従者
ウズマサは騎士の証として、宮中伯が運んできた若い駿馬を貰うことになった。阿島で合戦開始を意味する鏑矢から名前を鏑とつけた。前の愛馬が矢で討たれた由来もある。
「霊馬に乗れるなら贈るのだがな。」
ディナシーの霊馬は一人乗りな上にディナシーしか乗れず、しかも乗っている時に人の手をとろうものなら霊馬が勝手に帰ってしまう。
とても繊細で難しい乗り物である。
「陸の馬で結構。マイキー(馬)を失ってから、馬車に揺られて寂しいばかりだった。馬の背に揺られたい、な?カブラ?」
ウズマサが馬の背を優しく撫でる。
「それで、この少年は何者だ?」
「はい!従者としてウズマサ様にお仕えいたします、ロッコ・バルセです!」
茶に近い赤髪の少年ロッコが、気をつけのポーズでグウェインに身体を向ける。
「要は、士爵ならば騎士見習いを持てということらしい。騎士としての基本的な心構えや態度ならディナシーのグウェイン殿の腕を拝借したい。作法やより複雑な文法教育ならスノリ殿やイアン殿だ。肝心の武芸だが、阿島武芸で良ければ某が教えるつもりだ。」
「ミナモト卿によるご馳走攻めだな?ロッコ。」
グウェインが緊張と憧れで頬を赤くするロッコを見て苦笑する。
騎士や騎士を目指す者にとって、隈取りを浮かべ自分達より遥かに進歩した全身板金鎧と霊馬を駆るディナシーは神聖にして絶対の憧れだ。
それは、陸騎士が顔の隈取りの代わりにヘルムに塗料を塗ることからも明らかだった。
「は、はい!精一杯頑張ります!」
「精一杯じゃ駄目だ!騎士たる者は命さえかけるという意味で、一生懸命と言え!」
「一生懸命頑張ります!」
「その意気だ!」
早速グウェイン騎士授業が始まったようだった。
ウズマサは、ダンキチ以外で身の周りの世話をするロッコへの武芸に心血をそそいだ。
試しに立木相手に棒を振らせてみる。隙しかない屋根の構えらしき上段の構えで左右にバシバシヘロヘロ叩くロッコに慌てた。
「ちょっと待て。師はどんなへっぽこだったんだ?」
「師はいません。小さい頃は貴族令嬢の身の回りのお世話ばかりをしてまして、準男爵の三男として、騎士見習いの許可がおりたのです。」
「つまり、剣の振り方から何も知らないのだな?」
「…はい。」項垂れるロッコにウズマサは逆に希望をもった。
一番怖いのは先入観である。かじった様な剣法は極める上ではかえって足枷になるものだ。
「いいぞ。それがいい。剣の握り方からたっぷり教えてやる。まずは、握るとき薬指と小指を意識するんだ。」
教える者は、また学んでいる。
間違ったことは教えられない。ウズマサにとって基礎を見直す好機でもあった。
ロッコの朝は早い。
ロッコは身の周りの世話もそこそこに、ウズマサから日がな一日横木打ちの練習をさせられ、マメが潰れても正しい構えの時間が勿体ないとウズマサの頼みで治癒術をかけて貰っては、さらに横木打ちをした。
ダニエルもロッコの訓練を眺める内、ヤクマルイッシン流の稽古に興味がでてきた。時折、ウズマサとロッコの稽古風景を見に来るようになった。
「いいぞ!腹から声をだして打て!」
ヤァァァァヤァァァァ!
バシバシバシバシ
「適当に打つな!姿勢正しく!」
ヤァァァァァァ!ヤァァァァァ!
「腕で打つな!腰を入れろ!背筋を伸ばせ!姿勢を崩すな!」
ヤァァァァァァァァァァヤァァァァァァァァァ!
バシバシバシバシバシバシバシバシ
打っていると、ロッコは腕が上がらずクタクタになった。よし、と言われた時は全身が乳酸と疲労でヘトヘトだった。
「では、手本を見せる。構えや姿勢をもっと目で見て盗め。これくらい打てるようになれ。」
ウズマサはスッと蜻蛉の構えに近いヤクマルイッシンの構えを取った。腰を落とし、ロッコに分かりやすいように姿勢を強調する。
ビョオオオオオ!ビョオオオオオ!
バン!バン!バン!バン!バンッ!
極みに到達してきたウズマサの技と力により、素早く重く当たった横木の束が軋み、木の皮の表面が破れ粉をふき、積んだ横木の浅い層は芯が折れた。
手にもつ硬いはずの木の棒まで折れた。
見ていたダニエルがヒューと口笛をふく。
ウズマサは折れた棒先をロッコにみせた。
「これだけ威力ある斬撃ができて、初めて剣でどんな相手にも有利に戦える様になる。出来る出来ないではなく、辛抱強くやるのだ。いいな?」
「イエス!サー!」
「いい返事だ。」
ウズマサはニカッと笑った。
ロッコが横木を調達しに行っている間、ダニエルがウズマサに声をかけた。
「あの坊主、可愛がりというか、文字通りご馳走攻めだな。」
「やるからには、徹底的に鍛えてやるさ。走り稽古もいいが、昼は近くの川で水泳をさせる。夕方には柔の受け身をとる練習だ。」
「モノになるといいな。」
「戦場では後方での武器輸送や、前線の怪我人の運搬をやらせる。ついでに、刀は犬士の魂だからやれんが、貰った騎士剣をやるつもりだ。」
「マジかよ。銘のある剣だぜ?使わないなら俺にくれよ。」
「そういうつもりではない。」
ウズマサは笑った。
「剣と共にあれば、剣に見合う男になれる。いい剣を帯びるのはいい剣士の条件だ。」
「同感だ。」
ダニエルはカッツバルゲルを叩く。
「相棒には早く出会った方がいい。俺もガキの頃にこいつがあれば、誰からも舐められずにすんだ。酔っ払ってぶん殴るしか能のなかった親父なんぞ、一撃だ。」
「某も稽古してて、父上を思い出したよ。」
ウズマサは感傷的になった。
「いつも稽古中姿勢が悪くて、よく棒で叩かれていたものだ。おっと、弟子が帰って来たぞ。」
これだけあればいいですか?とヘトヘトにも関わらず横木や太めの幹を腕いっぱいに抱えこむロッコに目を細めるウズマサをみて、ダニエルが笑顔になった。
「従者でなく、弟子か。」
「そうだ。技を受け継ぐ弟子だ。」
ウズマサは、午後からまた水泳だからな!と叫び、ロッコの嫌そうな顔をみて笑った。




