叙勲
アクルサスの中の住居は焼けていたので、正規軍と遊撃隊とでアクルサスを中心にテントが張られ、天幕街となっていた。
アクルサスの木の棒を並べ立てたフェンス以外に、槍をクロスさせ仕切りをつくる。
遊撃隊の部隊法を正規軍は守らず、遊撃隊の聖戦士達を尻目に酒と賭博、中には従軍娼婦の夜を楽しむ者もいた。
「あいつらに高潔な心というものはないのか?」
泥酔しない程度なら酒を飲んでもいいと言うスノリの勧めで、真っ当や高潔に目覚めたダニエルが木の杯に蜂蜜酒をあけた。
「まぁ、俺たちも僧侶や聖戦士とは違いますし。」
冒険者のリッテはプレーンビスケットに僧侶から貰った蜂蜜を少しつけて食べた。
養蜂は花粉を運ぶ蜂を太陽や月になぞらえる詩篇があることから、僧侶が好む仕事だ。蜂蜜を副収入にしている僧侶も多い。蜂蜜からできる蜂蜜酒はワインと並び聖なる飲み物とされた。
「だとしてもだ。教会は聖戦を表明し、部隊の皆が金を賭けるのをやめた。寄り合いテントのあちこちじゃ祈りの声が、ゴブリンのテントからも聞こえてくる。さすがに辛気臭いのは趣味じゃないが、スノリ様がいる以上慎み深くもなるってもんじゃないか?」
「正規軍で思い出したが、ティリウス公爵。噂じゃ過去に大公様や司教達から毎日かわるがわる叱責を受けてたらしいぜ。議会じゃ将軍をやめさせたい連中で溢れてるんだと。」
ステフが冷たい顔でワインをあおる。
「そんなこと何処で聞いたんだ?」
「没落してても貴族の次男坊だからな。借金もあるが、小さい土地もある。隊長とダービー伯の屋敷に行った話をしたら、男爵の兄さんがぶっ飛んだ顔をしてたな。あれは傑作だった。それから、兄さんが兄弟で和解しようとすり寄ってきて、貴族の事情というやつを教えてくれるようになったのさ。」
複雑な顔をしながら、場の空気を明るくすべくワインを一気に口の中にいれると、口を尖らせわざと空気を啜り込んで飲んだ。
「汚え飲み方しやがって。酒に謝れ。」一同の笑いを誘う。
「ヨハンの所は貴族といっても、王様と家臣のみだったな。そっちはどうなんだ?」
「王が圧倒的に手綱を握っているな。」
ヨハンは蜂蜜酒の味を確かめるように飲んだ。
蜂蜜酒はハチミツの甘さが消え、発泡してどちらかといえばビールみたいになる。そこに、僧が追いハチミツをして甘くしていた。
「この酒、レモンなぞ垂らすと抜群に旨くなるのに惜しいな。」
「ドワーフは大酒飲みと思っていたが、味覚も通だな。飲み潰れないようにしないと。」
ヨハン以外の酒飲み達がヨハンの酒評に笑顔を浮かべた。
「大酒飲みで他人に酒を強要し下品にガハハと笑う。まあ、そんなドワーフもいるが私はこうして皆と酒を楽しむのが好きなのさ。誘いには何時でも乗るから頼むぞ。」
ヨハンは戦場とは違うスマイルの方の笑顔を浮かべてミードを飲む。
…
「そういえば、隊長が士爵になるって?」
「そうなんだよ。」
久しぶりの蜂蜜酒に酔ったデュランが印を切った。
「隊長が出世すれば、俺達のやってることにも泊がつく。聖者様、首長に騎士団長。これで隊長がサーウズマサになりゃ鬼に金棒じゃねぇか。」
「違いない。準貴族になれば、議会への特別出席が認められたり一般選挙の時に投票権が発生したりする。隊長は獣人なのに、よくやってるよ。」
兵士以外何もやってないステフはワインを多めに飲んだ。
「そのワインちょっとくれ。腹の中でチャンポンしたい。」
「はいよ。」
テントの外では酔った正規兵の怒鳴り声がする。喧嘩が始まり、金を賭けるような声がした。
「もろ昔の俺達だな。」
ダニエルが爆笑してワインを飲んだ。
女王直臣の配下エルモンド・グライム宮中伯が手紙を元にアクルサスまで護衛や補佐と共に馬でやってきて、叙任式が執り行われた。
ウズマサは山城から出て、遊撃隊の皆が見守る中、片膝をついてグライム宮中伯が書面を読み上げるのを聞き、忠誠や勇気や寛容といった徳を誓う言葉を復唱した。
「剣を。」
宮中伯は補佐人から剣を受け取るとウズマサの肩を右に左に剣で軽く叩いた。
「士爵勲章を。」
軍人を表す銅と金の合金、レッドゴールドの薔薇の勲章をウズマサが受け取る。
「騎士よ。立ちたまえ!」
ウズマサが立ち上がると皆から拍手と喝采が起こった。
だが、晴れの日というのに正規軍がウズマサにブーイングをあげる声もあり、スノリがウズマサの前に出た。
「神聖なる月の女神の祝福が、騎士となったこの者に注がれんことを祈る。」
スノリが円に十字をきると、皆印を切って黙った。
ウズマサは犬豪以外に士爵まで得た。
サリアを連れたダンキチが涙を布でふく。
「オラの御主人様は立派だ。ついに頭の身分をかえなさった。さすがオラの御主人様だ。」
「人の為に泣けるなんて、そんなダンキチが好き。」
サリアがダンキチに頬を寄せた。
「オラは御主人様についていく。サリアちゃんには苦労をかけるけど堪忍しておくれ。」
ダンキチがサリアの白髪を撫でた。
「うん。僕は永遠にダンキチについていくだけだよ。」
「ありがとう。」
サリアは、もっと魔法を思い出さなきゃ、と呟いた。
皆から祝福を受けながら、ウズマサは山城の自室に帰った。
固いベッドに座り、勲章をみる。
「立身出世か。準貴族として、あの貴族の仲間入りか。士爵ウズマサか。身をたて名をあげたな。」
敬愛するフジは何と言うだろうか。外国に送りつけたトモヨリが地団駄踏んで悔しがるだろうか。
何より父、母、サクが草場の陰から喜んでくれるだろうか。とうとう犬士の身分を超えたのだ。
ウズマサは空想し、ニヤニヤ笑いがとまらなかった。




