防戦
クリルは死刑になる前に牢屋で戦友たちから差し入れを貰いながら、さっぱりした顔で彼らと語らった。
ドワーフの王国は奴隷制があり、生まれながらの奴隷の多くは炭鉱や鉱脈開発でタダ働きの鉱夫としてツルハシを手に死んでいく。それ以外の奴隷は町や貴族においては働く家具と見なされる。
古代ドワーフは勇気と武名と芸術が尊ばれる骨太の民族だったが、魔王退治で人格が変質した時の王ベンチェス三世が奴隷制を推進し、反発した貴族を誅殺した。
狂王と呼ばれたベンチェス三世の治世と暴力と徹底した階級制が成立して600年、奴隷制は伝統と化した。
身体には焼印を、顔には奴隷を示す入れ墨を掘られたドワーフ奴隷は、主人への絶対忠誠を強いられた。彼らの夢は、死んでもいいから自由民になることだった。
「でも、クリル殿は顔に入れ墨をしてないじゃないですか。」
貴族崩れとして思うところがあるステフが指摘すると、鉄格子ごしにワインや肉を貰ったクリルは髭をめくった。
「おれたち奴隷戦士は貴族の名代で戦うこともあるから、顎や首に入れ墨を入れてるんだ。髭で隠れてしまうようにな。焼印ならここにある。」
松明の明かりの中で入れ墨やクリルの肩の焼印を見たとき、ゴブリンたちが疲れたようなため息を漏らした。
グリルの話は、元スレイブフェローのゴブリンたちから同情をかった。
裏切りは許されなかったが、死罪の内容を巡っては毒に麻薬を入れて苦痛を減らす毒酒刑を嘆願する者も現れた。しかし、オーナたち隊長陣はこれを突っぱねた。
結局腕のたつ執行人の斧の一撃ということになり、それまでの間クリルは牢屋の中を家と言い、ゴブリンの刺青師から自由民の入れ墨を入れてもらった後、処刑された。
クリルと比較して、ヨハンへの風当たりは強かった。パンでなく適当に煮込まれたメキャベツばかりを食べさせられ、貴族のヨハンはメキャベツが嫌いになった。
部隊に復帰するも誰からも信用はなく、武具の運搬や整備などをする雑用係に追いやられていった。
冬がきて、遊撃隊の足取りは止まった。
寒波だけではない。
敵が、領土奪還の為に何度も攻めてきたのだ。
「キャハハハハハ!」
ゴスロリ姿のベニータが笑う。
武装したハイウルグが三角形のファランクスを数組集まってゴブリンファランクスを制圧しようとした。
上背に負けるゴブリンを援護しようと冒険者とホブゴブリンらがハイウルグを囲むように戦うも、長槍の密により手が出せない。ディナシーの空からの攻撃は強く弓を張った矢により防がれていた。
防御において、力を発揮したのはリンレイの弩隊だった。要所に大弩を設置して打ち負かそうとする策は功を制し、死傷者を出しながらも撃退した。
気味が悪いのはベニータで、撃退すればするほど、兵を揃えて攻撃を仕掛けてきていた。ハイウルグの装備が戦を重ねる内に貧相になっていき、槍以外裸同然でやってくる事もあった。
遊撃隊は数を消耗していった。死者だけではない。傷を抱えたまま戦うことも増え、正規軍に助けを求めるもストロムが消極的な態度をみせていた。
遊撃隊が撃破されれば振り出しどころか負けるとウズマサが吠えても、正規軍への隷下が条件というストロムの態度には、またティリウスとエルフ議会の中での政治が反映されているのだとウズマサは感じていた。
遊撃隊の中には従軍年齢ぎりぎりの少年兵から老兵までいる。これは、家族飢え死にするよりも軍隊に送って給金で家族を養うという理屈からであり、正規軍より入隊条件や年齢制限が緩かったために入隊できた功罪でもあった。
遊撃隊はいつしか『遊撃隊《yugekitai》』という固有名詞になり、犬の落書きで風刺化され、隊の中には軍を指す薔薇でなく犬の横顔のシルエットを模した模様を服に縫い付ける者も多くいた。
ウズマサには彼らを生かす義務がある。
「会議を始めるぜ。」
顔に包帯を巻いたダニエルが地図を広げる。
「俺たちはここ二ヶ月近くで5回もベニータ率いる魔王軍と全面衝突をした。その都度撃退できたが、もう限界だ。わいて出るハイウルグの奴らを先んじて叩くべきだ。」
戦では疲れを見せないグウェインが腕を組む。
「ハイウルグは元の拠点に逃げ帰ることをしない。そこで、ベニータを追うのだが霊馬より速く走る彼女に引き離され、いつの間にかいなくなっている。エルフレンジャーに痕跡を追跡させたが、途中で足跡ごと消えるそうだ。サリア殿が言うにはベニータは蝙蝠や霧に化けれるそうだが、さもありなんといった感じだな。」
「寧ろ、反転攻勢で今のうちにこちらから攻めていってはどうだろうか?」
リンレイの提案に、グウェインは軽く首をふった。
「攻めて漫然と部隊を土地に広げていっても、悪戯に兵力が消耗するだけだろう。怪我人を輸送してまでこの地を離れるメリットは薄い。」
「では、どうする?正規軍に頼れず倒れるまで迎え撃つのか?」
オーナの言葉に、ウズマサが口を開いた。
「暗黒領に侵攻して、ここまで短期で両軍正面でのぶつかり合いになったのは初めてだ。それだけ暗黒領の中でも某たちは重要地点にいる。ここをしのがねばなるまい。」
「しのぐといっても怪我人だらけだ。まともに戦える連中も減っている。どうするんですか?」
エルフレンジャーのオラフが困った風に鼻をすすると、一瞬皆で沈黙した。
「フラサンワだ。やはり、あそこに何かある。」
「またか。今度は倒れないよな。」
オーナがウズマサの目を見た。
「ああ。壁で丁重に囲まれた穴とやらの先に何かある。それを探るのは某の役目だ。」
結局、ウズマサ、ダンキチ、サリアにロッコ、グウェインの代わりに『心臓止まり』のアーダインとマグ、キヨアキラを連れてウズマサ一行はフラサンワへと向かった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
フラサンワの近くになるにつれて、ウズマサは耳鳴りがするのを感じていた。
それをキヨアキラに伝える。
「では、魔素を身体に巡らせてみて下さい。」
ウズマサは呼吸と共にゆっくりと臍の下から魔素を発生させ、胸、喉を通って頭頂部から体外に魔素を纏わせた。頭頂部からでた魔素は体表を巡って頭頂部に帰る。
これで、意識しなくとも魔素が常に循環するようになる。
意識すれば単純だが、方法を知らなければわからないのが魔術的なもののコントロールの常だ。
ウズマサは気の高揚と共に、耳鳴りと声が遠くなって消えるのを感じた。
「毎夜これのお陰で頭がイカれずに済んだ。助かるよ、キヨアキラ殿。」
フラサンワへ近づくにつれて、尖った丸太を縦に並べて作られた壁が見えてきた。
壁に問題がないか偵察したが穴しかない。
「穴の中に何があるか、見てみよう。」
フラサンワの上下開放式の丸太の門を開ける。
そこには大きな穴、地下へ入口があった。暗く、奥の方は分からない。
「地面が何かに覆われてる。」
サリアが入口の床や壁に触れた。
それは、土に埋もれたコンクリートだった。
「兎に角、明かりを灯して気をつけていこう。」
手早く松明やランタンに火を入れ、穴の中へと向かう。
中は、はじめこそ土が多かったが、段々と白いコンクリートで囲まれるようになり、最後に両開きの錆びた鉄の扉にたどり着いた。
「開きそうだ。」
「地獄の門だったりしてな。」
「冗談に聞こえないぜ。」
アーダインがマグの冗談に首を振った。
扉を開くと、白い壁と艶めいた緑の床が広がり、蛍光灯の白い明かりが一行を明るく照らした。
ウズマサ達は『無機質』という感覚に戸惑いながら、中に入って松明の明かりを消す。
「何だ?ここは?この世のものとは思えぬ。」
ウズマサが狼狽える。
「ここは…。この自然を否定したこの感じは…。」
サリアが思い立ち、戦慄した。
「ニンゲンの居住地だよ。」
皆が一泊止まった。
キヨアキラが口を開く。
「ニンゲン、ですか。バベルともいい、妖精とも獣人とも異なり知能高く自然が嫌いで残忍な種族と聞いております。自分たちこそ選ばれた種族だなどと思い上がった挙げ句絶滅したと物の本にはあるのですが…。」
「確か、ベニータがその人間の成れの果てだったな。ベニータの他にも人間は生きているか?」
ウズマサがサリアに尋ねたが、サリアは耳をピクリを動かすだけだった。
「ベニータはニンゲンから不死になった特殊なやつだよ。ニンゲン自体はもう絶滅したんじゃないかな。」
「この通路、この奥にもしかしたら魔王がいる。」
ロッコの言葉は震えていた。
「囚コーポレーション・タモンテンナンバー5A」
ダンキチが静かに、歳月で失われつつあった魔王の正式なフルネームを口にする。
「虎穴に入ったんだ。虎子を得よう。」
ウズマサが柄に手を当てて前を進んだ。




