夕食会
夕日になるまでの間、あれこれと買い物や用事を終えたダンキチは、晩餐会に招待されてない己の腹を満たすため、ふかしたジャガイモを先んじて食べた。
ウズマサとマグはステフ主導で挨拶や食事作法について復習していた。マグはその上、エルフ語まで言い回しを復習した。
ウズマサは食事作法は復習に付き合ったが、握手というものには慣れなかった。
左手で右肘を掴み、右手でお互いの左肘を掴み合うという『握手』は存在していたが、右手同士で最初に軽く握手をする意味が分からなかった。敵意はないというつもりなのだろうが、右手で右手を制し捻られたらどうするのだろうか。
だが、作法は作法。出来るだけ失礼のないように理解を深めようと思った。
再び、ウズマサは馬に乗り、その馬はダンキチに引かれ、先頭に緊張のためか顔の青いステフとめかし込んだマグが歩く。
「侍烏帽子も靴も磨いたし、武具は衛兵隊が預かったし、口臭も売ってたミントの葉を噛んだし問題ないな。」ブツブツとウズマサが独り言をいう。
「着きました。馬から降りて下さい。どなたか手綱を持ってて下さい。」ダンキチはそう言うと、マグが手綱を持った。
ダンキチは今度は自信を持った足取りでドアベルを鳴らす。ノッカーを3度叩く。ベルとノッカーの2つがあるのは、屋敷が広いという言い訳にかこつけた誇大行為だ。
グレイがドアを全て開けて歓迎した。
「お待ちしておりました。」全員に向かって恭しく礼をする。
「御主人様、ステフ殿、マグ殿が来られます。馬は後で馬屋に案内して下さい。」
「かしこまりました。すぐに使用人が馬屋に案内致します。」
ダンキチは軽く礼してウズマサのいる所に戻るとマグから馬の手綱を握った。
「これで3人とも後は流れにのれば大丈夫でしょう。成功を祈ってます。」ダンキチは使用人に案内されつつ、3人に西方世界流に手をふってみせた。
「私より客人としてのマナーに詳しそうだな。」ステフは笑いながら、グレイの燕尾服を前に自分が流行や時代から取り残されていることを知り顔を引きつらせた。
マグは…肝が座っていた。シャツと黒のズボンと、今夜の名誉の為にゴブリンの針子による独特の白の刺繍の入った黒のウエストコートを仕立てて貰い、白のスカーフを巻いていた。少なくとも服に関しては、燕尾服の黒に似ているのもあってゴブリンゴブリンと馬鹿にされることはあまり無いだろう。
マグがツカツカと真っ先に歩き、後ろにドレスコードなど何も知らないウズマサが続き、面子のないステフが最後に続いた。
「コートをどうぞ」
「すまない」
「?」
翻訳機の影響で、ありがとうと言うところが、謝ってしまった。エルフ語では何に謝罪しているのか不明になり、本来意味が通らない。
「アリガトウ」
翻訳機に頼らずエルフ語で言い直し、ウズマサはコートをグレイにあずけた。同じく、ステフ達やコートをあずける。
「では、こちらからお二階へどうぞ。」
メイドに促されるまま、階段を上がる。夕食の間まで案内されると、恰幅の良い燕尾服にホワイトタイのエルフ紳士と、水色のイブニングドレス姿の貴婦人がいた。
「ご招待頂きありがとうございます。某がミナモトノウズマサで御座います。」頭を下げて礼をして、紳士に握手し、手を差し出した貴婦人の手の甲に接吻した。
「ウズマサさん。ようこそ我が屋敷へ。私がハンフリー・ダービーです。こちらは妻のジェニー。今晩は宜しく。」
マグはウズマサを真似ようとして、ジェニーが震えて手を出さないのに気づき、にこやかに礼だけしてみせた。
「マダム。恐ろしいゴブリンは、過去のものにすべく来ました。私からの忠義の礼を受け取って下さい。」女性を尊重する本来のゴブリン社会の一端を担いたいマグは片膝をついて手を胸に当て顔を伏せた。
男性から先に礼、ましてやゴブリンの礼など前代未聞だったジェニーはドギマギした。
「あの、その、」
「その『戸惑い』こそ友好の証です。マダム。」マグは立ち上がり、警戒しているハンフリーと握手した。
「私がゴブリンだと知っているのに、お屋敷に歓迎して下さったことに、お礼を申し上げます、閣下。今晩は宜しくお願い致します。」
「ええ、どうも。こちらこそ。」握手しながら、ハンフリーは苦笑いの様な笑みを浮かべた。
ステフは普通だった。ただ、どちらの都市の貴族で?と言われ、片田舎の没落貴族ですなどと口が裂けても言わなかった。
椅子をメイドが引き、全員が席の前に立つ。テーブルの上のグラスに赤ワインが注がれ、ハンフリーはグラスを手に持つ様な動作で指示した。
「では、今宵の特別な晩餐に。乾杯。」
「乾杯」ステフとジェニーが言い返し、皆がワインに口をつけた。
「ご着席を。」
後ろに控えているメイドに椅子を押して貰い、席に座った。
「今晩は椅子と机を後日新調しようかと思ったのですよ、甲冑の方が来られると思ってね!こんなに紳士的な方々とは思わなかった。」
「礼に始まり礼に終わる。こちらの世界の作法も多少教わってまいりました。」ウズマサがハンフリー流の冗談を受け流した。
「結構!今日は何と雉が入りましてな。」
ハンフリーは思わぬ客人の態度に機嫌が良かった。
酒が入り、料理が進むにつれ、ハンフリーは本題に入った。
「ウズマサさん。貴方はゴブリンを『躾』になった。どう調教したのか興味があります。」
「…。」マグは一瞬ムッとした顔をしたが、ウズマサの手前黙った。
「躾けるとか調教とかいう物言いは人が畜生にすることです。人は人。ゴブリンにも事情があり、当然エルフにもエルフの事情がある。ティリウス将軍と平地エルフの大多数が真の敵モンテンノーザを裏切ったゴブリンまで殺しているのは、非効率的です。」
「ほう。効率非効率で物事を割り切るのは、我々被害者の言い分を些か無視した非情な話ではありませんか?」
「貴方方が被害者というなら、モンテンノーザこそ『絶対悪』です。加害者であり倒すべきは魔王なのです。」月の女神の聖書を使って文字を勉強したウズマサが聖書の言い回しをした。
「絶対悪ですか?まるで僧侶の言い分だ。どこで覚えられましたか?」ハンフリーは好奇心の塊だった。
「勿論。貴方の国の聖書を読んだのですよ。お陰で、某は西方世界の精神とやらも学べました。文字ばかりは翻訳機では分からない。学ぶのに苦労しました。」ウズマサがアルカイックスマイルを浮かべると、ハンフリーは感心した。
「聖書をそこまで読み込むとは。洗礼をお勧めしますな。」
「洗礼なら私も受けたゴブ。失礼。受けました。」酔いが少し回ったマグが訛りついでに口を開いた。
「ゴブリンが洗礼!?僧侶はどなたです?」ハンフリーの質問は絶えなかった。
デザートの果物まで出たとき、どれほど裕福なのだろうとウズマサは思いながら、机上では阿島の話からマグの身の上話まで華が咲いていた。
「妻は首長を守って亡くなりました。名誉ですが、私は悲しい。私は未亡人になってしまったゴブ。」マグの未亡人という言い回しに、ダービー夫妻は同情するより苦笑いしてしまった。
「男やもめですか。お子さんは?」
「子供はいません。その前にモンテンノーザにさらわれてしまった。」
「それで、その、ゴブリンは人の肉まで食べるとお聞きしましたが、」ハンフリーはこの際だから聞きたいことを全て聞いてみたかった。マグは赤ワインで酔って饒舌になっていたが、乱暴になることはなかった。
「オーガ達と同じ扱いをうけてきたのは事実ゴブ。オーガの奴らが何を食べるかは言わないゴブ。私は食べなかったが、仲間の多くは【それ】を食べて正気を失って死んでいきました。」マグは酔ってほぼゴブ訛りになった。
「俺、もとい、私めには妻と首長に生きて再開するという夢があったゴブ。ミモザまで行くことを叶えてくれたのがウズマサ隊長ゴブ。今の首長が共にあるかぎり、私は隊長の側でモンテンノーザと戦いたい。妻達の無念を晴らしたい。そのために生きてる様なものゴブ。」涙が一筋溢れた。
「…成程。」ハンフリーは考えるように顎に手をやった。
「首長のリファール受け入れに反対する声が多くありましてな。投票でリファールへ受け入れるか受け入れないかを決める選挙集会が近々行われるのですよ。我が国は女王陛下を王冠として頂く民主主義国家ですからな。」
貴族のみの民主主義は民主主義国家とは言い難いが、そういうものらしかった。
「それで、ゴブリンについて知ってるかといえば、誰もゴブリンの事など知らない、知ったことではないという。はからずもマグさんを招待して良かった。選挙の参考にさせて頂きます。それで、ゴブリン兵の話ですが、」話はどんどん出てきた。
ハンフリー自身の話をすれば、領土である土地活用と海洋まで手を広げた商業で剛腕を振るい、モンテンノーザ復活の報を受けた時、いち早く何の栽培もしてなくて農業に適したと思える土地を、借金のある小規模貴族から次々買い上げ、人を使って小麦栽培や、貴族向けにキュウリの栽培をさせた人物である。先見の明あって、小麦や食料の価値が高騰し、今は莫大な利益を得ている。貴族であるだけでなく博打的な一面があるがうまくビジネスに手を出して儲けた人物である。
ここまで数時間、ハンフリーは食べるより澱みなく尋ねる方が多く、ワインで口を湿らせては喋り、食後皆を居間に移動させ貴重な中央大陸から運ばれ発酵した紅茶を振る舞った。
「香りが素晴らしいです。」ウズマサは一撃で紅茶の虜になった。阿島で口にした緑茶をふと懐かしんだ。
「そうでしょうとも。我が家の自慢ですからね。」
「失礼。子供達が寝ているか見に行きたいの。」ジェニーの夫への言葉に、ウズマサとマグがすぐに椅子から立った。ステフは慌てて立ち上がる。貴族女性に対するマナーとして起立したのだ。
「お客人は貴族の心得までご存知だ。行っておいで。」
「では、皆様。今晩は楽しかったわ。おやすみなさい。」
「おやすみなさいマダム」マグの邪気のない笑顔に笑顔で返して、ジェニー・ダービーは居間から去った。
「さて、」ハンフリーは紙巻きタバコを作ると火をつけた。
「諸君にある提案がある。」煙を吸って吐き出すと、匂いに敏感なウズマサは、何だこれは、と鼻白んだ。
「実は、魔王討伐について、ティリウス公爵の軍隊というより、諸君ら遊撃隊を独立部隊とし、私が部隊の直接のパトロンにつきたいのだ。」
「それはどういうことですか?ダービー閣下。」ウズマサが尋ねるとハンフリーは相槌をうった。
「海洋まで進出して国家貿易の一端を商売させて貰っている身として感じたのは、世界は沢山の異なる種族で溢れているということだ。エルフの民は殻に閉じこもる。それでは真の強さは生まれない。つまり、公爵のエルフ頼み魔法陣から派兵されてきた少数兵士頼みでは、魔王軍に対しては対抗できず悪戯に市民を犠牲にするのだよ。今までそうだった。そして、ウズマサさん達混成遊撃隊が現れた。多様な戦士多様な兵そして敵を味方につけるなどの柔軟すぎる発想。これこそエルフ生き残りの道、魔王を退治する剣とみた。だから、国家への忠誠として私は諸君らに出資し、諸君らがモンテンノーザを討つ手助けがしたいのだ。」
続けてハンフリーは、煙草をふかしながら語る。
「鍛冶ギルドをまとめ上げ、武器やヘルムなど大量生産してきた武器商人は、確かに需要過多で儲けたが、鉄資源の都合で今や儲からなくなってきた。私の危惧していた戦争飢饉になって、備えてきたが、それでも私がすすめてきた農業事業や従来の土地でやっていた牧畜産業まで危うい。つまり、財政面でも資源でも、私だけでなく国家全体で戦争を続けるだけの体力は最早なくなってきているということだ。金はある。だが、それが尽きれば我が家は没落してしまう。だから、その前にかたをつけたい。そのための出資だ。対価として兵でないゴブリンを、私の領土、私の丘や使えないと言われた土地で労働力として開墾農業をさせたい。今夜呼んだのは、そうした取引のためだ。」
「それなら、ティダ族やモンシロ族がいい。」ウズマサはオーナとの交流によりゴブリン12氏族を把握しつつあった。
「賛成だ。ティダ族の『緑の友人』はエルフの村々で役にたってるし、モンシロ族は農業や土地の開発に興味がある。許された土地で開墾となればモンシロ族がまず飛びつくだろう。」マグがふかふかの椅子の心地を確かめる様に座り直して喋った。
魔王軍からの開放後、既存のゴブリンの首長が民族的頂点である事にかわりは無いながら、平地エルフの民族のものだった月の女神に改宗し洗礼名を持つ、『平地エルフの常識』に従うゴブリンが出始めた。
共存派のティダ族の戦士は特に洗礼を受けたがり、僧侶戦士はこれを許した。額に月の女神を指す満月に十字架のタトゥーまでいれ、平地エルフの味方を名乗る者はエルフ語で『緑の友人』と呼ばれた。
「族?ゴブリンは皆一枚岩にゴブリンではないのか!?」
ハンフリー達の国家の意思決定を担う貴族にとって、それらは知らない話だった。
話は進み、具体的に支援と部隊の独立をハンフリーから首尾よく保証を受けた時には、夜もふけていた。
客間で就寝しないか、とハンフリーが好意を示した。グレイを呼び、「客人にベッドを」の一声でウズマサ一行はベッドメイキングされた部屋に通された。
ウズマサがダンキチの行方について尋ねたら、空いた使用人部屋に仮眠と称して寝ていると言い、厳格なグレイがグレイらしからぬ楽しく笑む様な顔につい筋肉が動いた。ダンキチが使用人相手にあれこれやったらしい。
ウズマサは客間のふかふかのベッドに横になると、柔らかい枕に顔を埋め、交渉成立したことをシーツにくるまり喜んだ。




