魔王代理ベニータ 1
遊撃隊に領土侵攻をまかせ、侵攻した場所に正規軍がおっとり刀で駆けつけて街や村に駐屯し、正規軍の消耗を抑え手柄とするやり方で、ティリウス公爵は将軍の座にしがみついていた。
だが、聖者スノリのバッグアップを教会が『聖戦』の意向として決めたとき、正規軍の中に暗黒領アクルサス攻めに聖戦士として隊を離脱し、独立遊撃隊に入隊を希望する者が大量に出始めた。
勇敢さや勇猛さを美徳とする世界では、命さえあればいいという平時の当たり前に麻痺を起こす。ましてや聖戦だ。西方世界の平地エルフの熱狂になっていた。
遊撃隊の部隊法は僧侶戦士に決められていたが、皮肉なことに禁止事項のほとんどはオーナが決めた掟と極めて似ていた。
ここで、軍に所属しない平地エルフの信者達とゴブリンがスノリの名において、ついに歩みよった。
スノリは説教した。
「味方になるものを許し敵となるものを憎みなさい。味方を憎んではなりません。」
やりたい放題だった魔王軍にいたゴブリンを憎悪するエルフ信者達はスノリの言う事なら聞いた。
「ゴブリンは贖罪のためにエルフと働き田畑を耕し家畜を世話している。そうしたゴブリンは『緑の友人』です。たとえ許す気がなくとも、石を投げてはなりません。ましてや、共に血を流す軍属の緑の友人に唾を吐いてはなりません。憎むべきは魔王シュウ・モンテンノーザなのです。」
教会の意向にオーナの意向、ウズマサの隊への気持ちに、スノリの日に日に増えていく信者へ訴えたいこと。
あらゆる意向と自分の意志を組んで、スノリは汗を拭きながら慎重に説教した。
隠者になりたかった彼が殻を破り、自信に満ちた聖者になろうとしている。
説教のたびに聖者の輪を光らせた。
冒険者の中に聖戦士を名乗るものも増えてきた。
連合軍は種族をこえて文字通りの存在になっていく。
ウズマサは移動の休憩中に、グウェインと二人きりで相談した。
「某が隊長をやってていいのだろうか?」
「何だ?隊長。やぶから棒に。」
沈むウズマサにグウェインが腕組みをする。
「某は魔王を倒せば、故郷の阿島に帰るかもしれない。」
「それはその時考えたらどうだ?」
ウズマサは首を振った。
「そういうわけにはいかない。ダービー伯爵の手紙で、某をナイトに推薦したと書いてあった。」
「騎士、か。」
グウェインはナイトという称号を平地エルフの爵位にされるのに嫌悪していた。領地を持たない優れた軍人をナイトと呼ぶのは、騎士文化のディナシーからすれば騎士の侮辱であり、似て非なるものらしい。
「帰る障害にもなるまい。受けてみたらどうだ?どうせ貴族のおままごとだ。」
「ついてはリファールに戻り、女王と謁見せよ、と。」
「目の前の戦場を放ってか。」
グウェインはウズマサの言いたいことが分かってきた。辞退したいのだ。
「ダービー伯は是非とも受けてほしいらしいが、某は辞退したい。手紙では戦線の指揮官の名誉であると書いてあるが、その戦線の前線を離れるわけにはいかない。手紙に何度かそう書いたのだが、一歩も引かなくてな。」
「物事を断るのが苦手な御仁だな。」
グウェインは苦笑いして、ウズマサの肩を軽く叩いた。
「多分、ダービー伯がティリウス将軍にとどめをさしたいのさ。」
「とどめ?」
「つまり、このところ大きな活躍や知らせのないティリウス将軍を大将の座から降ろし、ダービー伯の息のかかった軍人にしたいみたいだ。その候補として、ウズマサ殿をもっていきたいのさ。権力のパワーゲームというやつだな。」
「分からん。このまま魔王まで突き進めればいいのに。」
「そうでもない。」グウェインはふと横を向いて考えるように話した。
「徴兵令に派遣された獣人部隊の運営、ゴブリンを味方につける遊撃隊の作成許可。確かにそこまでは良かったんだが、最近のティリウス将軍と軍隊は遊撃隊におんぶに抱っこの状態が続いていると思わないか?」
「そうか?」
「そうだ。」グウェインは自分の意見を肯定した。
ウズマサはチームプレー型のリーダーで、ティリウス将軍は意見は聞くがワンマン型のリーダーだ。
チームプレー型はチームメンバーの個性がいきるが、数が増えれば調整に時間をとりがちであり、その点ワンマン型は皆をすぐにまとめるが、隣にリーダーとして対抗するものがいれば、それが味方でも足をひっぱるか口を出すようになる。
どちらが良い悪いではなく一長一短で、それが悪い方に働こうとしているのをグウェインは危惧した。
「私は隊長代理をやる。ウズマサ殿はリファールへ戻り爵位を受けられたらいい。エルフはスノリ殿、ゴブリンはオーナ首長、そして、ディナシーは私。全てが統合している今こそウズマサ殿はよりリーダーシップを発揮せねばならない。」
「リーダーシップ。指導者の統率力だな。」
「そうだ。皆がウズマサ殿には期待している。私もだ。爵位は貴族が勝手にやっている事だが、あるのとないのとでは…」
「人としての格が違う、と。」
ウズマサはスノリ直伝のマナー教室を思い出し、グウェインの言葉に先んじた。
「仕方ない。そこまで言われたら、誉を受けよう。次の手紙を待つか、隊で任せられる人づてに手紙を送るさ。」
「まぁ、ラシュ平原を渡ればアクルサスだ。攻略を急がねばな。」
ラシュ平原で並ぶハイウルグを見て、ウズマサ達は驚いた。
今まではハイウルグが集団で矢雨や槍衾を作ってきたが、散兵的で統率がとれておらず、その場その場でバラバラに動くことが多かった。
それが、彼らは軍隊となって四角に整然と並び、待ち構えていた。
長槍兵だけでなく弓隊まで全員が錆止めを塗った黒く禍々しい革と青銅の甲冑を着て、今まで野生に逃げたかハイウルグから食料扱いされていた馬に鞍と鐙をつけて乗っている部隊もいた。
「ハイウルグのくせに騎馬とはな。腕がなる。」ディナシーのパーシーズがハイウルグの騎馬隊をみて口笛を吹いた。
互いに弓を構えてはいない。投石機もない。
対峙し、互いに弓の射程圏外で一旦止まった。
「どうする?」
グウェインがそう言いながら、他のディナシーと同じく霊馬に跨がり、兵器運搬係からランスを貰う。
「ハイウルグ以外で誰かいるぞ。」
ウズマサは目を凝らした。
ハイウルグ達の戦列の前で、見慣れない黒いフリルが沢山ついたゴシックドレス服と顔にベールのついた帽子を被った二つ結び(ツインテール)の女がふんぞり返っている。
遠くまで聞こえるように口周辺に手を当てて叫ぶジェスチャーをした。それは、拡声魔法だった。
「私は、魔王代理のベニータだ!部隊の大将!いるんだろ!出てこい!私と話をしよう!」
ウズマサ達に向かって、流暢なエルフ語で呼びかけがあった。声がよく通った。
その後、ベニータはにらみ合う両軍の真ん中まで滑るように走って移動した。
グウェインは鼻白んだ。
「あの仕草だけであの大声。明らかに魔法か何かだ。気をつけろ、隊長。」
「魔王代理は初めてだな。とりあえず、会ってみるか。」
「私は上空にいる。抜かるなよ。」




