ドグマの誘惑 倒れたウズマサ
…ブーン…ブーン…ブーン…ブーン…ブーン…ブーン…
我に集え……我に従え……他一切の信仰は毒である……
ウズマサはキヨアキラから魔素をコントロールするすべを学んでいた。
声によって臍の下から頭頂に飛び出るように飛びゆく意識の塊を、今度は頭頂から臍の下へとおさめて、心を平心に保つ。
我こそが…新たな時代の教理である…我に集え……
ウズマサを勧誘する『声』は、今や耳鳴りの音と共にはっきりとした輪郭を持ちながら、ウズマサの意識に働きかけた。
「そうか。」
声が妄想妄念の類ではないと理解したウズマサには、声の主が何者か検討がついた。
これは、この声は魔王の声なのだ。
魔王が復活し、同時多発的な侵略を開始した結果、魔王のいる拠点すら分からなかった。
毎夜毎夜『声』は眠る場所によって、声の大きさとニュアンスを変えながらウズマサに語りかけていた。
それらは全て勧誘と誘惑であり、ウズマサは集えというのなら行ってやろう、決着をつけてやるという気になった。
だが、寝ている時に聞こえてくる声の大小で魔王の位置が分かるなどど言えば、とうとう気が狂ったとみなされるに違いない。ウズマサはうまく立ち回る必要がある。
ウズマサは自分の正気を確かめるように、頑張って眠りについた。
「そこ、ですか?」
魔王の声を心の耳で辿って発生源が分かったとは言えないウズマサだったが、確信をもって地図の上に指を置いたとき、会議している仲間でその場所を知っている者たち全員が顎に手をあてたり、躊躇した顔になった。
「ここだ。魔王はここにいる。」
確信した顔のウズマサを前に、スノリが小首をかしげる。
「フラサンワ、ですか。森もなく痩せた土地ゆえに、作物がほとんど育たないので村もない。そんな場所です。」
「そこは我らゴブリンの間でも住み着くことができなかった所だ。人も魔物も動物さえも少ない何の旨味もない死の土地に魔王がいると思うか?適当に指さしてないか?」
スノリの言葉にオーナも賛同し、皮毛ごしでも目の周りを黒くしたウズマサの疲労顔をうかがった。
「いや、ここに魔王がいるのがわかるんだ。」
「それは、どういうことだ?」
オーナの問いにどう答えるべきか。ウズマサは返事をするのに一拍おいた。
「王は城の中や軍隊の厚い所、安全かつ重要な拠点で政治をし、軍を指揮をするものだが、この魔王は違う。どんな連絡手段を使っているのかわからないが、指揮系統は魔王代理に任せ、自身は遠く辺鄙な土地に閉じこもっているのではないかと某は考えた。魔王軍と激突した地点を探っても魔王の影すら出てこなかったことを考慮すれば、この際、発想を変えてみるべきだ。誰も寄り付かないがゆえに、誰もいるとは思わない土地。辺鄙な土地ならばなお良い。そこに魔王が隠れ、何らかの指示を送っている。」
夢に出たから、などとは言わず推論をたてた風な事を言うウズマサに、賛同する声は少なかった。
「発想を変えて暗黒領の中でシケた土地ばかり漁るんですか?仮に辺鄙な土地に魔王がいるとして、空振れば現地で飯が食えない羽目になる。飯がなきゃ部隊は動けませんよ。」
ダニエルが鼻をかいた。
「だが、戦略的に重要とされた場所を幾つ開放しても魔王の痕跡はなかった。少数でも構わない。某はここに行くつもりだ。」
ウズマサは内心、決戦を覚悟していた。
「私は戦いにきた。そんな無駄に終わりそうな場所探しをするのはごめんこうむる。」
リンレイが口をへの字にする。
「他の者は?」
ウズマサがこう聞くと、ダンキチは真っ先に手を挙げた。弱々しいが従者ロッコ、意外にもドワーフのヨハンらまで手を挙げている。
「俺も行く。」
グウェインが手を挙げた。
「一時の指揮はそうだな。グレゴリー殿とオーナ殿にお願いする。二人でよろしく頼む。」
「どうしたのですか?副隊長まで。」
驚くグレゴリーにグウェインはウィンクで返した。
「まぁ、こういう隊長が突拍子もないことをやるときに限って、何らかの当たりを引くと学習してきたもんでな。」
結局、ウズマサ、ダンキチ、サリア、グウェイン、ロッコ、ヨハンなどで構成された偵察隊が組まれ、フラサンワへ向かうこととなった。
………
遊撃隊は正規軍と合流するまで待機を命じ、ウズマサ一行はフラサンワへ向かった。
フラサンワまでの道はちらちらと雪が降っていた。
「本当に何かあるんだろうな?」
グウェインは白い吐息をはきながら、冷たくなっていく板金鎧に「やはり冬は苦手だ」と言葉を付け足した。霊馬で空を飛ぶのは寒すぎるので地面を歩く。
「勿論だ。フラサンワという土地は知らないが、そこに行けば何かある。」
ここにきて、起きているときにもブーンブーンという振動が止まない。魔素を放出すれば一時的に消えるが、振動はウズマサを際限なく責め立て、疲弊したウズマサは顔をしかめた。
「あれは何だ!」
ヨハンが遠くを指さす。
砦だ。
周囲を丸太の壁で囲み、扉には角のある骸骨模様が描かれている。
「大きくて立派な砦だ。山賊の線はないな。」
エルフレンジャーのオラフが剣の柄をさすった。
「嫌な予感がする。空振りでなくて良かったのか悪かったのか。」
マグから命を受け一行に加わったゴブリンのラグが槍を持つ手に力を込めた。
「砦にどれ程の敵がいるか。化け物もいるかもしれない。その予感は当たりだ。」
グウェインについてきたディナシーのロランが軽く空を睨んだ。
「今回は偵察ということで、引き返して皆を呼ぶべきではないですか?」
ロッコは手綱を引きながら、馬上のウズマサに具申した。
「…間違いない、あそこだ。あそこに、魔王が、魔王の声が、ああ。」
砦に近づくにつれてウズマサは激しい頭痛を起こした。
「御主人様、いけない!」
頭を抱えだしたウズマサが落馬しかけた所を、ダンキチが支えた。
ロッコが慌てて馬を止め、ウズマサを抱えてゆっくりと下ろすダンキチを手伝う。
「くそ、前が、前が見えない。」
ウズマサは自分が白目を剥いているのを自覚せず、前が見えないと繰り返した。
パニックを起こしたウズマサに、サリアが魔素を放出し呪文を唱えた。
眠れ
気を失うように眠りについたウズマサの様子を見たグウェインは、呪文を唱えたサリアに言葉をかけた。
「隊長はどうしたんだ?魔法か?」
「分からない。普通じゃないから眠らせたよ。」
「砦に何かあるんだな。ちょっと見てくる。」
グウェインは意を決して霊馬を召喚し飛んだ。
寒空の中で飛行し、上空から砦の壁の内側を見たグウェインは驚いた。
砦は周囲の土地とは違う色をした、黒に近い灰色の地面の上に建てられていた。
壁の内側には巨大な穴があった。穴は斜めになりながら地下へと続いている。
穴を囲うように壁が並んでいるだけなのを知ったグウェインは、急いでウズマサ達の所へと引き返した。
見てきた光景を話すと、一行は沈黙した。
「このまま進むより、引き返した方が良い。ここには何かあることが分かっただけでも収穫とすべきだ。」
グウェインは皆に引き返すことを命じた。
「砦のデカさもある壁で仕切られたデカイ穴、か。怪しいの極みだな。」
命令に従いながら、ロランはつぶやいた。
「何かあるに違いないが、それより隊長だ。あれは正気を失うどころの姿ではなかったぞ。」
オラフがダンキチの背中で眠るウズマサを見た。
「本当に、サーに何が起きたのでしょう。」
ロッコは心配そうな顔でダンキチに話しかけた。
「前々からお疲れが溜まってた感じだった。それが、オラにはよくわからないが一気に噴出したのかもしれない。御主人様は普段から眠ってないのでは?」
「ええ。就寝なさっている時は常にうなされたり苦しそうになさってました。このところ、水をがぶ飲みしては憂鬱な顔をなさる事が多かったです。」
「心労がここにきて限界になったと考えるべきかもな。」
グウェインが会話に加わる。
「ウズマサ殿にはしばらく休んでもらって、その間に俺達であの穴を調べたりせねばな。」
グウェインはふうと息をはいた。
背中のウズマサは、倒れたことで皮肉にも久しぶりの熟睡を味わっていた。




