聖者スノリ・ビギンズの憂鬱
遊撃隊の中に聖者が現れた!
このニュースは西方世界南部まで瞬く間に広まった。
スノリはリファールの大聖堂に召喚される前に、湯を沸かして熱い風呂に入った。身体を洗い、頭まで湯の中にいれた。
身体を洗った後は、法王との謁見に備え川で洗濯婦が洗濯した結果、愛着のある法衣が破れてしまった。
しかし、与えられた新たな法衣をそのまま袖を通す気になれず、古い法衣の使える布を当てて接ぎ、新しい布地をストックした。下着も着た。
スノリは大聖堂に召喚され、皆の前で輪を顕現させ、法王のお墨付きで聖者への仲間入りを宣言された。
一方で、法王の血縁関係にあり対抗改革をしている教皇の教会の元も訪れ、奇跡を見せて聖者として認められた。
だが、スノリは教会でなく、遊撃隊に戻ろうとした。あくまで自分はウズマサの独立遊撃隊に所属し、禁欲する一介の僧であると言いつつ、内面はサリアのことを案じていた。彼女と彼女が抱えている秘密の数々は西方世界で生きるには危うすぎる。何としても助けてあげたかった。
スノリは、貴金属の燭台やタリスマンなどが与えられたが、使う気にもつける気にもなれなかった。売るのは不遜なため、儀式で使うように誰かから言われるまで仕舞っておくことにした。
教皇から赤貧派の聖者の証として貰った赤いストールを下げ、それ以外は変えない様にした。
孤独だった彼を慕って、侍者を申し出る者が殺到したが、前々からの友人ガランの息子で僧侶になったミランを侍者として迎え、隊の為に各貴族からの莫大な寄付を受けとることにした。
聖戦士になりたいとついてくる僧侶や冒険者も従え、初めて馬に乗り、ウズマサ達の駐屯する前線の都市ロマリーまで移動する。
全ての人民が行く先々で頭を下げ祈り跪くのを手を上げて応えながら、スノリは憂鬱になった。
(ああ、そうか。人は奇跡を見せなければ信じないが、信じてしまうと盲信する。以前の私の様に。真実だろう話をされたとき、全てを否定してサリアさんにメイスをふるう様な人間ではなかった自分を誇りに思うが、愛する両親の死に世の中が醜くみえて僧侶になっただけだった私に、今までよりも信者達を導く重圧に耐えられるだろうか。)
手前のリリバリーまでついた。宿に泊めてもらった聖者スノリの元に、病にかかった者の家族が来た。
「聖者様!どうか息子の病を治して下さい!」
父親と母親がスノリの足にしがみつき、癒やしをこうた。
「息子さんの所に案内して下さい。できるだけのことをします。」
旅で疲れた身体を奮い立たせて家に向かう。
男は末期の結核だった。ゼーゼーと息をする男にスノリは経験的に布を口に巻いて、見守る人々のなか聖者の輪を描き、手を男の身体に当てて癒やしの術を施した。
(癒やしの手は傷は治せても、病はほとんど治せない。だが、今の私なら!)
自身の背後に広がる聖者の輪に期待し、治癒の術を全開にする。スノリは祈りの言葉を述べながら、ひたすら手をあてて治癒の力を放った。
手から虹色の光は出なかったが、男は苦しみながら「暖かい」とこぼした。
体力の限界を感じながら、必死に癒やしの力を放射する。
「ぐううぅう。」スノリは目を閉じうなりながら、年老いた肌に沢山の汗が浮かび流れていっても、放射をやめなかった。
聖者の輪が薄くなり、輪が消えてスノリが地面に倒れる。
「聖者様!」「スノリ様!」
ミランがスノリを起こす。ぐったりとしたスノリは謝罪を口にした。
「すみません。私の力の限界です。私では彼の苦痛を和らげても、彼を治すことが出来ない。私は無力だ。」
スノリが自分を起こすミランの腕の中で涙をこぼしたとき、男は苦しみが和らいだのか、
「まだ、身体が、あた、ゼーッ、暖かい。僧侶様。ありがとう、ございます。」と切れ切れに感謝した。
「あぁ、アノン。聖者様、有難う御座いました。」
男と家族から感謝されても、それでも、スノリの心の中は憂鬱だった。力がそれほど増した訳ではないのだ。
「せめて、貴方方の心の平穏を祈らせて下さい。」
スノリは無力感のまま、円に十字を切った。
リリバリーを離れて、男は治癒の力のおかげか暫くは血を吐かなかったが、ある日の朝、静かに息を引き取った。
「皆さん、お久しぶりですね。」
「僧侶スノリじゃないですか!」ダンキチが馬から降りたスノリを見て喜んだ。
「サリアさんはどこへ?」
「サリアちゃんならオラのテントにいます。オラとイチャイチャするのが好きで、て何言わせるんですか!もう。」何も言ってないのに惚気まくるダンキチを見て、スノリが微笑む。
「交際順調で何より。隊長にも挨拶しときましょうかね。」
「聖者スノリ様。」ダニエルやエルフ達、信者のゴブリン達が手を組む。
「そんな挨拶は不要です。私は一人の僧侶であり、皆さんの仲間なのですから。」
「俺達は貴方の心立てに則り賭博を止めました。スノリ様のいう赤貧を通します。」
「それは結構ですが、まあ、羽目を外しすぎなければよろしい。」片頬を上げて、ウズマサのテントに向かう。
天幕の下で、他の僧侶戦士から傷を癒やしてもらっていたウズマサは、スノリが近づくと立ち上がった。
「聖者スノリ殿。」
「聖者は余計です。エルフで聖戦士になりたいという方々と、貴族からの寄付資金を部隊に運んできました。これで隊の戦力も増すでしょう。」
「それは有り難いな。規律高い兵と資金は幾らあっても足りない。」ウズマサの側にいた白い半袖シャツにズボン姿のオーナが口角をあげた。
「そうそう。それから、ミラン。彼らをお通しなさい。」
ミランが入り口の幕を上げ、板金鎧姿で背が低いががっしりした身体つきをしたドワーフが中に入ってきた。
「こちらドワーフのヨハン・バルドスさん。リファールからロマリーまでの道中で知り合いまして、隊長にお会いしたいと仰ってます。」
「私はヨハン・バルドスと申します。ドワーフの王国ギザより三名で参りました。ドワーフの戦士として、ウズマサ殿と独立遊撃隊に加えて頂きたい!」
赤い髭のヨハンは内心を隠して大声でハキハキと喋った。




