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犬豪伝〜ミナモトノウズマサ異聞録〜  作者: 星一悟
第二幕 西方世界編
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拉致計画と不和

ウズマサが倒れた頃、グレゴリーとオーナは事務方の隊員にすすめられ部隊の運営の為の書類書きをする仕事をしていた。

書類は隊が大きければ大きいほど増え、今や目を通すだけで目眩がしそうなほど膨らんでいた。事務方に任せていても重要書類はそうはいかない。

ウズマサのテントの中での普段の仕事量がいかに多いかを、二人は書類に目を通しながら思った。


「最近、ウズマサが痩せたと思わないか?」

「確かに。獣人は表情が分かりづらいのですが、隊長は見るからにやつれてきましたね。」

「隊長だけではない。度重なる戦いで我々全体が疲弊し、くたびれてきている。」

「一方で、新しく入隊してくる者もいますよ。有名な冒険者のマーティンが我が隊に加わるそうです。」

「吟遊詩人が歌っている《《あの》》マーティンか?」オーナが片眉を上げた。

「そうです。あの力強きマーティンです。」グレゴリーがふとサインする手を止める。


魔王軍から奪い返した土地は、住民や地主の故郷であり、所有物だ。開放されたのか伝聞だけなのがもどかしく、誰もが正確なニュースに飢えていた。

そこで、活躍の場が与えられたのが吟遊詩人だった。街角で歌だけでなくメロディーと共に各地に何が起きているのかを知らせるという役割を担うようになったのである。

そうなると、情報が前よりも早く伝播するようになった。だが、情報に尾ひれがついたり全くのデタラメを吹聴する詩人もいたりで、正確な情報を得ることはできなくなった。


ここにきて、騎士物語の誇張を誰よりも知るディナシーのグウェインの発案でより正確な情報を伝えるため、正式に吟遊詩人らを雇って遊撃隊広報部隊が結成された。

彼らは馬に乗り、隊長は渋い顔をしたが、犬の横顔の刺繍をトレードマークに各地へ開放した土地の情報や遊撃隊の活躍を広報する一方で、村々から情報を得る諜報活動を行った。

誤解だらけの噂話と伝言ゲームは鳴りを潜めたが、吟遊詩人には吟遊詩人の誇りがあるらしく、ニュースにまじって物語を語りたがった。

淡々とした事実よりも、マッスルダニー地獄の化け物を殺す、ウズマサ隊長のオーガ百匹切り、空の司令ケインのロマンスなどといった表題で誇張を混ぜ、遊撃隊の活躍を語るとウケが良いのだ。

名声と野心が好きな冒険者はすすんで広告塔になりたがり、ここにきて正規軍にいた有名な傭兵らが加わった。

正規軍も後に広報活動に力をそそぐが、いつか騎士ディナシーの専属の語り部になることが吟遊詩人の夢であるためか、グウェイン達に近づきたい吟遊詩人たちの間で反応は薄かった。


そんな訳で吟遊詩人の歌にも詳しくなった遊撃隊メンバーだったが、眉唾であることもよく知っており、特にオーナは有名な冒険者の高名は当てにならないと断じていた。



「あぁ、尻から根がでて椅子とくっつきそうだ。」

長時間の作業にオーナが背伸びをすると、グレゴリーが同調して首をならした。

「お仕事中にすまない、グレゴリー殿ちょっと。」

テントの外でグレゴリーを呼ぶ声がした。

「何だろう?」

グレゴリーが席を立ち、テントの外に出る。誰もいない。

声の主を探そうと周囲を見回す直前で、テント入口のすみから手斧がグレゴリーを襲った。

不意をつかれたグレゴリーは、とっさに身をよじりステップを踏み、左腕を犠牲に胸を狙った一撃を奇跡的にかわした。

背の低い人影はそのままの勢いでグレゴリーを無視してテントの中に入る。

「オーナ殿!」

人影の正体はヨハンの部下、ドワーフで茶髭のアヒムだった。

騎士剣を手にテントに入ったグレゴリーの目に、血のついた斧を首にあてられ席から立てないオーナと無表情のアヒムが写った。

「っ!」

グレゴリーが剣をアヒムに向けると、アヒムはオーナの髪の毛を掴み、オーナを無理やり立たせて背後に回った。

「なんのつもりだ!」

「後ろだ!」

叫んだオーナの首が浅く切れたのと同時に、グレゴリーは剣を体に寄せて回転するような動きで背後をついた。

グレゴリーの背面突きは、背後を手斧で襲おうとした黄髭のクリルの頬をかすめ耳を切り裂いた。

「う。」

クリルが切れた頬に反射的に手を当てたとき、グレゴリーは初めて隊のドワーフが裏切ったのを認識した。

「なんのつもりだ!オーナ首長を離せ!」

グレゴリーは言葉を繰り返し、片手で構えをとった。


声を聞いて急いでゴブリンらがテントに駆けつけた。クリルは手斧をマグに構えるも、エケス(ゴブリン騎士)となったマグが複数の短剣を一気に早投げし、短剣はクリルの腕だけでなく左目にまで刺さった。

オーナを拉致するつもりが失敗し、クリルが斧を落として後ろに倒れるのを見たアヒムは、腕の中のオーナを生かすべきか殺すべきか、判断が一瞬遅れた。その遅れが斧の刃にあらわれ、首から刃が逸れた。

「動くな!」

アヒムはグレゴリーに向かって叫んだが、オーナが動いた。

オーナは斧を握る手を掴むと同時に、背後にいるアヒムの靴を思い切り踏んだ。

行軍のため鎧姿でも柔らかな革の靴を履いていたアヒムが顔をしかめると、今度はひるんだアヒムの手首を掴んでオーナが腰で投げた。

一本背負いの亜種のようなオーナの渾身こんしんの腰投げに、アヒムは思い切り倒れ込んだ。アヒムは受け身をとったが、鎧で重くなっている身体と地面が激突した。

オーナはアヒムから距離を取ると、二人の間にマグが立った。

アヒムが手斧を振り回すように立ち上がる。

「アヒム!」

テント内の全てのゴブリンが、凶器を手に殺意に満ちていた。

アヒムは慣れない拉致工作員の真似を捨て、戦士の顔になった。

「斧を捨てろ!」

「捨てろ、だと?」

アヒムは笑った。

「たとえ死体になってもこいつは捨てない。こうなれば皆殺し…」

アヒムは不意に短弓の矢を正面に受け、槍で次々突かれて二の句を継げなかった。

卑怯と口が動いて、アヒムは斧を握ったまま絶命した。


「待て、そいつは殺すな!」

グレゴリーはまだ生きているクリルの髭を掴み首をこうとしたゴブリン男の手を止めた。

「何故だ!首長を殺そうとしたんだぞ!」

男は興奮してゴブリン語でまくし立てた。

「殺すな!黄色い髭は生きたまま捕まえろ!」

オーナがゴブリン語を叫ぶ。オーナの言葉に逆らうものはいない。

クリルは目にナイフが刺さったまま縄で縛られた。



「何ということです!?」

テントに来たスノリが悲鳴をあげ、ダニエルが苦い顔をした。

「隊長たちがいないとなったら、これかよ。一体何なんだ?」

失明した目からナイフを抜き、癒やしをうけたクリルは地面に唾を吐くと、そのまま無言になった。

「なぁ、クリル。あんたの主人の指示なんだろ?どういうつもりなんだ?」

「……。」

クリルがダニエルの言葉を無視した。

こうなるとドワーフは並の拷問を受けても喋らない。

「私を連れ去って王に取り入るつもりだったんだろう。卑劣なドワーフめ。」

首の止血を受けたオーナがクリルを見下ろした。

「私一人でゴブリンの権力を束ねているのだ。その首はさぞかし欲しかろうな。敵対する者同士が恩讐を超えて手を結ぶなどと上辺でも出来ていたのは、ウズマサの功績だ。」

だが、とオーナが続ける。

「今はウズマサもグウェインもいない。油断していたことを教えてくれて有難うな。ドワーフの王からの宣戦布告とみることにする。」

「オーナ首長、それは」

「たとえ魔王を倒しても、エルフと同盟を結んでも、ギザの山を略奪しなければ私達に安息はない。私とアーダム、ケリをつけねばならない!」

グレゴリーを無視して、オーナは喋り続けた。怒りをおさえるすべが見当たらない。

「アーダム王のことですが、」

キヨアキラがドワーフの王の名を口にすると、皆の視線がキヨアキラを向いた。

「彼なら従兄弟サルマンという方と決闘で相討ちになったそうで、ドワーフの国は今、王不在らしいですよ。ヨハンはオーナさんの身柄を王族の誰かに渡して褒美でも貰うことを狙ったんでしょうね。」

「貴様」

震える口を開いたクリルの反応をみて、オーナが気色ばんだ。

「卑怯な上に、とんだ間抜けを演じたな!ドワーフめ!貴様が話さなくても、全て筒抜けだ。馬鹿が!」

癒やされた左手を開閉させ、血の通った感触を確かめたグレゴリーがキヨアキラを見た。

「そこまで事情を知ってて何故止めなかった。」

「今、理由と理屈を考えたからです。はっきりいって皆さんは裏切ろうとすれば誰もが裏切る理屈を持っている。種族、主義主張に信条、金銭関係に至るまでです。」

「信仰が裏切る理由の中にないことを願います。」

ショックを受けて呟いたスノリの言葉に、キヨアキラが曖昧な笑みを浮かべた。



「大変だ、隊長が倒れた!」

「こっちも大変だ。首長がドワーフに襲われたゴブ!」

「首長は無事か!?」

「無事だ。ドワーフは生け捕りにされた!」

ウズマサ一行と遊撃隊本体とで大声をあげるゴブリンの会話をうけて、ヨハンは拉致計画が失敗に終わったことを知るや、本体の馬宿テントへと走り、馬に飛び乗って逃げようとした。

だが、ディナシーの霊馬は陸の馬より早い。逃げるヨハンをグウェインが捕らえた。

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