囚コーポレーション・多聞天No.5A
緑の艶めいたゴム布の床を擦れた貫や革靴でにじるようにすすむ。
抜刀したロッコが場所をとらせぬよう雄牛の構えをとって進むのをみて、ウズマサは心中微笑んだ。
鎧の音以外室内に音がなく、不気味だった。
つるつるした廊下を歩く。
しばらくして、白い横壁をくり抜く様に透明な壁が現れた。
大きく透明な壁から、やや見下ろすように鉄の巨人が等間隔にズラッと並んでいるのが透けて見える。
巨人の大きさは2〜3メートルはあるだろうか。オレンジの頭に人体を簡単に模した歪な金属の身体があり、胸を見るとウズマサたちには分からない言葉で『多聞天』と描かれていた。
「なんだ、これは。」
ウズマサ達が恐怖の顔で壁を覗き込む。
透明な壁はアクリルで出来ていた。
「これは…これは何だ?」
「これは魔王の肉体さ。」
「誰だ!?」
奥から紐パンツにクラミュスというマントに似た外套を羽織った男が、カリガなるサンダルを履いてやってきた。
長い白髪と壊れたような青い目。
「フロノス・ギルミア!」
「ネームレス・チートと呼んでもらいたいな、ウズマサとその御一行。」
ダンキチは反射的にサリアを庇い、ウズマサ、アーダイン、マグ、ロッコらは武器を手に前に出る。
「よもや、ここにくるとはね。ようこそ、ニンゲンが残した墓場の中へ。」
「墓場、ですか。外に鉄の像が並んでいますが、魔王の肉体と呼びましたね。ある国では等身大の人形を墓場に並べる風習がありますが、あれは前の魔王の墓標か何かなのですか?」
「墓標!?墓標か、それはいい!」
キヨアキラの的が外れた質問にネームレスは爆笑した。
「魔王は誕生してから今までずっと一つの存在だ。前も後もない。眼下にあるのは全てヒトが造り給うた金属の肉体、永遠に機能を失うべき悪夢だ。」
「さっきから言ってることがよく分からないな。あの鉄の像が魔王となって動くのか?」ウズマサは鼻白んだ。
「正解だ。これは魔王の身体のスペアだよ。そして、その気になれば一つの意思の元で一斉に動くことが出来るらしい。」
ネームレスはクスクス笑うと、顎に指を軽く当てた。
「ニンゲン。初め人類はこの世界で一つの種族しかいないと考えられた。彼らは自分たちこそ神に選ばれた種族、あるいは傲慢にも神そのものになれると考えた。彼らは戦争が好きという訳ではなかったが、平和の価値を低く見積もる悪癖があり、敵と対立した時、際どい平和がもたらす怠惰な安寧よりも戦争がもたらす勝利のメリットを考える種族的傾向があった。結果、現状に満足せず延々戦争を起こした。」
ネームレスが鉄の巨人たちを指差す。
「これは囚という会社。商業集団が製造した多聞天ナンバーの5番目の機体。大量生産された魔王の肉体というわけだ。ここまで分かるかい?」
ネームレスの言葉を、ウズマサ達は沈黙で返した。
「この事実を知ったのは100年ほど前、ここ最近さ。600年前、魔王を討伐し頭部を切り取り身体を火山に投げて破壊した頃は、ここまでの化け物とは思わなかった。」
「魔王は再起に600年かけた割には準備不足だったな。某と遊撃隊が魔王の肉体までたどり着いた。後は全て破壊してやる。」
牙を見せるウズマサに、ネームレスは首を振った。
「600年で意識を再起動した魔王は常に目的に向かって突き進む。魔王の存在を破壊しきるより先に、世界の社会が滅ぶのだ。」
「社会が滅ぶ?」
聞き慣れない言葉にキヨアキラは首をかしげる。
ウズマサはネームレスから殺気を感じないのを気にしていた。敵意すら薄い。
「魔王はニンゲンが造った社会革命プログラムとやらをもたらす存在らしい。まず、社会の中から社会そのものに疑問をもつ程度の豊かさを持った『英雄』や、その候補を無意識下でコントロールして社会に反抗させ、革命を意図的に起こす。次に土着の文化と社会を破壊したあとで、魔王が国民を洗脳し、魔王を代表とした絶対社会主義なる体制と思想を徹底的に植え付ける。全ての知的生物は魔王の手足として働く歯車となり、機械である魔王は永遠なる神となる。これで魔王の支配は完了する。」
「ぜったいしゃかいしゅぎとやらは初耳ですが、新しい宗教をつくって魔王が神になるという事に近いのですかね?」
キヨアキラの言は今度は的を得ていたらしく、ネームレスはにやりと笑った。
「ダンキチ君と違ってキツネ君はとても頭がいいようだ。そうだな。宗教は毒だと物申す宗教だ。私達エルフのことわざに、花を見て地べたを味わうという言葉がある。理想を見せて、全ての人類の意思を抜き、動く死体にするのが魔王の目的だ。」
「そんな奴の命令に、何故屈するのです?」
キヨアキラの疑問にネームレスは肩をすくめた。
「これでも、私は英雄だったんだぜ?魔王を倒してから100年かけてスペアの肉体を壊して壊して、それでも地下から沸いて出てくる破壊すべき肉体と、300年くらい前からずっと聞こえる魔王が発する『音』にいつしか私は負けたのさ。そして、多くの友人たちは死ぬか私を裏切り、私は悪魔や悪霊の類と呼ばれる様になっていって、ネームレス・チートは誕生した。」
「フロノス…。」
サリアはネームレスを見たが、自棄っぱちの命であるネームレスはサリアを見ようとしなかった。
「長く生きた。死に方を間違えてうっかり生きすぎた。キツネ君。」
「キヨアキラ。アベノキヨアキラです。」
「キヨアキラ君。一つ聞こう。君ならばどうやって無数の肉体をもつ魔王を倒す?」
「それについては某に案がある。」
キヨアキラに代わってウズマサがネームレスの目を見た。
「某は最近、気が狂いそうになるほど魔王の声を聞いてきた。魔素を循環放出して声を消したが、どうやら某を味方にしたいらしい。」
「そうか…君は選ばれたのだね。英雄に。」
「お前の話を聞く限りでは、そうらしいな。オーキデンスの思想に阿島の思想を持ち込む位には、社会の変革とやらに貢献しているらしい。」
ウズマサは剣の先端を下ろした。戦う気はないと見せかけて下段の構えをとっている。
「遊撃隊の隊長であり、爵位もとった外国の獣人。そう思えば、某は社会の変わり目になり得る。気にしていたことだったが、杞憂ではなかった。だが、逆を言えば英雄として勧誘する魔王の念波の出どころを掴めば、魔王に辿り着く。そこで魔王を倒せるはずだ。」
「それでここに来たというのかい?…ここは魔王の抜け殻しかない…はずだよ?それに魔王の音は四六時中どこにいても大小無く聞こえるものだ。…私の場合だが。…違うのか!?」
ネームレスは喋りながら心情が揺れた。
「今から循環させた魔素を消して、魔王の念波に耳を澄ましてみる。」
「御主人様、それは危ないだ。」
ウズマサはダンキチの静止を無視して、マナの循環をやめた。途端に、身震いするほど強い念波が襲いかかってきた。
ウィンウィンウィンウィンウィンウィンウィン
イーイーイーイーイーイーイーイー…
脳をガリガリと削るような音まで混じり、ウズマサは左手で頭を抱えながら、魔素の放出を出したり緩めたりしながら、頭の中の音を調節した。
「奴だ。某を狂わせる奴の音がすぐ近くから聞こえる。辿ってみよう。」
「なら、武器をしまいたまえ。ここで戦う気はないよ。」
ネームレスは毒気を抜かれた顔で呟いた。




