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犬豪伝〜ミナモトノウズマサ異聞録〜  作者: 星一悟
第二幕 西方世界編
56/81

アクルサス会議

アクルサス戦にベニータはいなかった。

遊撃隊は平原の戦いを経て、四角鶴翼の陣形でなく、正規軍と協力して矢の形をとる鋒矢の陣形でアクルサスを攻略した。

木の杭で囲まれた山城の様なアクルサスを空と陸で突き進み、勝利した。


敵がまた軍隊で待ち構えているとみていたが、今まで通りの、焦土作戦で殺した家畜の革をなめした黒の革鎧に槍や弓を持ち、散兵で戦い、少数でまとまって槍衾や矢雨を作る程度の敵だった。

金属製の鎧姿の者はいなかった。馬すら乗っていない。



アクルサス戦後、占領した山城で今後の会議が開かれた。

「さて、独立遊撃隊はラシュ平原で多数の死傷者がでた。我々正規軍の加勢と協力がなければ、ここでの勝利はなかったといえる。『独立』遊撃隊は正規軍の先達であったが、ここからは正規軍の下部組織になって貰いたい。」

リファールで指揮するエリオ・ティリウス将軍の威光と意向をうけ実働隊長となったベノ・ストロム中将が口火を切った。

「ワタシのゴブリン達の命を、貴方にあずけろと?確かにラシュ平原での戦いでは、死傷者の数は過去最多だったと思うが、独立遊撃隊そのものに落ち度は無い。何故今になって正規軍に取り込むなどと申し出た?」オーナは机に手を置いた。

「我々『正規軍』こと、連合軍正規兵団は今まで遊撃隊が攻め勝った場所に、駐屯兵を置くことで連合軍地の回復と維持をしてきたし、先行する遊撃隊の後詰めをしてきた。だが、これは正に聖戦でもある。」

中将はスノリをチラリとみた。

「戦力が低下し独立遊撃隊が独立性を失っていると私は判断しているし、聖戦を前にあらゆる軋轢など存在しない。ゴブリンもまた、正規兵団に編入されるべきだ。」

中将の青い眼が、オーナをとらえる。

「そういう理屈なら、断る。」ウズマサが断言した。

「その根拠は?」

中将はウズマサを見た。

「某の隊はゴブリン、エルフ、ディナシーからなる混合部隊だ。軋轢など存在しないとおっしゃるが、そちらの部隊に編入され軋轢が起きないかと言えば嘘になる。公平を保つための某の部隊での部隊法の厳しさをご存知だろう?」

「貴君らの法とやらは厳しすぎだ。」

中将の言葉に、ダニエルが反論する。

「緩すぎれば、部隊内で禁止行為にでていた隊だったからな。今は違う。部隊法を犯すものは滅多にいないし、死罪になるものも当然いなくなった。俺達はラシュ平原で仲間を多く失った。でも、結束は固い。お宅の兵団には、この結束と高い士気は分からんだろう。」

「分からんな。空を飛ぶディナシーは端から正規軍に加わる気がないし、手厚く扱うと公言しているのにゴブリンは正規軍でなく、独立遊撃隊に皆入隊する。せめて、聖者スノリを正規軍にお迎えできれば、兵達は士気が上がり戦えるのですが。」

スノリが口を開いた。

「私は全ての月の女神の信者の他に、私が洗礼した信者を守る義務があります。その中に、部隊のゴブリン信者も含まれています。前線で戦ってきた遊撃隊の中にこそ、私の癒やしの手の出番があり、前線で勇敢に戦う者達を助けたい。」

「耳が痛いですな。」

中将はスノリの言葉には弱かった。

「某の提案だが、入隊希望者に対して、正規軍と遊撃隊を自由意志で選んでもらうというのはどうだろう。某は士気が高い仲間が欲しいし、連戦に耐えられず隊を離脱したい者もいる。」

逃亡者を許さない部隊法があったが、離脱したい気持ちはわかる。ウズマサは前線に立つという厳しさを知っている為に、離脱したい者を離脱させたかった。

「理屈はわかるが、自由意志で軍隊を選ぶのはティリウス将軍の許可を待ってくれ。」

「中将は現地を任されているのに、許可をとる必要もないものだと思うが。」

グウェインは片方の眉を上げた。

「私は侯爵として、ティリウス公爵の指示を仰がねばならない。」

「現場の声より、貴族の爵位を気にするおつもりか。」

騎士ナイトしかいないディナシーとは違うのだ。」

ストロム中将の失言にグウェインは腹が立った。

「騎士の何たるかを幼少から知ることもなく、ナイトの位を勝手に決めて名乗る平地エルフこそ、毒であり有害ですな。不愉快極まりない。士爵ナイトを叙任しても良いのはウズマサ殿だけだ。」

中将がグウェインの発言に驚くとウズマサは一つ席払いをした。

「某はナイトの位を叙任することになった。遠方からの手紙によれば、近々女王直臣の代理の者が来て、勲章授与と叙任式とやらを行うらしい。準貴族になれば、発言権が増すはずだ。」

「それはそれは。おめでとうございます。」

スノリが微笑み、中将が苦い顔をした。

「準貴族になる身なら、私の立場も理解できるはずだ。ティリウス公爵の判断を待ってくれ。」

「それ以前に、某は犬豪として宮仕えだったから立場は痛いほど分かります。ただ、今のまま進軍することを良しとしません。暗黒領が領地だった亡命貴族が催促しているのも知ってますが、一旦兵たちに安息が必要だろうと思います。」

ハンフリーとの手紙で貴族事情に詳しくなったウズマサが中将に進言すると、ストロム中将は押し黙った。

少しの沈黙があり、中将は決意した。

「分かった。アクルサスを要所とし、将軍への手紙とその返事が届くまでしばらく進軍を休止させましょう。遊撃隊もそのように。」

「ではそのように。」




会議がまとまると、オーナがウズマサの元を訪ねた。


ウズマサは具足とチェインメイルを脱ぎ、(ゆがけ)を手から外してリラックスしている所だった。

「隊長、ちょっといいか。」

「勿論だ。オーナ首長。どうなさった?」

「それが、貴族や、暗躍している人商人(ひとかい)から土地を追われた逃亡ゴブリンの数が増えてな。匿い先の部族の調整が難航しているのだ。」

「『スレイブフェロー』の問題か」

ウズマサはオーナと同じ険しい顔をした。


ゴブリン側は完全に軟化した。エルフは歩み寄ろうとしている。


はずだが、


奴隷が欲しいエルフの人商人(ひとかい)が、同じエルフの難民や孤児を売り買いするより『良心の傷まない』ゴブリンを利用しようと、最近ごろつきを用いてゴブリンの巣穴や集落を襲い、男を殺し女子供達を国家に隠れて裏で売り飛ばしていた。

中には子供を人質にされたゴブリンもいる。


まるでモンテンノーザがした様に。

そして、これは一例にすぎない。



モンテンノーザのやり方は唾棄すべき悪意の塊だが、有効なやり方だと思ったら真似をして手を出す連中がいる。

頭の中が悪意しかない悪魔はどんな社会にも存在するのだ。


また、ダービー伯爵の領地開発を真似する貴族も多くいたが、ゴブリンは労働者としてエルフと対等な関係にはならないことが多く、『農奴の奴隷』として身をやつすことも多かった。

従属農民である農奴と違って私有財産すら許さず、食事さえ分けて外で食べさせられた。彼らは農奴から侮蔑を込めて『スレイブフェロー(奴隷友人)』と呼ばれた。人間は下には下を求める。


逃亡ゴブリンの匿われ先としてオーナの元へ来る家族が沢山現れ、男は遊撃隊で戦い、女子供はオーナが保証する受け入れ態勢の整った部族の巣穴へと逃がす事も増えた。それを許可するオーナは多忙だった。


「搾取慣れした貴族の尻を蹴飛ばさないといけない。準貴族になる隊長からダービー伯に手紙で明記して貰いたい。ダービー伯以外の他の貴族もゴブリンを労働力として使うなら、ワタシを通せ、と。」

この頃のオーナは口数が減り、目の下に大きな隈ができていた。

首長には責任がある。本来なら複数の氏族がゴングリノミコで決めていた内容も、たった一人でこなさねばならない。

「魔王軍から開放された全てのゴブリンはエルフと平等に生きる権利がある。その為の努力は惜しまない。領主である貴族から正当な賃金を貰うか、土地を貰って農地を耕すのなら文句もないが、奴隷友人などとふざけた呼ばれ方で下僕になるのは断じて容認はできない。」

「分かっている。」ウズマサはオーナの言葉にうなずいた。

「ダービー伯に手紙で言及しているが、それでもゴブリンの扱いを法令や法律化するのは障害があるのだそうだ。ゴブリンを労働者にすると、エルフの農奴にかける重税まで見直す必要に迫られる、とな。」


「所詮異種族は、異種族か!」


オーナは苛ついて、どこかで聴いたような言葉を吐き捨てた。

「某が他の犬士の様に魔法陣で帰らないのは、この地に使命をみたからだ。その中には、ゴブリンを助ける使命もある。ダービー伯も働きかけているし、準貴族になれば、某がリファール議会で発言できるかも知れない。」

「どうだか。平地エルフはやはりどこか信用できない。その大本の種族、森エルフはダンキチにうつつを抜かしているし、あれはベタベタと恋などしてる場合か?」

「彼女はスノリが匿う平地エルフの孤児で養子という事になっている。それについては問題ない。スレイブフェローや逃亡ゴブリンに関してはオーナ首長に引き続きお願いしたい。某はダービー伯と共に善処していくつもりだ。」

「どうせだ。物事はデカく獣人の議長を狙え。ミナモト議長だ。誰も文句いわなくなるぞ。」

オーナは笑った。

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