森(ハイ)エルフ
「何だ?獣が吠える声がしたぞ!捜索隊はどこだ?」
空中で幹の間をくぐりながら、グウェインは霊馬を駆った事を後悔した。
空中の方がみつけやすい筈だった。だが、空中を飛んだ途端、視界では針葉樹の幹が等間隔にどこまでも続いている。紅葉していた木が見えない。
木々を霊馬に避けさせながら、グウェインは顎に手を当てた。
「もしかして。いや、そんなことは。」
躊躇したが、敢えて霊馬から降りて、地面を踏みしめる。
今まで立っていたかの様に紅葉した木々が散見された。
「幻術か!?森全体がそうなのか!?」
無意識に歩けば、確実に迷う。木々がグウェインを嘲笑っているようだった。
「マズイな。完全に隊と離れた。」
プレートメイルなのにガチャガチャと音をたてない特注の青い鎧(空への保護色だ)が、黄色い落ち葉だらけの場所では比較的目立った。
長い黒髪に汗をかきながら、耳を澄ませて吠え声がした方へ歩く。レンジャーの様に足跡を見つけて追跡する高い技術は無かったが、踏まれて折れた枝がないかぐらいは探す。
そして、また、迷子になった。
森が放つ焦燥、恐怖。グウェインは武器運搬係にランスを置いてきた事を思い、剣を抜いて進みたくなる気分になって顔の血管が熱く拡張しているのを感じた。顔の血管の流れが、グウェイン特有の筋隈に血涙の隈取りを取っていた。
「戦いの高揚隈だと!?何を興奮しているのだ。」周囲に誰もいない。
「キミ、ディナシーだよね?」
ハッ!と振り返ると、平地エルフより極端に尖った大きな耳をした子供が立っていた。
両肩で切れた茶色く大きな毛皮を着ていた。裸足で枯れ葉をそっと踏みながら、グウェインに近づく。地面を踏んでいるのに足跡がない。
「誰だ!」
戦いでもないのに高揚隈を見せるのは恥ずかしい。ましてや、子供相手に見せるのは。
込み上げてくる熱を抑えながら、グウェインは子供を観察した。
「僕はサリア・ギルミア。そんなにじろじろみないでよ、キミ。この毛皮の服は仕方なかったんだ。前に貰った服が朽ちてから、死にゆく熊から毛皮を貰ったけど、僕が着ると毛皮が活きるから、血脂だけ綺麗に取れば腐らないし、便利だしずっと着てるんだ。そのうち熊になるかもね。」
子供は、ディナシー語で語りかけ、長く豊かだが奔放な白髪を撫で付けグウェインに微笑んだ。
「僕は女だから、身体を隠すのは当たり前でしょ?」
「そんなことは聞いてない。…もしかして、伝承に伝わる森エルフか?」
グウェインは戦慄した。伝説があっさり目の前にいる。
「そうだよ。伝承になるくらい、僕達の時間は経ってしまったんだね。」
サリアは寂しそうに下を向いた。
「すまないが、ここにゴブリンの一行が入ってきたはずなんだ。私と狸人と平地エルフも探しにやってきた。心当たりはないだろうか?」
「狸人って何?そいつとディナシーと平地エルフがゴブリンなんかを探しにきたの?嘘でしょ。」
サリアは口に、開いた手を当てた。心底驚いているらしかった。
「嘘ではない。そのゴブリンは私達の仲間だ。知っているなら案内して欲しい。両方ともだ。この森の幻術は、その、サリアさんのやったことだろう?」
「迷い森は迷い森だよ。道案内をしてあげる。でも、ゴブリンと仲良しなのは本当?」
「本当だ。ドグ達は特に気のいい連中でな。」
「話しながら歩こう。こっちだよ。」
サリアはグウェインの来た道を指さした。
「分隊長殿。これ以上はもう歩けないです。」ラグが地面に尻をついた。
「水筒の水もなくなり、飲まず食わずだからな。無理もない。」ドグは考え込んだ。
「ぐるぐる回っているのか?木に近づくと種類がまるでか変わっている。」
「俺達森に騙されてますよね。」ギガは入っていない水筒を逆さにして、残っていない水分をとろうとした。
「おーーい!ドグーー!」グウェインと毛皮を着た子供が遠くから忽然と現れた。
「副隊長ーーー!こっちゴブーー!」エルフ語を訛らせながら、分隊は喜びで溢れた。皆で大きく手を振り、力を振り絞ってグウェインの元に駆けつける。
「良かった!生きてたな!探したぞ!」
グウェインとドグが手に手を取って喜ぶ姿に、サリアが赤い瞳を逸らす。
「何か、いいなぁ」森エルフ語でポツリと呟く。
「副隊長殿。この子は?」ラグが尋ねる。
「この方はサリア・ギルミアさんだ。森エルフで案内してくれた。」
分隊が皆目を丸くする。
「と、とにかく、感謝いたします。」
ドグの差し出した手をみて、サリアが躊躇する。
「平地エルフ語が分からないか。有難うと言っている。」
グウェインがディナシー語で解説する。
「あー、アリガトウ。」
ドグが片言のディナシー語で感謝した。
「!」サリアの透き通った白い肌が高調する。
「顔の崩れた人達みたいに、森を踏み荒らしたから殺そうと思ってたのに。」
森エルフ語で呟くと、握手がわからず手を両手で取った。
「アリガトウ」「アリガトウ」
ドグ以外も声をあげる。
ゴブリンからまさかの感謝をされ、サリアは世の中の価値観がかわったことを知った。
「これからどうする?分隊全滅したんじゃないか?」
「あの化け物に?なら、御主人様の元に帰らないと。」
「亡骸だけでも弔えないのは残念です。」
「レンジャーの俺でも、もうお手上げだ。道が分からんぞ。」
ワイワイとした話し声の前に、グウェイン達が顔を見せた。
「副隊長だ!ゴブリン達を連れてるぞ!」ダニエルが気づいて指差し声をあげた。
「流石だ。空からみつけたか。これで助かったな。」オラフがホッとした顔をする。
「隣の子供は何者でしょう?まさか…。」スノリが円十字のタリスマンを僧衣から取り出し、口づけをした。
「皆、紹介する。」
グウェインがサリアを紹介すると、ダニエルとレンジャーはゴブリンより目を丸くし、スノリは祈り、ダンキチはズズイとサリアの目の前にでた。
「オラの名前はダンキチ。言葉通じますか?」
ダンキチはとびきりの笑顔で話しかける。
「キミ、僕のタイプ」
サリアは背伸びしてダンキチの頬をムニッと触ると、恋する乙女の顔で赤くなった。
何ィィィィィィィィ!
スノリが生まれてこの方あげたこともない叫びが、迷いの森の中にこだました。




