裁判
ウズマサは倒れ、ドワーフは裏切り、ゴブリンは全てを疑い、エルフはそんなゴブリンを警戒し始めている。
ヨハンの裏切りは、連帯感にヒビをいれた。
部隊法もあるが、手を結び同じ釜の飯を食い、酒を飲みあった仲間だけにショックは酷かった。
「この聖戦に乗じて馬鹿げたことを考えたものですな。」
僧侶戦士イアンがヨハンを糾弾した。
「裏切りは死罪だと言うのに。」
ヨハンは無言を通した。
アヒムとクリルは暗殺者ではないとはいえ、貴族同士の誇りある決闘代理人で鳴らしてきた奴らだ。今回の戦争でも活躍している。それなのにアヒムは殺され、クリルは生け捕りにされた。
あまつさえ、何の関係もないはずの狐頭が、ヨハンの不都合な事情を何故か全て知っていて曝露されてしまった。
ヨハンは、戦いでの死を名誉とする古いドワーフの価値観よりも、全ての死に命乞いをし即物的で頑固さに磨きがかかった近代ドワーフの価値観に近い人物だ。
つまり、絶対に死刑になりたくない。
「ドワーフとは森エルフの頃から伐採や土地を巡っての因縁がありましたが、信用できる種族でした。今は信頼が地に落ちたと言わざるをえません。その事が重ねて残念でなりません。」
憤懣やるかたない顔でスノリが下を向くと、縛られたヨハンがクリルを見た。
言うなよ、という表情での冷たい一瞥だった。
オーナの生け捕りを提案したのは、ヨハンだった。
これまでのヨハンは、味方面して懐に入り込み、戦争後オーナをギザの山に向かわせるやり方で、ゴブリンを味方につけるか服従させようとしたが、王座が空席になった今、ヨハンは計画を変更し誘拐計画を実行にうつしたのだった。
オーナは拉致するには夜はゴブリンの護衛が厳重になる上、独りでいることが少なく、ゴブリンの首長兼遊撃隊の司令官の一人として中々隙を見せなかった。
ヨハンはウズマサについていくことでアリバイを稼ぎ、アヒムとクリルはグレゴリーを排除してオーナを攫う算段だった。
工作員や暗殺者として無様な真似をしたのは、アヒムとクリルは真っ向の戦いは慣れていたが、人さらいの真似をしたのは生まれて初めてであり、不手際が起きたとしか言いようがなかった。
ヨハンはしらを切り通すつもりだったが、ドワーフが生け捕りにされたとあってはそれも叶わない。余計な口をはさみかねないからだ。
「さて、」ヨハンは口を開いた。
「弁護士を呼んでくれないか?私にはその権利がある。」
この一言に皆が驚き呆れたが、ヨハンはふてぶてしく鼻息を強く吹き、開き直った。
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ウズマサは目を覚ました。頭の中の声はしないが、ブーンブーンという音が響き渡り、精神の限界を感じていた。
「魔素の制御に失敗したのですか?」
キヨアキラが尋ねた。
ウズマサが見回すと、ダンキチ、サリア、ロッコらの顔がある。
「いや、違う。分からないが、ここ最近の某のことを話してもいいだろうか?気が狂ったと思われるかもしれないが、全て真実だ。」
「聞きましょう。」
キヨアキラに向かって、ウズマサは初めはポツポツと、最後は恐怖をはらうようにベットで軽く首をふりながら話をした。
「成る程、成る程。」
頭の中で耳鳴りと共に魔王が呼んでいる声がする、との主訴を受け、キヨアキラは思案した。
キヨアキラはサリアから魔素について一を聞いて十を学んでいた。今や、サリアより魔素に詳しくなっているつもりだ。
魔素と気は極めて近しく、ウズマサは劇薬で無理やり身体の気を開かせたのだと考えられる。ただでさえその代償は大きい。
キヨアキラはウズマサが魔素狂いを起こした危険性を思ったが、魔王からの声の内容を精査して内心安堵した。
「それは、幻聴ではなさそうですね。念波に近いものかと。」
「念波?」
「例えば、」
1に1をたすと何になりますか?
「2だが…。」
答えてウズマサは、あっと声を漏らした。キヨアキラは口を動かしていない。
「口でなく、念を波のように送る術を念波といいます。物凄く疲れるので普通に会話した方がいいのですが、覚え書きをこっそり送るより気密性は高いですね。」
「念波って耳打ちの魔法みたいなもの?だとしたら、絶えず送られてくるなんてことあるかな?」
サリアが耳を触って考える。
「魔王が卓越した魔素使いであるか、魔素ではない何か別の力かも知れません。それに、ウズマサ殿はドグマと口にしました。ドグマは阿島語ではありません。平地エルフの宗教用語で、僧侶は月の女神様の教義に従う、なんて使い方をします。」
キヨアキラはある種の知識マニアやオタクに近い。
情報の手に入りにくい時代にあってあらゆる情報を手に入れる様は、物知りを超え賢人と呼ばれた。
「つまり、御主人様は頭が擦り切れたのではなく、頭の中で敵の攻撃を受けていたのですか?」
「そうなりますね。攻撃というより、魔王や何者かの誘惑と呼ぶべかも知れませんが。」
キヨアキラが扇子を閉じると、ダンキチはホッとした顔をした。
「今も低い耳鳴りの音がする。何とかならないか?」
「魔素を放出すれば念波の類は聞こえなくなるはずです。また、魔素を体表に循環させるやり方を習得すれば何のことはありません。」
「それなら、是非お教え頂きたい。これ以上は本当に気が狂ってしまいそうだ。」
「僕の知らない方法だ。」
サリアがまた大きな耳を触ると、キヨアキラが笑みを浮かべる。
「おんようどうに天文、暦、果ては魔術妖術呪術に占術まで、おまかせあれです。」
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ヨハンとクリルは裁判で裁かれることとなった。
誰も弁護士をかってでなかった為、ヨハンは自分で自分を弁護する事となった。
ここで、ヨハンはアヒムのことを『切った』。
「私が申し上げることは、アヒムは私を裏切ったということです。私はオーナ殿を、戦争が終わりましたらギザの王国に招待し、そこでドワーフゴブリン間の友好条約を締結させるつもりでした。」
雄弁になったヨハンに「嘘をつけ!」とゴブリンたちの怒号が飛ぶ。
「静粛に願います。」
自薦で裁判官役になったスノリの言葉に静かになった。
部隊法で死刑にまで罪をおかした不届き者たちとヨハンでは意味が違うとスノリは考えた。
ヨハンたち三人はスノリが紹介したドワーフ唯一の仲間だったからだ。
スノリはヨハンたちに場合によっては死を宣告する役目を自ら負うことで、この責任をとるつもりだった。
「アヒムとクリル、私の部下という肩書でしたが、実際は私、アヒム、クリルの階級順に貴賎が違いました。アヒムは再三、私のやり方が手ぬるいと、機会をみてオーナ首長を生け捕りにすべきだと私に申してきました。それは、ドワーフとゴブリンの友好条約締結を思えば、悪手中の悪手であるとアヒムを諌めてきたつもりです。しかし、アヒムは私を裏切りました。」
また何か言おうとしたゴブリンがいたが、今度はマグが首を振って止めた。野次はスノリを悪戯に疲弊させるだけだ。
「つまり、今回の凶行は私の不在を良いことにアヒムが主犯として起こした誘拐未遂であり、傷害事件と言えます。クリルは階級からアヒムに従ったもので、そこを酌量してもらいたい。何よりも、」
ヨハンは力を込めた。
「何よりも、私はアヒムたちに加担なぞしなかった!さらに、その場にいなかった私を死刑にまでする道理がありますか!ないはずです!」
ヨハンがこうまくしたてると、クリルだけが「そうだ!」と声をあげ、弁護を終えた。
「主犯でなくても、首謀した可能性は否定できない。死人に口なしというが、アヒムが単独でやったのならば、何故逃げようとした?」
判事役のグウェインがまず腕を組み、話を始めた。
「今回の犯行の動機を考えてみよう。アヒムに何の動機があるか?あるとしても、アーダム王の死で玉座が空いていて、ヨハンが王座争いにうってでようと考えたという動機の方が強いに決まっている。」
グウェインは軽く唇を触ると、考えながら話した。
「玉座への野心という動機を胸に、ヨハンはわざと不在になり、そのタイミングでアヒムとクリルが犯行に及ぶ。マズイとなったらトカゲの尻尾を切るように責任をなすりつける。もしヨハンがそういう者なのだとしたら、死刑に相当するのが妥当だと考えれれる。如何かな?」
ヨハンはこれに反論した。
「それならば、ここまで戦友に囲まれ戦い抜くことなどしなかった。この期に及んで仲間を裏切る気にもならないし、何度でも言うがオーナ首長をギザに誘拐しても、ドワーフとゴブリンの友好条約は結べない。そうだろう?」
グウェインは冷たい笑みを浮かべた。
「友好条約は結べなくとも、この上ない人質にはなるだろう。宗旨変えしたんじゃないか?」
「馬鹿な!ドワーフとゴブリンの問題の全ては戦争後に考えるべき話だろう!」
スノリはヨハンを静かに見た。
「何故、ヨハン殿は逃げようとしたのですか?」
「オーナ殿が襲われ、ドワーフが生け捕りになった。そう聞いて全てを察しました。私は冤罪になりたくなかった。咄嗟の臆病が私の判断を誤らせようとしたのです。」
スノリの質問は的確だったが、ヨハンの言い分が上手だった。
「分かりました。」
スノリは決断した。
「まず、クリル殿はアヒムを止めなかったばかりか、グレゴリー殿に重症を負わせた。これは明確に有罪であり、事態の重さから死罪に当たります。一方、ヨハン殿は無罪にするには動機が明確ですが、死罪とするには罪の立証が足りません。そこで、クリル殿に公開での罪の告白を願いたい。」
スノリは告解という僧侶らしい手段を用いようとした。
「クリル殿の前には死しかありません。嘆願するなら、それは今しかありません。月は出ているときも知り、沈んだときも太陽によりて貴方の行いを見ています。さあ。」
僧侶の言い回しでクリルの証言に期待したスノリに、クリルが後ろ手が縛られたまま立ち上がった。
「おれは」
「クリル!」叫ぼうとしたヨハンの口をオラフが塞ぐ。
「おれは、奴隷戦士の家系に生まれ、決闘代理人や護衛で生計を立て、誰もが嫌う首切り役まで引き受けてきたこともある。」
クリルの右目は何かを見つめていた。
「おれの誇りは、おれを買ってくれた主へ忠を尽くすこと。ヨハン様のお考えは分からないが、ヨハン様ほどの頭の良い方が、こんなヘマをしかねない作戦を思いつくとは思えない。」
「というと、お前は誰の命令で犯行に及んだのだ?」クリルの言葉にグウェインは眉根を厳しくする。
「アヒムの命令だ。アヒムの思惑でやったことに奴隷のおれは従った。それだけだ。」
「奴隷が主人の肩を持つのは良くあることだ。クリルの言い分は信用できない。」
クリルはヨハンに絶対の忠誠を誓いしらを切ったが、奴隷の身分を明かしたことが仇となった。
グウェインがクリルが嘘をついている可能性に言及すると、クリルは手を合わせてゆっくりとお辞儀した。
「この通りだ。ヨハン様をお救いください。」
死を前にして、クリルはヨハンの生を嘆願した。
「そうですか。仕方ありません。」
スノリは一計を案じた。
口の中では癒やしの祈りを唱え、聖者の輪を顕現させながら、ヨハンに歩み寄る。
「何をするつもりだ。」
怯んだヨハンを指さして、聞こえないように何事か唱えるスノリを皆で見守った。
「私は生まれて初めて呪いを人にかけました。ヨハン殿がもし裏切れば、月の女神の名において彼は直ぐ様地獄に落ちます。」
スノリの言に、周囲がどよめいた。
「部隊法に照らし合わせ、逃げようとした被告ヨハンを脱走未遂の罪で禁錮刑に処します。それから、クリルの奴隷の開放をヨハンの名において行ってもらい、改めてアヒムと共謀した被告クリルの死刑を宣告します。奴隷でなく、せめて自由民として貴方の信ずる神の御許に召されんことを。」
ヨハンは一瞬、苦虫を噛み締めた。
月の女神なぞ唯物論的に存在しないが、スノリが呪いをかけたのは本当かもしれない。奇跡を行う聖者の輪まで出して、小声で文言を唱えるスノリには迫力と確信があった。
「私、ヨハン・バルドスの名義をもってクリルを自由民とし、その証として、自由民の入れ墨を頬に入れる権利を与えるものとする。」
ヨハンがクリルを自由民にする宣告をすると、クリルは突然、糸が切れたように身体が崩れ落ちたと思ったら、地面で腹をかかえて笑い出した。
「は、は、あはははは!自由だと!?自由!貴族どもに仕える義理は無くなったぞ!おれは、おれは糞ったれの死刑と引き換えに自由になったぞ!自由だ畜生めざまあみろ!」
ヨハンを告発することはしなかったが、最後は涙声だった。




