
「(形だけです、死者を悼むという行動は知識として知っていますが、理解しているとは言えません)」
「そっか…まずは形からって言うし、その内分かってくるんじゃない?」
ハコネさんがまだ物心がついて一日未満であることを思い出し
いつかその行動への理解がハコネさんにとって良いものであるといいなと思った。
葉っぱの上の飴とチョコレート下げてハコネさんに差し出す。
「ほら、ハコネさん。お供え食べよう」
「(おお!チョコレート!ですが、死者に捧げた物では?)」
「私の居たとこはお供えを置きっぱなしにしちゃいけない事になってたんだ。こっちだとどうか分からないけど、このまま無駄にするよりずっと良いと思うな」
「(成程、では遠慮なく頂きましょう)」
ハコネさんが触手を伸ばしてチョコを取り口に運ぶ。
「(やはり美味しいですね、チョコレートはとても良いものです)」
最初に食べた時の反応といい、チョコを相当気に入ったようだ。
私も飴を口に運ぶ
―ああ、甘い、馴染みのある、食べなれた安っぽいブドウ味だ。
けれども、とても大切なものに思えた。
気持ちを改め、小屋に戻って寝台を調べる、まずシーツの類は埃とカビが凄い
よく見たら変な染みもあって、とても横になる気にはなれない。
寝台の下を覗きこんでみると、奥の方に大きめの木箱が見えたので引っ張り出す。
被せてあった布をめくると、中身はシャベルや鋸、金槌、
釘が入った袋などの大工道具が数多く乱雑に収められていた。
寝台の下且つ布で覆われていたからか、傷みはかなり少なく感じる、
有難く貰っていく事にしよう。
粗方の物は物色し終えたが、結局道中何が役立つか分からないので
あるものは全部回収してしまう事にした。
小屋も解体して持っていこうというハコネさんの提案があった。
流石に良心が咎めたが、野宿の際に地面に接していない乾いた薪が
手に入らないかもしれないとの事で
確かにと納得させられてしまったので了承してしまった。
「野宿かあ…テントも無いし、不安だな…」
一日二日では済まない旅路になるかもしれない事を改めて自覚する。
「(大丈夫ですよ、私が夜通しお守りしますし、火の番もお任せ下さい!)」
ハコネさんが触手で屋根や壁材をバリバリとを引きはがしながら、胸?を張って豪語する。
夜通しは流石に無理ではないだろうか、交代でしようと持ち掛けたが
ミミック種は睡眠をあまり必要としないらしく
【アイテム吸収】でエネルギーと疲労回復は賄える、任せてくれとの事だった。
道中に吸収できるような目ぼしいアイテムは何かあっただろうかと尋ねてみると
何でもそこら辺の石や雑草でも、エネルギー量は低いものの吸収できるらしく
道すがらに間食もこまめにしていたし
道中大量に確保できた薬草や魔石の小石も補給の数に入れれば後五日は大丈夫なのだという
食い意地が張ってるだけかと思っていたけれど、必要な行動だったんだと理解して
少し後ろめたい気持ちになった。
「じゃあ、行こっか」
「(はい、出発しましょう!)」
回収作業が終わり、ハコネさんにすっかり平らげられ
まっさらな更地になったその場を後にした。
「もしかしたら、川、近いかもよ?」
もはやイナゴ状態。