チートでない者は稽古する
補給部隊が予想より遅れ、時間があいた。
生木を乾かして木刀とする。
毎日朝、ウズマサはロッコと共に立木打ちをした。
ウズマサは立木を相手に煙がでるほど激しい稽古をし、隣で負けじと立木を打つロッコを励ます。
「某がおさめた剣法の流派開祖ヤクマルイッシンは一呼吸で30以上は打つと言われていた!刀と剣では思想が違うが、打つ膂力の為にも基礎として叩き込め!」
ビォォォォォォ!ビォォォォォォ!
ヤァァァァァァ!ヤァァァァァァァ!
昼に型稽古を教える。
実践剣法は剣術であり、体術でもある。
掛かり技も教えるため、受け身をとらねばならない場面も沢山あり、ロッコはそのための受け身の練習を夜でも欠かさずやっていた。
終わる頃には服の下が痣だらけになるが、ロッコは小間使いでなく弟子として大きくみているウズマサを尊敬するようになった。
小さい子供の頃に仕えていた貴族は子供でも手を上げる冷酷な令嬢だったが、ウズマサは稽古は厳しいが、稽古が終われば優しかったからだ。
ヤクマルイッシン流の訓練をさせて、型稽古は西洋剣の剣の運足に近いホクシンナナホシ流を採用した。
畝るように長い型を稽古をする。運動量的に掛かり稽古の様にハードで、防具がなくとも棒だけでできるため怪我が少なく安全に技の伝承ができるという理屈から、阿島では教える時は型が好まれていた。
「ここで打ち合うが、型を続けるためにわざと受けてるだけで、本来ならここで小手を切り、出血させて勝つ。人体の急所はハイウルグでもオーガでもトロルですら変わらん。しっかり狙って容赦なく倒せ。」
淡々としたウズマサの解説を、ロッコは熱心に聞いていた。
ある日の朝、ウズマサが改まってロッコを呼んだ。
「なんでしょうか?サー。」
「これを持て。」ウズマサが騎士剣を渡す。
「あの、これは。」
「某には代々続く刀がある。酒天切行弘。某の魂だ。」
号はウズマサの父が命と引き換えに討伐した相手の名にかえた。柄には銘の行弘の字が刻んである。
藤一文字ばかりで腰の刀をなかなか抜かないのは、駄目にしたくないという心からだった。
「それもまた、名のある鍛冶師が丹精こめて作った名剣だ。それに見合うだけの男になったら、くれてやってもいい。」
「サーウズマサ。」
感激からロッコは言葉もでない
「今は貸してやるだけだ。肌身離さず某の従者として誇り高く持て。期待してるぞ!」
「はい!」
「では、朝稽古をすませたら、昼はグウェイン殿が西洋剣の稽古をする。」
昼、暇を持て余したグウェインがロッコと対峙した。
「私の顔に戦いの高揚が浮かんだら、稽古は終わりだ。やってみせろ。」
ヤァァァァァァァ!
八相でやってくるロッコに、出来損ないのウズマサといった感があってグウェインは笑いそうになった。
振った剣を、屋根の構えから同じく振って受け止め、パインドし力が弱いとみるや剣ごとそのまま押して喉に棒を当てた。
「私が本気を出すまでに何回死ぬかな?」
グウェインがからかう。
「この!」
ヤァァァァアァァァ!
下段に構え突きした後、突きを弾いたグウェインに向かって下から左右に振り回す斬撃をみた時、ウズマサの型稽古とやらが面白く嵌っているらしいことが分かった。練習風景は滅多に人には見せなかったが。
「突きはいい判断だが、遅いな。」
全て受けながし、刃の部分に当たる棒を握って体を横にしてロッコをついた。
胸をつかれたロッコは、倒れ込んで咳をした。
「今の刃を握る剣法が、ハーフソードという技だ。陸騎士のチェインメイルを貫き、全身鎧の隙間を切り裂くだけでなく、振り回すのに問題のある狭い空間でも長剣一つで生還できる。甲冑剣術の基礎の基礎といっていい。かつて敵対するゴブリンと戦う時、狭い巣穴で長剣を振り回して壁に剣が当たって死ぬ馬鹿がいたそうだが、それは彼らの剣の師匠がゴミみたいな奴だったからだ。この技術は全身金属鎧を着たハイウルグに特に有効だから。身体で覚えろ。」
「ゴホッ。はい!」
「こいつを真剣でやるときは、素手でもいいが、慣れないうちは小手や革手袋をはめることだ。」
「はい!」
ハーフソードの特訓が始まった。
その練習風景の中でさえ、ウズマサは目でみて盗んだ。
影からの視線に気づき、ウズマサが振り返ると正規軍の陸騎士のグレゴリー騎士団長レオン・グレゴリーが身を隠す様に訓練を見ていた。勉強熱心なのはウズマサだけではないということだった。
ウズマサの仕事として、
夕方はロッコに受け身や真剣を使っての型の自主練させ、
部隊の財務相談役のレッジと会って状況確認、
オーナにゴブリン部隊入隊者の有無を確認、
部隊でのイザコザがないかをテント回りして確認、
リファール国庫への陳情などの書類仕事、
といった雑事をこなしていく。
夜。
真鍮の燭台にロウソクをつけて、新たな傭兵の雇用契約書へのサインが終わった。
ウズマサの花王の真似をして、傭兵達が自分だけのマークを書くだけでなく字が書けず丸だけ書く者もいるため一々書類の名前を確認せねばならなかった。
ロッコが側で立ったまま、うつらうつらと寝かけていたので、白湯をくれと頼んだ。
「お湯です。どうぞ。」
「しっかり沸かせたお湯をお白湯と呼んでいる。ワインを温めるのもいいが、身体に染みるようにうまく感じるものだ。お前も眠気覚ましに飲んでこい。」
フジから貰った茶葉でいれた緑茶が恋しかった。
阿島から外国へ行くにあたって、家の消耗品を周りに配っている。誰もいないが泥棒が入る様な所には住んでいない。大丈夫なはずだ。
(また、故郷を考えてしまったか。)
我ながら情けない。
「ロッコはどこの出身なんだ?」
「ライザです。暗黒領内になってしまいました。」
「そうか。ロッコのためにも取り戻さないとな。」
書類を書きながら、ウズマサが杯の白湯をすする。
「剣を帯びてないな?貸していた剣はどうした?」
「え、あの、僕のテントの中です。」
「肌身離すな。某が腰に差しているように、ベルトで常に吊るしておけ。剣に見合う男になりたければ、剣を常に帯びておくのだ。」
「はい。サー。」
(こんなによくしてくださるなんて。)
ロッコは感謝していた。
周りから要らない者扱いされていたロッコにとって、居場所ができたと感じていた。
騎士見習いの常識を超え、気にかけて貰い温もりを感じていた。
「心して聞け。いい剣を帯びると、因縁をつける連中が出てくる。その時、敵を殺傷せずに平法で相手をおさめる事を第一に考えるんだ。剣とは本来、最後の手段だ。」
ウズマサは未成年の頃の、太刀でのやらかしの日々を思った。
「いいか。剣を抜くときは殺し合うつもり死ぬ覚悟で抜け、そうでないなら手を出すな。その覚悟を剣を帯びることで背負って子供は男になるんだ。」
「分かりました。」
「もう寝てもいいぞ。」
本来、許可がなければ寝ることも許されないのを、ウズマサは忘れていた。




