手紙と開墾と部隊と髭と
ミモザから北上して暗黒領を攻勢をかけている遊撃隊のパトロンとなったハンフリーは隊長への出資を公言した。
正規軍より遊撃隊の方が役に立つという評判を浴びて議会で発言力を伸ばし、公然とは『先見のダービー伯』『預言者ダービー伯』と言われていた。
裏では皮肉で、ペットの従者ダービー、ゴブリンの友達ダービーなどと呼ばれていた。本人は全く意にかえさなかったが。
当初から、ハンフリーはウズマサからの近況報告の手紙を読んでは、暇をみつけてアドバイスや文通をしていた。
口の固く早馬を使う使用人を雇い、手紙をグレイ越しに渡す。息子のトマスが一度短く会っただけの『優しい犬人のウズマサおじさん』を気に入りすぎて文通は内緒にしていたが、我儘や癇癪を起こした時の決め台詞に、ウズマサおじさんがトマスを嫌いになってもう二度と会えなくなるぞ、が暫く効いたのに父親として嫉妬していた。
トマスが友達を欲しがってても、貴族は傷つけあって幾らの世界。読み書きや学問は弟や妹と共に家庭教師らに任せていた。
だからこそ、自分を対等に見てくれる友達に飢えているとは考えていなかった。目上と目下しかいないと孤独に感じるものだ。
ウズマサへの手紙は実務以外に、思い切ってトマスの事まで書く事が増えた。
ウズマサの手紙は文体は修辞的表現が少なく簡素だが、初めて返信した手紙に一々季節の挨拶や元気かどうかを聞くのは結構と書いたところ、前略ご機嫌ようと枕言葉を短縮したようなエルフ語を書いて寄こしてきた。
異文化だろうが面白い。
リファールは投票の結果、ゴブリン首長の受け入れを拒否したが、人肉を食したくないゴブリンが隠れて溜め込んでいた食料を公に開放し、街や村で無償の炊き出しをやると、食料事情が劇的に回復してきた。
それでも不足しがちであるため、約束通りモンシロ族やティダ族を筆頭に多数のゴブリンが人夫として開墾農民と共に、ハンフリーの土地の開墾に精をだした。
丘や森を切り開き、川をせきとめたり流れをかえたりして畑や住居に変える。
小麦は勿論、ワイン用のぶどうやジャガイモ、玉ねぎやキャベツといった野菜だけでなくハンフリー肝いりの野菜キュウリなども貴族用に栽培され、それらは取引され金となって還元されていった。
新鮮なキュウリは温室栽培もされる高級野菜だ。
紅茶のお供にキュウリの浅漬をパンで挟んだダービーサンドは貴族の間で富の象徴として流行った。経済的に紅茶の葉を渋る貴族は紅茶を濃く少なく牛乳を多目に入れるミルクティーが流行ったが、ミルクの元の牧畜産業もハンフリーの手の内であった。
食料でまず経済がまわり、鍛冶や製鉄は他の土地よりおぼつかずハンフリーの投資が必要だったが、商業まで漕ぎ着けていく。
それらの費用の一部が戦争に、ウズマサの独立した遊撃隊に注がれた。首長がいればゴブリンはまず逆らわないが、エルフには僧侶がいるもののまだ影響が弱いため部隊で刑法が厳密化し、部隊内の犯罪には街の刑罰よりも厳しく取りしまっていた。
ウズマサやグウェインだけでは手がまわらないため、正規部隊程細かくないが、小隊長や分隊長が設けられ、細分化していった。ゴブリンのファランクスはこれで身軽になり、特にチームワークに秀でるマグ小隊が戦力として取り上げられた。
マグはオーナを救ったゴブリンの英雄扱いされていて、マグ自身はそれだけの事をやってのけたから当然という顔をしていた。
彼はディナシーのケインに頼んで、大声の号令でなくよく響く太鼓にかえて特定のリズムで陣全体を移動させた。所謂、行進曲である。
魔王軍は少しずつ劣勢になっていたが、それでもハイウルグの量産スピードが増しており、兵の数は常に互角だった。
裏には相当な魔術師が、ひいては魔王代理が絡んでいると判断された。
ゴブリンが潮を引くように去った事で、ドワーフの王国ギザが出兵してタンジーを獲り、使者をリファールに送った。
使者であるドワーフは、議長との具体的な政治会談の次にエルフの女王ディアナに謁見した。ディアナは名誉名で、本名は別にある。永遠不滅である月の女神の代理とされていた。
「面をあげよ。」古式に則り、使者は片膝をついて頭を下げ跪き、言われて顔をあげた。
ドワーフの使者で貴族戦士のヨハン・バルドスは女王をみたが驚き思わず、自らの長い髭を手で触れ、慌ててまた膝に手を当てた。
月や光背を思わせる円を描く大きな伝統襟を巻き、王冠を被り白のシルクドレスに身を包んだ女王はどのエルフより高貴で美しいが、まだ顔が幼かった。
「議長よ。彼は何故驚いているのだ?」女王は不安そうに議長に尋ねた。
「使者に聞いてみましょうか。」議長ベルジックが尋ねる前にヨハンは口を開いた。
「驚くほど、とてもお美しくいらっしゃるので、世辞ではなく見とれてしまいました。」
「それはもしかして、世間でいうナンパというやつか?議長、妾はナンパされたぞ」女王はヨハンをからかい喜んだ。
「不敬ですな。ドワーフの王国では、魔王軍から奪った我々の土地を巡って内戦状態だそうです。我々平地エルフに返すのが筋でしょう。」ベルジックはヨハンとの会見で知ったことを女王にバラした。
「土地を取り返した事に感謝するとギザの王にお伝えを。しかし、議長の言うとおり我々に返して初めて、土地を取り返したといえるし、これ以上の感謝の言葉はまだかけられない。」議長の意見を丸呑みした様に反芻する姿をみて、ヨハンは傀儡の女王の住まうリファールと平地エルフの没落を思った。
暫く話したが、全て議長と話している様で埒が明かないため岩を思い浮かべ、声のする壁と話した。
謁見が済んだあと、ヨハンは溜息をついて自慢の髭をいじった。
(聡明なる髭アーダム王に何と言えばいいのか?)
山の中に篭もれば、魔王と戦うと息巻く意識が薄くなる。
ギザ王国は山の中の最大王国だが、それでも鉱山の資源を巡り最小単位には家と家、大きくは国と国で内戦が勃発している。
そちらの方に危機感を持つし、魔王軍が攻めてきて銅山を獲った時は慌てたが、タンジーからあれだけ攻めてきていたゴブリンの大群が何故かある時を境にハイウルグ相手に反乱を起こし、その後、潮を引くように戦場から去った。
アーダム王はこの原因を探ろうとした。これを機に、タンジーの様子と共にそれとなく心当たりを議長に聞いてみると、「ゴブリンがどうした!奴らのことなど知らん!」と突然怒鳴りつけ不機嫌になり、もはや他の話題にすら乗らなくなった。
これは、明らかに何かある。不都合な真実を隠していると疑うには充分だった。
山々の外の情報を得ようとした。
山を追われたドワーフに名誉回復のおふれを出して呼び寄せ、外の詳しい話を聞くのが手っ取り早いが、それは斧にかけて王はお許しにならなかったし、それを進言した貴族は不敬罪で毛狩りの刑を受けた。
全身の毛を隈なく刈られるというドワーフ最大の恥辱刑だ。その後、刈られた男は貴族として体面を失い家から放逐され、山から去った。
(しばらくは情報収集にあたるか?それがいい。)
国王への反乱分子は抹殺されるが、議会による民主主義なら反議長の貴族が必ずいて、時々分裂をうむ。
そこが王政と比べて脆いとヨハンが思う所であり、強い王が自ら全てを決めるのが政治の王道と思っている。
しかし、王の莫大な権力が末端の役人まで届くとは限らないという点についてはヨハンは思い至らなかった。
信じるものは斧とつるはしとゴールドのみ
というドワーフの格言があるほど、ドワーフの上級国民はドライな側面があった。
(夜になれば歓迎の宮中晩餐会が開かれる。その時、言い寄ってくる貴族の中から情報を収集するか。ダンスがあるから席や椅子に座りっぱなしではあるまい。こちらから適当に裕福そうな貴族に話しかけても良い。または、この国にも道化師がいれば、そいつを金貨で口を滑らかにすれば、色々喋ってくれる。)
ヨハンは強かに策を練った。




