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犬豪伝〜ミナモトノウズマサ異聞録〜  作者: 星一悟
第二幕 西方世界編
53/81

魔王代理ベニータ 2

戦の大将同士で交渉するのは初めてだ。


(初めての敵を戦場の常に持ち込もうとしても通用しない。勝つにはまず敵を知ることだ。中央大陸の書物にそんな一節があったかな。)


ウズマサが毛を逆立て緊張しながら馬で近づくにつれ、女がエルフではないことに気づいた。

耳が髪から出ていないし、尖っていない。


「あらら、かわいいのが来たわね。」

「何者だ。」

「犬に用は無いわ。」

「そうか。首をはねてやるから覚悟しろ。」

「じょーだんよ。」

「俺もだ。」

ベニータが笑う。

「ちょーウケる。犬が私と対等(タメ)のつもりだよ。」


ウズマサは、唸るような険しい顔を見せた。


「そんな怒んなくていいじゃん。命をかけて遊んでヨ。」

「…何者かはもうどうでもいいが、何故呼んだ?」

「こうするためさ。」


「弓隊!構え!」

再び拡声魔法のジェスチャーをとり叫んだ声を合図に、ハイウルグが弓を構えた。

「危ない!」空を飛ぶグウェインが叫んだ。


「撃て!」


一斉に放たれた矢雨がウズマサを襲う。ベニータは悠々と掌を上に向けた。


「くそ!」


ウズマサは考える暇なく馬を降り、馬にくっついて矢の影に隠れた。愛馬を犠牲にせざるを得ない。

ベニータは不可思議の障壁を顕現させ、当たるはずの矢が彼女を避けていく。


「ここからでは魔法が届かない。」

ダンキチの側にいるサリアが苦々しい顔をした。


鎧に矢を浴びて、ただではすまない。

矢は阿島鎧に刺さって穴をあけ、斬撃に強いが刺突に弱いチェインメイルに当たって一部貫通した。

兜も吹返(ふきかえし)を貫通し、眉庇(まびきし)に当たり、額が切れて流血したが、鎧のおかげで致命傷ではなかった。


放物線を描いて飛んできた大半は馬に当たった。

ウズマサの馬は激痛に(いなな)き、刺さった矢の群れを振り払うように走るが、しばらく走って倒れた。


「あーあ、馬が可哀想じゃない?飼い主ならちゃんと矢から守らないと。禁じ手だよ、それ。」

「貴様!」

ウズマサがとっさに腰の太刀を抜く。

首を狙ったウズマサの振りを、ベニータが頭を屈んでかわす。

「外れーー。」

ならばと、ウズマサが放った素早い連続突きを、ベニータが見切ったように全てかわす。

「充分フィジカルアップしたのに、避けるのに紙一重とか。ワンちゃん凄いねー。」

「某はウズマサだ!魔王代理!」

「ベニータ様とお呼びしな!」

ベニータが避けるついでの蹴りに、ウズマサはかわせず受けた。

「うっ!」

刺さった矢の近くを激しく蹴られ、怯んだすきに股間を蹴られる。

飛び上がりたくなるのを我慢し、刀を縦振りするが、攻撃は遅く空振りした。

グウェインが急ぎ上空からランスでベニータに突撃した。

「ちぃ。」

ベニータはなんと、空からの速度あるランスの一撃をバク転でかわし、地面にランスを突き立てたグウェインは霊馬を追儺ついなして降り立つと、剣を抜いてベニータを追いかけて横に振った。

「邪魔!」

剣を見切られ、驚愕したグウェインの首をベニータが片手で掴んだ。

恐ろしい握力と膂力で締め上げられ、グウェインはベニータの手を外そうと努力するが、首がしまっていく。

「な、んだ、この、ちから、は。」

「あんたイケメンね?エルフもイケメン多いけど、ちょっと細面のオジサンな所がいい。」

「戯、言をっ!」

グウェインが剣でベニータの身体を刺し貫いた。

だが、手応えがまるでない。

「グウェイン殿!」

派手に出血しているウズマサが、小柄(こづか)という柄に名前の入った小さなナイフを投げた。

討ち取った名のある相手の首に刺して自分の手柄にする小柄だが、西方世界にその習慣がないので無くしても遠慮はない。

頭を狙ったが、ベニータが手の平で小柄を受け止めた。

ベニータは手を離し気を失ったグウェインを解放すると、胴から剣が抜けた。小柄を抜いて、ウズマサを睨む。


「痛いじゃんか。でも、この程度の敵におされてるなんて、オティリアのやつウルグちゃんを手抜き生産してんじゃないの?」


ダンキチが置き盾を背中に担ぎ、サリアが後ろから盾のバランスを支えながら全速力で隊長と副隊長の元へ走ってきた。


「つちよ、かのもとでゆれよ!」


サリアが呪文を呟くと、ベニータの周囲を囲むように地面に亀裂が走り、足元が揺れた。

「おおっと。」

ベニータは身を屈めると、後ろに大きく飛んだ。

「この術といい魔力といい。森エルフの一族とかマジでありえない。まだいたの!?」

「その喋り方は、まだ存在してたんだね、キミ。」

走って頬を顔を赤くしていたサリアが今度は青ざめた表情になる。

「キャハハハ。長生きはするもんだね。」

「そう。まだ600年ちょっとだもの。貴女の一族がいると思ってたけど、本人が生きてるなんてね。」

サリアの言葉をうけ、ベニータが帽子を脱ぎ捨てた。

燃えるような血の色の髪に赤い瞳、縦に細長い瞳孔は猫というより蛇の様だ。

サリアは森エルフでも色白でアルビノに近いが、ベニータの顔と肌は溺死体のそれだった。

血色のない青い唇から犬歯をのぞかせながらベニータはペロリと唇を舐めた。

「森エルフ!あんたは生け捕りにする!久しぶりのご馳走だ。森エルフの活け造りを楽しませて貰うよ!」

「先にオラが相手だ!やれるものならやってみろ!」

ダンキチが怒りの声でサリアを手で守りつつ、声を張った。

「今度はタヌキ?不細工なお人形みたいなやつね。ま、いいわ。興ざめよ。皆ぶっ殺して楽に勝とうと思ったけど、このベニータの軍隊相手に勝てるとも思えないし、兵を皆倒したら、褒美に私の下僕達に会わせてあげる。じゃーねー。」


いきなり戦いが面倒臭くなって、後ろを向いて去ろうとするベニータに、ウズマサが待てと呟く。

「待てなーい。」


「第二陣、弓隊構えー!」

ベニータが声帯の力だけで叫ぶと、弓隊が前後入れ代わり弓を構えた。

「はい、撃てー!」

ぞんざいな調子でのベニータの号令を受け、矢がウズマサ達に殺到する。


ダンキチはグウェインを引きずり、サリアはウズマサの手をとって盾の影へ隠れる。


「かぜよ!」


サリアが手を強く横にふると、上空の矢に台風の様な不自然な横風が吹いた。

風に煽られて矢雨の弾道線が横にそれるが、それでも何本かはダンキチが抱えた置き盾に当たった。


「今だ!放て!」


相手の矢雨の射程よりこちらの方がやや射程が長いことを把握した遊撃隊の弓隊が、相手が放った隙を狙ってハイウルグ弓隊に矢雨を降らせた。

矢はハイウルグの黒く染色した鎧を貫通し、足に当たっては流血し、首に当たっては絶命した。

「二陣、構え、うてー!」

「三陣、構え、てー!」

「一陣、構え、てー!」


三列横隊での斉射が始まり、ハイウルグ弓隊はやや前進して大将であるウズマサを狙うより不利でもエルフ弓隊に矢を放った。

遊撃隊の、馬車で運んでズラッと設営した置き盾に矢が当たりだす。

ダンキチがグウェインの頬を叩くと、グウェインは気がついた。

「御主人様、副隊長。矢が尽きる前に逃げましょう。」

太刀を手にしたウズマサとグウェインが肩を貸しあい、ダンキチが置き盾を背負って殿をつとめる。サリアは呪文の言葉を何度も紡いだ。


「長引かせろ!矢が尽きたら、敵の矢を拾ってでも撃て!隊長と副隊長を守れ!」

弓隊小隊長が焦る。敵はどの程度矢を持っているのか?


いつもの勝ちパターンの様に、矢雨も恐れずハイウルグの兵が突っ込んでこない。灰肌の彼らは愚かな一面を突破したかのようだ。矢筒の矢の数が少なくなる。


「やっと、ついた。」

ウズマサが呻く。

「早く、こっちです。」

スノリが傷ついたウズマサの手をとると、抱き寄せるように急いで遊撃隊の陣の中に引き入れ治療を始めた。

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