弔うまでが戦
ベニータが去っても、死の恐怖を知らない魔法生物ハイウルグを全滅させないと戦いは終わらない。
夜になったら、ハイウルグは夜目が効く。それ故に、夜になれば不利になる。
連合軍は奮戦し、太陽が赤く沈む頃には少数のハイウルグを皆で一斉に襲う展開となり、とうとう全滅させた。
僧侶戦士の『戦士』はメイスで戦うそのままの意味もあるが、「戦う位治癒の手で体力を使う」という意味でもある。
僧侶達は火を焚き湯を沸かし外傷をみて治療した。
傷を縫うにも麻酔がないため激痛があり、皆癒やしの手を欲したが、僧侶の体力に限界があり背に腹は代えられなかった。
深刻な矢傷に刺し傷、骨折に内臓損傷は癒やしの手の優先となるも、手遅れの者も多かった。
スノリを筆頭に治癒術を使う僧侶は指一本動かせないほど疲れ果て、術の使えない僧侶が疲労に効くとされるハーブを湿布で貼り、彼らの手当をした。
ハイウルグは泥から生まれた魔法生物らしく、骨らしきものを除いては、死ねば腐らず土塊に帰っていく。
平原でハイウルグの武具を漁ろう、もとい再利用しようとする斧をもった剥ぎ商人と呼ばれる人々が、ハイウルグの身体から装備を剥いで荷車に入れていく。
「仲間を弔うのは明日の朝から始めよう。皆、よくやってくれた。」
ウズマサはご苦労さまと、血を消耗し疲弊している身体に鞭打って小隊や分隊を回りながら労った。
完全に夜になった。連合軍は野営可能な所まで移動し、テント設営や野営した。
食料事情が劇的に改善した彼らにとって、最高の楽しみが食事である。
焚き火が焚かれ、冒険者や聖戦士がそこかしこでジャガイモやカブ、キャベツ、タマネギ、ニンジン、あるいは煮込めば粥になるオーツ麦や大麦などを適当に鍋にぶち込んで火にかけ、各小隊分隊で鍋の準備をする。
食事も階級で差があり、エルフナイトはスープに少量の肉を入れていた。
「スープにトマトを入れると旨味が違うのだが、我々ドワーフしか知らないものな。」
「トマト?何だそれ?」
「赤い実の野菜だ。私達ドワーフが魔法陣交易で得た。そのまま食ってよしだが、煮て皮をむき、潰して野菜スープの鍋に入れると赤色のスープになりとても旨くなる。ギザではそこにショートパスタを入れる。お袋の味というやつだ。」
「へぇ。」ヨダレをふくオラフにみて、ヨハンは笑った。
ウズマサは失った馬を思い、絶望していた。
「隊長の命があっただけマシだな。」グウェインがウズマサの背中に手を当てた。
「交渉にでたのが間違いだったか。」
「いや、それは違う。誰もが予測がつかなかったさ。」
「結局、ベニータは何者なんだろうな。サリア殿は知っているみたいだった。」
「サリアさんに聞いてみるべきだな。私達は何も知らなすぎる。」
「600年前に弟が従軍したと言ってたな。聞きそびれていたが。」
ダンキチ&サリアのテントに向かう。
見た目年齢15といった感じのサリアとダンキチの年の差カップルを見て周りが認めているのは、適齢期が異なるからだった。
もっともサリアの方が年上だったが。
庶民は恋愛結婚で、貴族は政略結婚。
まだ子供を産めないだけで嫁にいくのはこの時代珍しくない。
政略結婚では産まれた時から許嫁がいることもある。
森エルフの慣習で、見た目年齢18歳になれば結婚することになっているが、両者とも待ちきれなくて結婚しそうな勢いであった。
「あれはニンゲンだよ。」
「ニンゲン?」
「僕みたいに悠久の時を生きる羽目になった種族だよ。生まれつきではないけどね。」
サリアは褌姿でリラックスしているダンキチの胸の毛皮をイジイジと指で撫でた。ダンキチは濃い茶の被毛に覆われてるため、リラックスするとき褌姿になるのが好きらしかった。
「身体に魔素を取り込んだ死体が彼女の正体だよ。もう死んでるからこの世の法則は通じない。彼女は600年前は自分をヴァンパイアとか呼んでたよ。今はどうか知らないけど。」
「死体が動くものなのか?」
「彼女は魔法の塊だよ。生きて魔素を纏うのがスノリさんなら、彼女は魔素だけで動いてる。魔素については秘密ね。」
サリアはシーッと口元に指を立てた。
「モンテンノーザについて、何か知らないか?」
ウズマサが期待を込めて問うと、サリアは首を横に振った。
「魔王については姿を見たことがないんだ。弟も従軍してそれっきりだった。」
「そうか。残念だ。」
ウズマサは肩を落とした。
「気を落とさないで。逆に考えれば、まだ武具がそれほど発達してなかった600年前でも倒せたんだよ?その頃からディナシーは今の鎧姿だったけど。他は皆、鎧なんて着てなかったし、青銅の鎧兜を着てたのはエルフの王だけだった。今のほうがずっとマシだよ。」
サリアの励ましに、ありがとうとだけいう。
グウェインがふと自分の王の先祖についてきいた。
「オーベロン一世はどんな方だった?」
「過去のことはあんまり喋りたくないよ。ディナシーの王様は正直な人だった。言えるのはそれだけ。」
今や聖者のスノリでさえ、過去を話せば正気を失いかけた。とまでサリアは言わなかった。
「そうか。」
グウェインはそれ以上聞かなかった。
ウズマサは、商人に鎧がないか聞いてみた。
「それなら、鍛冶屋メッサーのキュイラスはどうだい?今なら安くしとくよ?」
「幾らだ?」
「銅貨でざっと3000枚分」
「銀貨どころか金貨払いでやっとか。無理だな。」
ウズマサは苦笑した。
「隊長なのに買えないなんて、格好がつきませんぜ?」
「いや、その上着をくれ。」
「それだけかい?」
「ああ。」
パットが入っていて、キルキティグ加工された赤い上着だけ買った。ギャンベソンといって板金鎧の鎧下であり、弓兵の制服の様な防具である。
これだけで前線に出る無謀な兵もいたが、ケトルハットという兜や尖った耳を切られない様に耳当てのついた兜をどんな兵でも装備することとしていた。頭を守るのは大切なのだ。
テントに戻ったウズマサは、乾いた血で赤く染まった直垂と白い小袖を脱いで、僧侶戦士から貰った針と糸で穴を縫った。
こうした針仕事は阿島の頃はダンキチがやってくれていたが、今は自分でやっていた。
一応は様になった後、小袖と上衣と袴を着て緒を結び、脛巾と足袋と貫を履いて身体を動かす。
血は洗わねばならないし、針仕事が不器用すぎて最悪貴族の衣装を流用しようかとも思ったが、そうでもなさそうだ。
さらに、試しに赤いギャンベソンを着て、前を紐で結んだ。鎧としてなら、頼りない。戦の時は壊れたチェインメイルと阿島鎧をいつも通り着よう。
赤いギャンベソンが目立ったが、ウズマサは気にしなかった。
「よしよし。」
服装に満足して、ついている血を気にして和洋折衷の姿のまま、防具を点検した。
チェインメイルは壊れているが、使おうと思えば使えそうだ。
兜もまた、吹返に穴が空いているが使えるみたいだ。
問題は阿島鎧だ。
馬が影になってくれたとはいえ、集中して矢を浴びた。
腹の弦走韋は戦いで一部が剥げ、矢雨のせいで板に沢山の穴が空いている。胸板、右の大袖や栴檀板に至るまで穴が空いていた。
「消耗が酷いな。だましだまし使うしかないか…チェインメイルは新調したいな。それとも胸当てを買うか…。」
いつかは兜以外は西洋鎧にかえねばなるまい。
「ならば、もっと碌を貰えば買えるようになるかもな。」
ウズマサは独り言をつぶやいた。
朝がきて、味方の埋葬が始まった。
遺体の身の回りのものが全て遺品になるが、遺体は武器を使わない。ゴブリンは遺体の武具を貰って使うのは名誉とされた。
エルフナイトとディナシーは武器を構えさせ、その場に土葬し石を置く。
皆で土を掘る。ウズマサも率先して土を掘り、遺体を運び、時々遺体を重ね、土をかけた。
ディナシーは霊鋤という土掘りの道具を召喚し、戦闘妖精らしく手慣れた様子で墓を掘った。
僧侶の弔う祈りが聴こえ、白く香が振りまかれる。
味方の葬儀が終わるのに、結果として一日を要した。
「ダービー伯から手紙がきた。某はナイトを叙任することに決めたよ。」
「そうか。ウズマサ殿もサーの仲間入りだな。」
土まみれになったウズマサとグウェインは笑いあった。




