聖者の輪
ドワーフのヨハンは沢山の貴族と宮中晩餐会で交流しながら、宮中の道化師、音楽家、散髪屋、料理人などあらゆる職種に聞き込みし、時には金を握らせ情報を得た。
その結論として、有力貴族のハンフリー・ダービーと社交会で会った。
ハンフリーの妻ジェニーとダンスをし、ハンフリーにヨハンが所有している鉱山の話をして、取引を持ちかけた。
すると、彼の口から驚くべき事実を知らされた。
ゴブリンが連合軍の傘下にある、と。
ゴブリンが仲間になるのはオーキデンス史上最大の珍事だとヨハンは感じた。
(王への答えがでたな。だが、それ以上に…。)
ゴブリンの唯一の首長であるオーナを『保護』の名目で魔王軍のように人質にとれば、ドワーフは宿敵ゴブリンをオーナが寿命で死ぬまでおさえることができる。
そうすれば、ヨハンの王に対する手柄になる。
(王が魔王と同じお考えになるか、だな。)
王は普段は亡くなった先王の如く王道をいこうとしているが、時に非情な覇道へと転びそうな危うさがある。進言した貴族を斬首したことがないのが、まだ救いだった。
「ウズマサと独立遊撃隊か。ギザに帰って報告次第、会いに行かないとな。」
森エルフの処遇をめぐって、ダンキチを知る者達と、スノリ以外の僧侶戦士達とが、カップル不在の天幕の下で意見が真っ向から対立した。
「森エルフはリファールの大聖堂に匿わせて頂く。」冷たい声でヤンルが宣告する。
「大聖堂に文を送るつもりだ。法王猊下の名で命令が下れば、嫌とは言わせん。」
「恋人同士を引き裂こうなどと、そんな奴らがよく人様の結婚に立ちあってられるな。恥ずかしくないのか。」グウェインも負けず、冷たい声をだした。
「自他ともに認める醜男ゆえに女性に言い寄ったこともなく、言い寄られたこともないダンキチにとって、彼女は初めての恋人だぞ。グウェインの言うとおり、スノリ以外の僧は人の恋路を認めないのか!」
ウズマサが言い放ち刃物の様に睨むと、スノリが口を開いた。
「サリアさんのお心はサリアさんのものです。月は日照りを起こしません。月が慈悲深く空から見守るように、我々もかくあるべきなのです。」
「そう言いつつ、法皇でなくあの教皇に森エルフを渡すのか?僧侶スノリ。」僧侶ニコラの言葉に僧侶ベントが「そうだ!」と激昂する。
「赤貧派は治癒術を罪人に至るまで誰彼構わず垂れ流し、女神の恩恵を無駄にしている。僧侶スノリ。その罪の意識はないのか?」ベントが尋ねると、僧侶たちはスノリを見てギョッとした。
温厚なスノリが、悪事がバレた時の詐欺師の様なニヤリとした、ふてぶてしく悪意ある笑みを浮かべたからだ。
「女神の恩恵ですか。女神はきっとお許しになるでしょう。」
「まるで、女神の代弁者のような口ぶりだな、僧侶スノリ。破門されたいのか?」僧侶セインは発言するも、違和感を覚えた。
戒律に厳格な男が何故、法王や教皇でもないのに女神の許しがでるなどと、傲慢な言葉を吐いたのか。
「人には理解できないものです。私達のような人には。女神の実存証明を求め、ひいては女神の存在を疑う貴方方の心こそ、改心すべきだと思います。女神の実在をサリアさんに聞けば分かるというのは、女神を侮辱している。」
「森エルフから話を聞いたのか?」
「ええ。」
スノリはダンキチ側について、僧侶として言葉で奮闘していた。
「それで?何と言っていた?」
「便利な魔法が使えるから、女神を頼らなくなった。それで、女神を忘れてしまったそうです。これが答えであり、森エルフは月の女神の加護と祈りを忘れた。だから、滅びかけているのです。」
スノリは生まれて初めて意識して嘘をついた。真実が誰からも全く受け入れられないものならば、それをはぐらかして正しい道を照らすのが方便だ。
「まさか、女神のことを忘れるとはな。サリアの年齢は幾つなのだ?他に知り合いはいないのか?」イアンは森エルフの仲間を期待した。
「彼女は生まれてから永遠の時の流れにあって、家族をどこかの時期で見失い、たった一人で禁足地の森の中を暮らしていたそうです。知り合いはいないと言っていました。年齢については知りません。」
今度は本当のことを言う。
「もういいだろう。ダンキチは部隊に必要な人材で、サリアはダンキチの恋人だ。二人の意見を聞いてみたが、二人は離れ離れになるのは絶対に嫌だと言っていた。サリアを重んじるのなら、何故サリアの言葉を尊重しない?それが分からない。」
ウズマサは訴えた。
「それは彼女が森エルフだからだ、余所者。」
ニコラがウズマサを上から見下した。
「平地エルフは森エルフから独立したが、老いて寿命で死ぬようになった。その秘密さえ彼女によって明らかになるかもしれない。」
「それは定命の者による傲慢。永遠たる月の女神への挑戦行為ですぞ!破門されるのは僧侶ニコラ、貴方の方だ。」
スノリはニコラに向かって人差し指を振り、ノーをつきつけ憤慨した。
「破門されるのはどちらかな?教会に寄付金だけでなく胴元資金まで納めるものと、赤貧という言い訳で何も納めないケチと。」
イアンはニコラを庇い、スノリをなじった。
「埒があかない。ロマンスを信じない坊主が愛を説くのか?」
グウェインの言葉にヤンルは脅迫行為にでた。
「それなら、我々は部隊から皆離れます。そして、部隊やゴブリンのことを悪く吹聴したらどうなりますかな?」
「貴様…僧侶としての誇りや自負はないのか?」
グウェインの脳裏に、僧侶の扇動で被害者加害者の関係から和解がすすんできた平地エルフが農具や武器を手にゴブリンを嬉々として襲う姿がありありと浮かんだ。
そうなれば最悪であり、部隊は守るべき人々から殺される。
それは顔を変えながら全てを見守る月の女神の教義から遥かに逸脱するのだが、ヤンルをはじめとし増長した僧侶は、今や教会よりも堕落していた。
「私は、宗教会議で貴方方の弾劾を訴える。」
スノリは、完全に怒った。キレたと言ってもいい。
「変わり者扱いは許そう。侮辱を受けてもどうでも良い。だが、破戒僧の存在を静観することなどしない!月の女神を信仰する身として見過ごすわけにはいかない。」
「お前一人に何が出来る?僧侶スノリ。赤貧派は常に隅に追いやられているではないか!」
「そんなことないよ。」
「サリアさん!」
サリアの長い耳は会話をとらえていた。
「僕とだーりんを引き離すつもりなら、僕は森に帰る。だーりんとだけ会って、だーりんと添い遂げる。」森エルフはイアン達を深く拒絶した。
「僕に隠し事はできないよ?オーベロンが森にやってきて僕達に協力を頼んだ時には、僕の弟が参戦した。あれからすぐ600年くらい経ったみたいだけど。」
サリアの言葉をうけ、汚い心を読まれたくないヤンルは祈りの言葉を心中で唱えながら沈黙した。
サリアはスノリの袖を掴み、耳打ちする仕草をした。スノリは身体を屈め、サリアの囁きを聞く。
「キミの事を悪くいうなら、聖者の輪をみせれば、キミの言うことを聴くんじゃないかな?聖者の輪を皆に見せた時の感覚を思い出して。後は僕が何とかするから。」
何もかも知っているかのような謎めいた言葉だったが、スノリはサリアのいうことに従った。
(満月の顔見せる女王よ…)目を瞑り顔を軽く上げ、麻痺を解いた時の祈りの言葉を思い浮かべ、癒やしの手の感覚を喚起する。
彼と共にあり、永久に巻き付け、マナ
サリアが翻訳機でも翻訳できない2000年以上は経っている古い呪文を唱えた。
「「おお!」」
全ての僧侶がどよめき、『それ』を見たイアンは思わずスノリに跪いて首に下げたタリスマンを手にとった。
スノリの後部に虹がかかるように白い聖者の輪が顕現した。スノリはどよめきを聞いて目を開ける。
「聖者様!聖者様が現れた!」
ニコラは畏敬と恐怖の眼でスノリを見た。
「僕は、スノリさんの意見が正しいと思う。僕はだーりんと離れたくないもん。」
「サリアさんの意思を尊重しましょう。」スノリの言葉に逆らえなくなったヤンルはスノリに跪いた。
「聖者スノリ。私は、私はどうすれば…。」
「月の女神でさえ満ち欠けるように、僧侶とて完璧ではありません。しかし、やり直すことはできます。口を正し、行いを正すのです。」
スノリは治癒術の準備動作で聖者の輪が自分にできた事実を自覚し謙虚に受け止めた。
「ごめんなさい。キミはその輪から逃げられない。」サリアの意味ありげな言葉にスノリは微笑んだ。
「まぁ、いいでしょう。それもまた、女神の思し召しですよ。私は僧として信徒として、これからも私らしく生きるだけです。」
聖者スノリの輪は奇跡とされる。
教会にサリアに関する手紙の代わりに、スノリの奇跡と聖者への参列について、推薦人をヤンルとし、そして天幕にいた全ての者の名前が書かれた証人状を送ることになった。
奇妙に聞こえるが、奇跡は教会の登録制なのだ。
法王と教皇の二人がいる混迷の教会事情にあって、聖者だけは否定できない。
西方世界の宗教におけるパワーバランスが崩れるかもしれなかった。




