囚(シュウ)
マナーナマナーナマナーナマナーナ…
頭の中で声がする。これはマナーナの儀式を受けた代償である。
ウズマサは深刻だった。
むらがり襲ってくる敵の顔、顔、顔がイメージと共に浮かび、ウズマサは恐怖した。
魔法と大量殺人の結果、あらぬ声と息苦しさ、発汗や動悸を伴う恐怖体験がウズマサの精神を狙った。
「殺生はしない。もうしたくないですからな。」
阿島の元盗賊今僧侶の男の声がする。
罪を背負ったその顔を思い出すが、更に別の顔が浮かぶ。
具体的な印象の残らない、無表情の人の顔だった。
「定命。変質しました。仲間にしますか?」
yes/no
…
「yes」
「決定しました。遠隔洗脳を開始します。」
ブーン…ブーン…ブーン…ブーン…ブーン…ブーン…
やめろ!やめてくれ!
ウズマサの気が崩れかけたその時、自分が揺さぶられてるのに気付いた。
「サー!大丈夫ですか!サー!」
「誰だ!?」
「ロッコ・バルセです。」
ハイヤシンス城兵舎の個室で唸り眠るウズマサの絶叫を聞いて、ロッコが集団部屋から慌ててやってきたのだった。
「どうしたのですか?サー。」
「あ、ああ。」
ウズマサの衣服は冷水がかかったように濡れており、息は荒かった。
「酷い、何か酷いものを沢山見た気がする。すまん。」
心配そうな眼になるロッコに、ウズマサは笑って誤魔化してみせた。
「まぁ、ただの悪夢だな。」
ネームレスは捕縛された後、何処の国の言葉か分からない意味不明な言葉しか言わず、拷問官からの拷問にも笑うばかりだった。
翻訳機を持ったダンキチが立ちはだかった。
ダンキチが尋問にニヤニヤと謎の言語を返すネームレスの翻訳仲介人になったのだが、と同時に、オーキデンスを破壊する情報をダンキチが取捨選択できるという立場になり、訳す所と誤魔化す所をダンキチは慎重にわきまえた。
「狸のくせによくやるよ。」
ネームレス・チートは古いドワーフ語でダンキチに語りかける。
「お前ほどではないな。」
ダンキチはネームレスに耳打ちするように近くに寄り、ボソボソと喋る。
「聞いたら発狂する西方世界の秘密とやらを、聞いても分からん言語でバラしてくれて寧ろ感謝だ。」
「感謝か」
ネームレスは壊れた人形のようにケタケタと笑った。
「魔王の正体、スペルさえ掠れ消えた文献頼みの連中が勝てるわけがないことがお前にも分かっただろう?」
「勝てないと決めつけるのは早いぞ。フロノス・ギルミア。」
囚Corporation・tamonten No.5a
中央大陸は前者の漢字だけを、西方世界では後者のスペルだけを知っていた。
西方世界の記録が、taのスペルが抜けおち数字の5とスペルのSを誤読するお粗末な有様なのは、宗教対立宗派対立により聖書以外を焚書する運動で肝心の本を失いかけた残滓である。
記録と記憶を失えば、600年前の魔王のことなど誰も気にかけない。
「そもそも、言った通りこの世界は創造主から捨てられた終わりの世界なんだ。皆捨て子なんだよ。私もお前達も。」
手足を人形の様に打ち捨てた姿で喋るネームレスの言葉を、ダンキチは無視する。
ネームレスが明かす言葉は意味が分かる様になるにつれ、戦慄する。世の中の価値観がおかしくなる。狂人の戯言と言いたくなる。
それでも、ダンキチは耐えた。サリアの為である。
(サリアちゃんのためなら!)
「シュウ・タモンテン云々は分かった。なら、魔王代理ってのは何だ?」
「生まれながらに不死か、不死になってしまった者のサロンだよ。さしずめ、『イモータルクラブ』さ。」
ネームレスは口角を吊り上げた。
「皆で準備して同時に戦を起こしたからね。かつての魔王の名前さえ忘れた馬鹿共が魔王のことをモンテンノーザなんて呼ぶから爆笑ものだったよ。言えてすっきりした。」
ダンキチは嘲笑うネームレスの鼻先にまで顔を近づけた。
「交渉材料だったお前とお前の家族とを会わせることだが、とてもじゃないが危なかしくって会わせられね。忘れろ。」
感情のこもるダンキチをネームレスが鼻で笑う。
「ハッ。その様子だと、家族は父でも母でもないな。……兄弟姉妹か。忘れた。何もかもを忘れるようになった時が寿命かもな。」
尋問は続いたが、それ以上の情報は得られなかった。
次の日、牢獄にいたネームレスが消えて皆パニックになった。
探してもどこにもいない。
隊で痕跡を探したが、ネームレスは風のように消えていた。




