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犬豪伝〜ミナモトノウズマサ異聞録〜  作者: 星一悟
第二幕 西方世界編
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魔王の声帯

「ニンゲンの世界を知ったのは、私が一巡目の生育期、少年の頃だった。里に禁足地があってね。そこにはニンゲンの施設があり、多くの知識と情報がそこに眠っていた。そこで、里の長にバレないように少しずつ文字を研究し、解読は私のライフワークとなった。面白いことにニンゲンの文字は我々の文字と偶然にも似ている所があり、ニンゲンは文字以外で図で説明を加えているものもあったから、そこから学んでいった。木を切り刻んでつくる猟奇的な紙でなく別の材質で出来ている薄いものを復元する作業は大変だったが、機械を修復すると復元して一定の電気が自動で流れて、中で人が動く物もあり、私は次第にニンゲンの研究を永い年月をかけてより深めていった。ベニータちゃんには驚かれたものさ。何でアタシより人間のことを知っているの?とね。」

魔素循環によって、300年ぶりに洗脳と音の拷問から開放されたネームレスは、饒舌にべらべらと喋った。ハイになっているのだ。

ウズマサは洗脳音を辿り、一行いっこうは地下へと階段を降りていった。

「ここだ。」

ウズマサは広いフロアでなく、狭い一角のドアを指さした。

「そこは物置部屋になっていたはずだが、…まさか!」

ネームレスが部屋を開けた。

清掃道具、鉄の枠を残して木製部分は腐り果てて消失し、化石となったモップが崩れ落ちた。

「その鉄の箱の中だ。縦に並んだ用箪笥ようだんすか何かの中から聞こえる。」

ネームレスがロッカーを開ける。

蝶番が外れた扉を放る。

何もない。

「鉄の壁の中だ。ああ、循環させてても耳に響く!」

ウズマサの叫びをうけて更にネームレスがロッカーの壁を押すと、歳月のせいであっさりと壁が割れて崩れ、奥から隠された窪みと呼ぶべき小さな部屋が出てきた。

窪みの中には卵の形をした機械があった。

「これは…ウズマサ君がいなければ永遠に分からなかったな。」

ネームレスは鶏の卵ほどの大きさのそれを取り出すと、睨んだ。

「これは『声帯』と呼ばれる魔王の洗脳装置だ。ここから洗脳音を発して頭と精神を破壊し、いにしえのニンゲンたちは魔王の操り人形にされていった。ニンゲンの全盛期には何万年も保存可能な装置が創られたらしいが、こいつがそうなんだろう。ミスラル銀で破壊できるはずだ。」

ウズマサはネームレスから声帯を受け取ると、藤一文字の刀身に装置をぶつけた。

装置は卵が割れる音をたてて壊れた。

「洗脳音が、消えた。」

ウズマサが耳をすませた顔でそう呟くと、同じ表情になったネームレスがにやりと笑った。

「声帯の多くは機能してないからな。これで300年ぶりに()()()でいられそうだ。」

「ネームレス。」

「なんだ、犬面の恩人。」

「洗脳音が消えた今、貴方に問う。某と共に魔王を滅ぼさないか?」

ウズマサの悪い癖が出た。

「貴方がどれほどの国の生まれ滅びを目にしたかは某は知らない。諸行無常の世だから、盤石とされる社会も変わっていくのだろう。しかし、それは沢山の人の意思で変わっていくもので、魔王の歪んだ意思ではない。皆で力をあわせて滅ぼすべきだ。」

ウズマサの言に、ネームレスは呆れた。

「魔王を滅ぼすには、魔王の声帯や頭脳や身体といった全てを破壊せねばならない。君たちでも無理だ。」

「だが、やらねばならぬ。」

ウズマサは頷いた。

「その努力はしてきたのだろう、フロノス・ギルミア。独りより二人。二人より三人。多くの人の手によれば不可能でも可能になる。」

「何のつもりか知らないが、私は気が挫け魔王についたと言っている。」

「それは最早、過去と切って捨てるべきだ。過去は過去。大事なのは今この瞬間、その連続だと某の国の坊主が言っていた。復讐と恨みを水に流そうとするのは悪か?」

「人によるね。」

「貴方はどうだ?」

ネームレスは一瞬目を伏せた。

「それは…。」

言葉が出なかった。

魔王を裏切った所で、手のひらを返して歓迎される訳がない。

復讐は蜜よりも甘く、恨みは煮えたタールのようにこびりついて離れないものだ。

それを水に流す?その概念が分からない。

戦いを終わらせるための情緒と機微きびが分からない。

一方で、無理を承知で仲間に受け入れようとするウズマサの声は心地が良かった。

「今回起動し、復活した魔王の肉体の場所を教える。私は君たちの前から姿を消す。それでいいだろう。」

「フロノス。」

ネームレスはサリアを視界から排除するのをやめた。

「なんだ?同胞の女。」

目の色を変えて憤慨しだすダンキチを逆に制して、サリアが語りかけた。

「貴方はすっかり変わってしまったようだけど、それでも君は僕の弟だ。どんな困難にでも勇敢に立ち向かう戦士で、真っ直ぐに生きようとする『勇者』だった僕の弟なんだ。無限の時間に心と正気を失わないで、フロノス。」


サリアの声がネームレスの古い記憶を呼び覚ます。

同じ種族、赤い瞳。だが、姉は青い目だった気がする。

繰り返される生育と若返りの連鎖が奪ったのはサリアの虹彩かそれともフロノスの記憶か。

それはネームレスには分からなかった。

「姉。そうだな。私には姉がいる。確かにいたとも。」

ネームレスは永すぎる時の中で家族の記憶が消失しつつあり、全てが曖昧になりつつある。

「フロノス!」

「サリアちゃん。駄目だ。こいつは地に足のついていない、夢の中にいる。救うにしても時間がいるだ。」

「ダンキチ…。」

ネームレスを危険視し、あくまでサリアを遮るダンキチに冷めた顔つきになったネームレスが、ウズマサを見た。

「魔王は北の最果て、ビオス島にいる。」

「ビオス島?」

「かつて火山が噴火していた所で、魔王の死体を投げた所さ。ある年の最後の噴火によって出来た巨大な空洞に鎮座し、絶えることなく洗脳プログラムという名の司令を送っている。物言う竜ニールゲンが魔王の玉座を守り、ベニータちゃんやオーガ共はその司令に抗えない。」

私もそうだった、とネームレスが左の口角を上げた。

「この戦いで疲弊した民の怒りの矛先は貴族に向かい、英雄と革命という灯火を投じて燃え上がり、そして魔王が全てを手に入れる所だった。アドバイスするが、敵は手強いぞ、ウズマサ君。魔王のプログラムにのっとり英雄として戦わないのであれば、人心掌握さえままならないほどね。」

「某は某の道を行く。今まで上手くやってこれた。これからも、それは変わらない。」

ウズマサの決意に、最後にネームレスは鼻からため息をついた。

「その思いさえも魔王の手のひらでないことを考えて、薄い氷の上を独り歩むがいい。その下の深淵は深く、暗いぞ。」

ウズマサは、静かにネームレスを見た。

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