ことばあかよろし
射て!
ハスキーな女の声が後方であがる。
同時に槍サイズの矢が飛んでいった。
ウズマサが後ろを振り向いた。
そこにあるのは、中央大陸で盛んに使われている兵器、車輪つき移動バリスタだった。
赤い軍服と鎧を着た連発式弩弓部隊と、部隊長らしい背の高く肩幅の大きな猿族の女が合成弓の大弓を手にしていた。
「空を飛んでいるデカブツを撃て。」
「待て!ケインに、味方の空飛ぶ騎士に当たる!」
ウズマサが慌てて止めに入る。
「知らないね!それより、こっちに来るよ!」
女隊長の言うとおり、翼の音をたてながら群れがやってきた。
「撃ちまくれ!」
対龍人の為にかつて大量生産された頃より、構造がほとんど変わっていない連発弩のレバーが前後され、あっという間に矢の風となって蝿怪物に突き刺さっていく。
弾数8発、レバーを前後して約1〜2秒の間に一発の矢を発射する機構になっており、弓床、弓、弾倉、レバーからなる簡単な構造であるため修理や部品の取替が効くうえ、威力も高い。
猿族はこれを発明し多用して、それだけではないが、青鱗青龍王から王座を奪い赤室猿帝の座を手に入れた。
交易の時、猿族はわざと威力の弱い粗悪な弩を輸出し、西方世界では平地エルフが威力を侮って売買しなくなり、結果オーキデンスでは弩は廃れていた。
その本来の威力を前に、エルフだけでなくウズマサも戦慄した。
空から落ちてきた怪物に槍を剣を突き立てる。怪物達はもがいたが絶命していった。
乱れた息を整えつつ、ウズマサは仕留めた化け物を見たが、鱗や糜爛した皮膚、蝿のテカテカとした頭を見れば見るほど気色の悪い気分になった。
「これは…。」
ウズマサが刃を見ると、付着していたのは血ではなくピンク色のネバネバした粘液だった。
「血というより、別のなにかですね。」
その阿島語には聞き覚えがあった。
「その声は、まさか、キヨアキラ殿?」
ひょっこり、という擬音が相応しい動作で、猿兵の後ろから白狐の民の姿が現れた。
アベノキヨアキラである。
「お久しぶりです。犬豪にして騎士ミナモトノウズマサ殿。立派になられましたね。」
広げた扇子を口に当てて笑うキヨアキラを見て、ウズマサは何故か泣きそうになった。
「源太秦殿か?」
女部隊長はウズマサの名を知っていた。
「私は鈴麗。見ての通り、中央大陸から来た。」
赤い服の上からでも分かる逞しい二の腕を膨らませて腕組みし、ウズマサを値踏みするように眺め、「ふん」と鼻をならした。
礼儀正しい訳ではない挨拶に怪訝な顔になったウズマサに、キヨアキラが「まあまあ」と言いながらニコニコと割って入る。
「派遣された犬士達は、魔法陣に気が満ちるまでリアンで待機しています。魔法陣は相互に働くため魔王軍が大陸にやってくることがある。そのためリアンとリファール間しか空いていないのです。この大魔法の欠点が相互の平和というのは、今の世の中ではちょっとした皮肉ですね。」
「何故キヨアキラ殿がこちらに?」
「握って意識すればどなたでも話が出来る翻訳機『ことばあかよろし』。それをつくったのが私だからです。」
「キヨアキラ殿がおつくりに…。」
「私自身驚いたのですが、虎語や炎語以外でも意味がきちんと通って聞こえるということで、阿島語を通じて世界中の交渉や交易で有利にたてるよう翻訳機を生産しましてね。是非海を渡って外交をしてほしいと頼まれました。」
それに、と続ける。
「海向こうで騎士なる位を貰い、貴族になった犬士がいて、知り合いと分かったならばお会いしたくなるもの。フジワラ殿から伝言も預かってますよ?」
「フジ様から?」
ウズマサは心が踊った。
荒妙の 藤をくはへて 犬の子の きしかたたずねて さぶらひにけり
……和歌でダジャレ!?…
何となく意味が分かるが、ウズマサは狐につままれた顔をした。
それをキヨアキラが楽しむと、嘘です、と笑った。
「冗談はさておき、本当の言伝では魔王を打倒した後も帰ってくるな、と。」
「フジ様がそんなことを!?それは何故です?」
「国内事情なので、ウズマサ殿は静かに聞いていてくださいね。」
キヨアキラが阿島の政変を告げた。
それはこうだ。
流行り病でミナモトノトモヨリが病死した頃、今の帝は突然皇太子を元服させ、自身は即日譲位を行い上皇となった。
新たな帝は関白と上皇とでがんじがらめになっていたのだが、生前トモヨリのライバルだったタイラノマサムネという犬士を、帝がなんと貴族として取り立てた。
タイラノマサムネは白狐の民、つまり貴族が父親ではないかと噂がある白い毛並みの犬士で、そのスキャンダラスな生まれの噂により、トモヨリよりも出世が遅れていた。
今回の血を超えた大出世には、他の貴族からの賛同の声は無かった。何といっても生まれの宿命がある。しかし、帝の命は絶対だ。宮中は戸惑いながらマサムネを受け入れた。
それで、タイラの一族が支配的になり、ミナモトの一族はヘイケの下になる。
そうなる筈だった。
ミナモトノトモツネという征夷大将軍の位を授かった犬豪が、犬士だけでなく妖怪や多くの土着民族を味方につけ、京から東の新座に都市を築き、帝の息子である皇太子を摂政と共に囲った。
それと呼応するように戴冠してわずか2年で帝は僧になり、皇太子に謎の譲位がなされた。
稚児の皇太子が帝になり、新座で征夷大将軍トモツネによるニイクラ幕府が開かれた。彼らは自らを犬士と呼ばず、侍か武者と称した。
今はニイクラ幕府の侍と、都を守護するタイラの犬士達とで一触触発のいざこざが起きている。
ここまで話を聞いて、ウズマサは唾を飲み込んだ。故郷でなく、まるで遠いどこかの話のようだった。
「あくまで噂ですが、遷都と譲位で幼い帝を得たミナモト一族でしたが、裏で貴族が手を引いているのではないかと。外国にいながら、式神で現在進行形の事情内情が分かってしまうのも性ですね。」
化け物の死骸をしげしげと観察しながら、ペラペラと阿島の内部事情を話すキヨアキラにウズマサはハラハラした。
「こんなだいじなこと…声が大きいですよ、キヨアキラ殿。」
「大丈夫です。翻訳機を切ってますし。」
よく聞けば耳慣れた阿島語しか話していない。
「その、白い顔の御仁は何と言っているんだ?ウズマサ殿。」
グウェインの問いにウズマサが返答しかねていると、キヨアキラがふっと微笑んだ。
「こんな遠い所まで無事に来れて嬉しいと、感動を述べていました。大変失礼いたしました。」
キヨアキラは、まるで知っているかの様な丁寧なエルフ語で会釈した。
「これの見分ならお任せを。確かにもっともらしい複合獣の姿をしていますが、血の色といい、斬られた断面からのぼる白い煙といい、これが物の本でいう西洋妖術で造られたとするなら、錬金術なるものの可能性が高いかと。」
「それだ。」
サリアがキヨアキラを指差す。
「錬金術だよ。よく知ってるね。」
キヨアキラが得意気に扇子で顔をあおいだ。
「ということは、これを造った相手は」
「錬金術師だね。間違いないよ。」
周囲の「?」をよそに、お互い確信めいた笑みを浮かべる。浮世離れした人物二人の遭遇だった。




