猪武者
試しに大太刀を腰に差して、ライカンテゴイで抜く。
反りが強く長いためどうしても遅くなる。しかし、それでも魔素と肉体との連携により刀が生えたような素早さで抜刀できた。
初太刀で決めよ。出来なければ初太刀を虚として実をとれ。
フジノカタの第一原理になりそうだった剛の理論。それもつき崩れた。
マナーナを飲め。そこから魔素を引き出して戦え。
とは後世には残せない。マナーナを阿島で再現できるとは思えない。
犬士たるものの野心として残すべき流派や型の創生が出来なくなったとウズマサは感じていた。
これでも人生をかけていたのに。
天幕から、外に出る。
敵の城から矢線ぎりぎりで天幕を張り夜を明かしたのに、ネームレスはおろかオーガまで攻めてくる様子は無かった。
ただ、ご馳走を目の前にしたオーガの興奮した叫び声が時々轟いては、テントの中の戦士たちを緊張させた。
明け方。
「ネームレス・チート!貴様と某とで一騎打ちを所望する!」
ウズマサが声をあげると、ゆっくりと散歩するように、けだるげにネームレスが城から現れた。
「逃げたのかと思ったよ。こちらから出向くとすぐ死んで終わっちゃいそうだったから、城の地下のワインを頂いていた所だった。」
ネームレスは欠伸をし、伸びを一つすると、ウズマサに手招きした。
「死ぬ前の悪あがきを沢山してきたのだろう?そして、策が潰されて素手の相手に負けて死んでいく。最高だね。生きている実感すら感じるよ。ミナモトノウズマサ君。そして、君の名前を覚えているのは、これが最後かな。」
「ほざけ。某の策略は一つよ。」
「貴様を仲間に引き入れる。引き入れるまで倒して倒して倒し尽くす。それのみよ。」
「ハハッ、殺し合いでどうやって味方につけるというのだね。」
ネームレスは思わず腹を抱えて笑った。仲間になれと言われたのは初めてでは無かったが、初手から言われたのは初めてだった。
「戦に600年も浴して耳も指も眼も五体もある。それがどういうことかまだ理解してないのかい?もう友情とか平和とかどうでもいいんだ。寿命がなく生きるのに飽かない生物はいない。命を弄び始めるのだよ、自分のも、他人のも。」
狂気をはらんだ眼は、サリアの弟とは思えなかった。色素をどこかに置いてきたサリアの赤い目と対称的な青い目だけが熱情に潤んでいた。
「貴様、泣いているのか?」
ウズマサはネームレスの揺れる瞳の中の心情を読んだ。
「私が泣くだって。面白いこと言うね。まあいい、かかってこないならこちらからいこうか。」
ネームレスの指が空を凪いだ。
かまいたちの風がウズマサを襲う。
だが、ウズマサにはかまいたちの正体である風と土の要素を帯びた魔素が見えていた。
ウズマサは、魔素を股間から頭頂までをつなげるように意識をつなげて昂ぶらせ、全身に放出した。
「なに?」
驚くネームレスの声を無視して、ネームレス目掛け馬より速く一気に突っ走る。
ストーンブラスト!
ウズマサは飛び交う石の亜音速弾を、自分の周囲の石だけは『急減速』させた。
この急加速急減速の魔法に石の多くが耐えられず、割れてベクトルが下を向き、走るウズマサの周囲で地面を石つぶてが叩いた。
「お前、まさかマナーナの儀式を…!?」
ワオッ!
ウズマサは返事の代わりに背中の大太刀を抜きざま、かまいたちを真似して剣圧を飛ばしてみせた。
石を切り裂きながら飛んできた魔素のかまいたちを裸のネームレスはマントで防いだ。
マントは切り裂かれ、たくましい肉体に切り傷が入る。
「この私の身体が、マナで切られるなんて…何世紀ぶりだろう?」切られておきながら、ネームレスはうっとりした。回顧からくる感動である。多分。
「君が死ぬ前に教えておくれ?自我を壊さず森エルフでい続けているエルフが誰かいたのかい?」
「それは、お前が改心したらだ。フロノス・ギルミア!」
「フロノス?僕の本名かい?それを知ってるということは、ギルミア家で誰か生きているのだね。」
「お前が愚行を改め、モンテンノーザと戦うのであれば、家族と会うこともあろう。だが、」
走りながら、ついにネームレスとウズマサがにらみ合うほど近くまで接近した。
「それは某が見定める。貴様から邪気がなくなるまで叩きつけてやるから覚悟しろ。」
「やってご覧。」
ネームレスが傷ついた腕をぐっと見せると、浅い傷口がみるみるうちに閉じていく。自らの肉体操作の極みだった。
「魔法みたいだろう?永く生きると皆こうなる!」
「知るかっ!」
抜いていた大太刀を植えた様に高速納刀したウズマサがネームレスの腕を取るとひねり上げて一気に引き倒した。柔技だった。
「ぬっ?」
意外な技の展開に虚をつかれ、ネームレスはあっさりと倒された。
「貴様に問う。何故貴様はモンテンノーザの味方をする?モンテンノーザとは何者だ?」
「そこからかい。逆に、相手のことを何も知らないのによくここまで戦えたものだね。」
「知らないから戦えた、とも言える。ゴブリンは事情を知った。だから、解決して味方につけた。オーガやトロルは救いようがない。だから切り捨てても良いと思えた。傲慢かも知れんが、産まれたときから人の命を奪う事を強いられる立場にいる者として、無闇に命を奪うのは生き様として違うと某は思うのだ。聞かせてくれ、モンテンノーザは一体何者なのだ?男か女かも知らず姿形まで知らぬ。」
「『あれ』に男も女もない。『あれ』としか呼べないものだ。それ、とも言えるな。」ネームレスは伏せられたまま、クククと笑う。
「何だ?神なのか?」
ウズマサはグモヌシノカミを思い出した。
「神、か。惜しいな。」
ウズマサの問いが、シニカルな笑いを誘うらしく、ネームレスは笑っていた。
「シュウコーポレーション・タモンテンナンバーファイブエー。それがあれの本名であり、本性だよ。私からイッポンとった記念に覚えておくといい。では。」
捻られた腕を、ネームレスはそのままねじり込んで骨折させて出ようとした。ウズマサは無意識に力を緩めてしまっていた為に逃した。
「オーガ達。食事だ!」
ネームレスはオーガ達に突撃を命じた。ネームレスを信じて疑わないオーガがウズマサに殺到する。
「くそっ!」
ウズマサは大太刀でもう一度剣閃を飛ばした。一撃でオーガの首が飛び、更に周囲にくるオーガを一太刀一太刀と殺害していく。
「おお、やっぱりやるねぇ。」
ネームレスは動かない片手を土台に、叩いて拍手して見せた。
「オーガ相手にどこまでやるかみせてよ。取り敢えず、百人程度斬ったら色々教えてあげよう。」
「その賭けのったぁ!」
叫びながら、ウズマサは剣を舞う。
「百人斬りだ!かかってこい!」




