原生林
遊撃隊が、ミモザから北のタンブリ、リリバリーを完全に陥落させ正規軍が各都市を占領した頃、秋がやってきた。この地形は起伏と共に森が多く、西方世界の原始林があって珍しい動物と共に少数高等民族である森エルフが住まうといわれている。
森は畏れ多いため食料を求めて動物の狩りや植物を摘むことすらしてはならない禁足地になっていた。
だが、ハイウルグとしては知ったことではない。森に進行したハイウルグ隊は、森の中に消えた。
他のハイウルグ部隊が、大量の同種の死体が野晒しにされているのを発見したが、外傷も分からないほど損壊していた。
周囲を探索したが、ついには肉食獣のせいなのか森エルフのせいなのか判別できず、森エルフの存在を証明できなかった。
遊撃隊は誤って森に入らないように、特にゴブリンは森に入らないようオーナを通じてキツく司令があったが、あるゴブリン分隊が森の中に消えると、程なくして捜索隊が結成された。
「御主人様、オラも捜索隊と行きます。森エルフがいても、翻訳機で話せるかも知れません。」ダンキチはウズマサの役に立てるよう便利役に徹した。
「伝説の森エルフがいるのなら、捜索隊にゴブリンがいない方がいいでしょう。600年前は全ての種族が協力し、その中で森エルフは不思議な魔術を使ったと言われています。その上、物の本では彼らに寿命がないとされていますので、遭遇すれば暗黒神側の種族だった我が信者達の身が危うい。私もついていきましょう。エルフの古語にも通じておりますので。」
僧侶戦士スノリが指で円を描いて十字を切り、メイスを手に捜索隊に加わる。
教義上、月の女神の実在証明につながる森エルフの探索と保護は大いなる使命に挙がっていたが、それよりもスノリの動機として、スノリの元で洗礼を受けたゴブリンの信者も部隊にいるため放っておけなかった。
スノリは接ぎの入った茶色い僧衣と尖ったフードを後ろに垂らした、頭頂部の白髪を剃った赤貧派の僧で、他の僧のように賭博の胴元に加わらず禁欲を貫き、治癒魔法と他利主義と深い教養で隊の良心として人気があるが、善意の寄付頼みで収入が少ないためこの時代の堕落した教会からは変人扱いされていた。
「ま、僧侶スノリがいくなら俺も行くかな。」エルフ接近戦隊のダニエルが、普段温和なスノリの命がけを決意した姿に肩をすくめた。
「それなら、某も行きたい。」
話を聞いて、ウズマサは自分から動こうとした。
この頃のウズマサは戦場で犬の頭とチェインメイルの上に着た赤い阿島鎧と兜が目立つため、前線で戦う姿に大将首を狙うハイウルグが殺到していた。
勿論、治癒を受けながら全身に傷が沢山できたが、犬士の魂である頭部は兜のおかげもあって傷ついていなかった。それだけウズマサは犬豪として優れていた。
「隊長は失踪した隊以外の皆を守る義務がある。常に前線に出て戦う姿に誰もが鼓舞されてきたが、この隊も大所帯になった。そろそろ後ろで指揮をとるワタシの身にもなれ。」
オーナがウズマサを止めた。隊長と副隊長が死んだら、エルフとゴブリンとディナシーの関係まで破綻して、この隊は簡単に瓦解する。
特にウズマサはハンフリーとの強いパイプがあり、雀の涙のリファール国庫以外はウズマサの後ろ楯にいるハンフリーの資金頼りだ。
「大将になる責任、か。突進するだけでは務まらんか。務まらんよな。」ウズマサは烏帽子の下の頭を掻いた。
「だから、私は騎士団長でも隊長でなく、副隊長になりたかったのだ。おかげで自由にやれてるよ」グウェインはお得意のウインクをした。
「今後は突撃癖を控えて、大将やここぞという敵の首を狙うのだな。ミモザ戦で大将の首を譲ったろ?そういうことだ。」
「ぬー。」
ぐぅの音もでないが、変な声が出て肩を落とすウズマサをグウェインが笑った。その時は危ない場面だった筈のオーナも、腰に手をあて笑った。
捜索隊が原生林に入った時、紅葉する木々や緑を保つ木々が混ざっている森に独特の寒気を感じた。季節だけではない。誰かの視線を常に感じる。一定間隔に生えた木と枯れ枝や落ち葉しかない空間が広がる。
「木に目印でもつけないと、何だか方向感覚がおかしくなる。何だ?この変な感じ。」ダンキチは槍を肩に鼻を鳴らした。森の緑の香り以外に、雑な臭いがない。獣人の嗅覚はエルフより遥かに鋭く、近くに大きな獣がいれば臭う。身体が警戒していた。
「針葉樹と広葉樹が仲良くしている時点で、ここは恐るべき禁足地なのですよ。」スノリは木に触れたが、水を吸う鼓動や錯覚を感じそうになって手を離した。
「成程、これは迷うな。上空まで飛んでみよう。」グウェインは霊馬を召喚し、空を駆けた。
木の背を追い越すも木々の枝葉で緑が密集しすぎて、地面が分からない。霊馬を操り地面と遠くがぎりぎり見える高度まで下がり、幹を避けながらゴブリンの痕跡を探そうとする。途端に、捜索隊のいる場所を見失った。
「真っ直ぐ上に上がったのに、下に誰もいないだと!?そんな馬鹿な。」
グウェインの焦る声は森の中に消えた。
捜索隊は当初、草が踏まれ枝が折れている所を辿って捜索したが、進むうちに森に慣れているはずのエルフの熟練レンジャーオラフが違和感に首をかしげた。
進めば進むほど、異様な雰囲気が漂った。
「緑が濃くて暗い。集団であった地面の足跡も薄くなっていってる。腐葉土で柔らかいはずなのにだ。我々の足元もそうか?こんな森は初めてだ。友人のドグ達を助けたくて入ったが、神聖な森に入るなんて無謀なことはしなければよかった。」
「おーーーい、捜索隊だーーーー!助けにきたぞーーー!ドグどこだーーー!」ダンキチが大声をあげると、一行は驚いた。
「突然叫ぶな狸野郎。」ダニエルは耳を指で押さえた。
「オラの翻訳機でゴブリン隊だけでなく、森エルフまで通じるか試してみた。返事がほしいな。」オラフの後悔の独り言を吹き飛ばす様に大声をだしたとは言わなかった。
「なぁ、あれ。」エルフレンジャーのブライアンが何かを見つけた。洞窟だ。入り口側には追跡していた沢山の足跡が中に続いている。
「足跡はあの洞窟の奥へと続いているぞ。」
「ゴブリンの巣穴式住居とちょい似てるな。にしてもデカすぎるが。」ダニエルは喧嘩剣カッツバルゲルを抜いた。
「松明つけて中に入るか?」
「文明の利器、ランタンもつけましょう。」スノリが腰のメイスを取り出す。
「その前に返事があるか叫んでみます。おーーーい!ドグ!ラグ!ギガ!ベッジ!グラン!ワッパ!皆いるかーーー!」ダンキチがゴブリン語で呼びかけたが、返事はない。
「限りなく危険な場所だな。」オラフとブライアンも剣を抜き、槍を構える。
と、
「ホンボラソモベル、ペトリフィカス」
中から何といっているかわからない大声が聞こえ、洞窟から黄色い旋風が一行を襲った。
「いけない!鼻と口を塞いで!」
スノリが袖で口元を隠しながら叫ぶ。
魔法性の麻痺ガスだ。二人のレンジャーが魔法にかかり、全身の筋肉を無理矢理収縮させられて、その場に倒れ込み除脳硬縮のポーズで麻痺して動けなくなった。
「クソッタレ!」ダニエルは耐えた。
「何だ!あれ!」上手く防いだダンキチは中から出てきた獣に恐怖した。
それは熊に似ていた。大きな頭がフクロウで身体は熊。原生林に住むオウルベアと呼ばれるキメラだ。麻痺させた所で生きてる相手を踊り食う。
「NANDA、ARE。エエエェ。」嘴を開いたオウルベアがダンキチの阿島語を繰り返し、巨大な体躯を持ち上げて立った。
カカカカカカッ!
オウルベアが嘴を鳴らし威嚇した。
「この!」ダンキチが槍を構え突く。
「っらぁ!」ダニエルが突っ込み剣を振って切りつけた。
オウルベアは槍と剣撃を身体に受けながら、熊の爪を振り下ろし接近したダニエルの頭部から胸板にかけて凪いだ。
爪は帽子の様なヘルメットに当たり頬を切り裂き、着飾ったプレートメイルの胴を打ち付け、ダニエルは衝撃で地面に倒れた。
「せい!」ダンキチは再度穂先で突きながら、ダニエルの側まで近づくと、オウルベアの顔面へ槍を突きまくった。
バァァァァァァ!
オウルベアが独特の鳴き声をあげて怯む。槍をまた素早く構え直し、半身をとって穂先で威嚇した。
「この!この!」巣穴に戻るように穂先で誘導する。
「…満月の顔見せる女王よ。命の君よ。貴女の御言葉をもって。狂った身体を癒やしたもう。」スノリは聖書の詩篇、祈りの言葉を唱えながら一人一人の身体に触れる。スノリの盆の窪から後頭部をこえて白い輪が浮かび、左手からでた虹色の光が麻痺した者の身体を包む。
「っ?っ!?」
オラフは声にならない声をあげた。
聖者の輪だ。癒やしの呪文を唱えたとき、何も見えず暖かな感覚だけで傷が癒えていくのはあったが、視覚で光の輪が見え、癒やしの手とよばれる治癒術で手が色鮮やかに光って見えるのは初めてだった。
癒やしの術を使える僧侶は限られている。逆に、教会の隆盛のため、そういった僧侶ほど寄付や金銭を要求するのだが、『変わり者』のスノリは違った。
「良し。」
スノリは左手を引っ込め、術で体力を消耗しずっしりと重くなるメイスを握りしめ、ダンキチが辛うじて防いでいるオウルベアに勇気を出す。
「スノリさん!」同じく聖者の輪を見たブライアンが激しい筋肉痛に喘ぎながら落ちた槍を掴む。
「ダンキチさん!」
「ダニエル殿を頼みます!」
「分かりました!」
バァァァァ!
「巣穴へ帰れ!」
ダンキチが必死に威嚇する。突いて簡単に殺せる様な生半可な相手ではない。
トロルを素早く倒す技をウズマサに聞いたことがある。まず大きさに臆さない事、人体と急所が同じである事等など。
(熊の急所なんて知らねぇだーーー!)
浮かんだ考えを振り払うように槍をしごく。
足元のダニエルをスノリが掴んで引き寄せる。オウルベアが倒れたダニエルを掻き出そうと爪と牙でダンキチの足元含めてさらってきた。
「だー!」低く前傾してきたオウルベアの首元目掛けて槍で突く。首を刺すと即引いてまた突く。
カカカカ!
苛立ったオウルベアが槍を嘴で折ろうと首を伸縮させる。
時間がダンキチに味方した。程なく、スノリがダニエルの鎧下の内出血や臓腑の痛みを治した。
意識の回復したダニエルが治癒で塞いだ頬の爪跡を擦った。
「すまねぇ!ダンキチ!」
カッツバルゲルを手に復活したダニエルが半身剣でオウルベアを突いた。
「俺が引き付ける!ダンキチはあのデカい目の中に槍を突っ込め!おらぁ!」フェンシングのように剣を運足し、突いては引きを素早く繰り返した。
「よしゃ!」ダンキチが眼を狙って頭を槍で何度もついた。
バァ!バァァァァ!
左眼が血まみれになったオウルベアが負けを認めたのか、地面を全身の血で濡らしながら洞窟にじりじりと後退していく。
「俺達も背を向けずに引くぞ。」
「すまん。回復した。」「スノリさんを守れ。」
二人のレンジャーがヨロヨロと立ち上がり、スノリの前に肩を並べて武器を構えた。
オウルベアが洞窟に逃げ帰っても、ゆっくりゆっくりと後退りして、充分距離をとって全速力で逃げ出した。
「ハァハァ。あの化物は追ってこないようですね。これは奇跡です!」全力疾走後、息を切らしてスノリは膝をつく。
「スノリさん。聖者の輪を顕現なさった貴方こそ奇跡です。ゼェー、ゼェー。ゴホッ。」オラフがむせた。
「私があの聖者の輪を?いつもやるように、治癒術で皆さんを助けただけですよ。」
スノリはそう言いながら、息を整え深呼吸した。
「足跡なんだが、本当にあの怪物の洞窟に続いてたんだよな?」
スノリと違って鍛えているダニエルは、ダンキチとともに捜索隊のしんがりについていた。息もさほどあがっていない。
「確かに、何故か段々と地面のめり込み具合が薄くなったが、足跡はフクロウ頭のいる洞窟に続いていた。入り口をこえて奥まで続いている感じだった。まったく、どうなってるんだ?」
ブライアンは原生林の手強さに目眩を覚えながら、ダニエルの胸のプレートメイルに小さな穴があき、凹んでいるのをみて戦慄した。




