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犬豪伝〜ミナモトノウズマサ異聞録〜  作者: 星一悟
第二幕 西方世界編
39/81

裏切りは飴が溶ける様に

当初、遊撃隊はマグの情報に基づき、ゴブリンのみで構成される小規模部隊の説得から始まった。

ゴブリンは独立した仲間だと捉えやすいように対等であることを示すため、マグ達は鉄の武器で武装し、『和解』という文字の白旗を掲げ、説得交渉にあたった。ウズマサ達のアイデアである。


この時点でクライの如く場所を明け渡し無血降伏するゴブリンが多数出た。

日和見で服従していたゴブリン達、そして、部族間のイデオロギーの違いから蜂起のタイミングを失っていたゴブリン達が、味方に転んだ。


少数でのゴブリンによる敵地偵察、ゴブリン以外の種族の確認、中にはゴブリン以外の種族を上手く暗殺する者も多数現れた。

首長が殺されない様にするため、ゴブリン達は敵も味方も沈黙を保った。遊撃隊の噂はゴブリン間ではタブー視され、マグ達を裏切り者と勘繰かんぐる者も当然いたが、腹の底では魔王軍からの開放を夢見る希望になっていた。

ミモザに着く頃には、ウズマサの案で、都市開放した場所での食料配給の約束が果たされ、魔王軍の角のあるドクロの黒旗でなく、連合軍の600年前と同じく赤い薔薇が描かれた旗の模倣で、炭で薔薇が描かれた布をポールに掲げてゴブリンによる炊き出しを行い、エルフ志願兵がこれを近隣のかろうじて生きている人々に宣伝した。

面子を潰されたのは貧困と飢餓を食料難を理由に無視していた月の女神教会だった。心ある平地エルフの僧侶が遊撃隊の話を聞きつけ、志願兵となりゴブリンの炊き出しの保証人、つまり確実な安心材料となって民に宣伝すると、難民らや飢餓にあえぐもの達は村々を問わず殺到した。


オーキデンス地方の歴史上初の敵対種族同士の和解への布石が築かれようとしている。


首長のいるミモザへの最短ルートを通りながら、破竹の勢いで進んでこうなった。

(人が善から悪に転ぶ様がこの世で最も最短ならば、敵が改心し周りから味方と呼ばれる道はこの世で最も険しい。宗教の助け、被害者の許し、そして共通の敵の存在、飯。色々重なって絡み合って初めて実現不可能を可能にしうる…)

阿島の将棋の論理が、魔王に対する裏切りという革命の形をとって、ゴブリン達が反抗作戦に出たのを、ウズマサは戦略が上手くいったかもしれないと思い始めていた。


グウェインがウズマサを隊長にすえ、敢えて副隊長に自分がなる事を提案した時、虎族はこれに反発したが、鬱病に近い心情のドンウクが虎族の前でなだめ、結果ウズマサは隊長の座についていた。グウェインはウズマサの中に何か才能の様なものをみたらしい。


「隊長。」すっかり隊長と呼ばれる事に慣れたウズマサは、右腕の様に活躍するマグからの報告を受けた。

「首長のおられると判断していたミモザですが、街全体が女達の牢獄と化してました。中はオーガで溢れ、女達は、逆らう者は食われ、」報告に嗚咽おえつが混じった。

「偵察部隊の話によれば、12氏族の首長の内、ダーンガーンなど略奪肯定派の、魔王に組する荒事部族まで含め、じゅ、11部族もの首長が、モンテンノーザの、あの魔王めの、手によって、我々の蜂起より前に、既に殺害されていたとの事。あぁ…、首長様」最後は声をあげて涙が止まらなかった。

「その様子ではマグの首長もか。残念だ。助けになればと思ったが。」ウズマサはマグの行間を読んで寄り添った。

「俺の妻は、最後の首長を守って、立派に討ち死にした、と、個人的に報告が。俺達は、何のために…」

「愛する者のため最善を尽くしたのだろう?なら、それを貫き通すのが役目ではないか?ここで折れては全てが台無しになるぞ。悪いのは全て魔王のせいだ。踏ん張るんだ。」ウズマサはマグを励ました。

「ウズマサ殿。下調べは終わりました。敵はここまで来ると予想してなかったのか、オーガと長であるハイオーガのみ。壁をはしごで登り、オーガやハイオーガを討つのみです。命令を…命令を、下さい!俺達はミモザのいるオーガ共を皆殺しにしないと気がすまない!」マグは復讐と怒りに燃えた。

「元よりそのつもりだ!」

ウズマサは簡易テント内外で聞き耳をたてるゴブリンや部隊員の気配を感じて、堂々と声をあげた。

「人食い鬼に情けは無用!ここを落とし、女達を救うぞ!ときの声をあげてミモザ戦を開始する!」

「はい!隊長!」

ウズマサが簡易テントを出た時、ダンキチ、グウェイン、犬士、虎族、平地エルフ、ゴブリン皆がテント近くに集まり、鬨の声を待っていた。

「テントの中を盗み聞きするなよ。」

ウズマサが気安い口調で皆に言うと、兵達は皆で苦笑いし、笑顔を浮かべた。ウズマサはどうやら演出力があるようだった。

「よし!皆!いつも通り勝つぞ!いくぞ!」

「「応!」」


「エイ!」「エイ!」


「「「オオォ!!」」


定番となった閧の声を、皆であげた。拳をあげ武器をあげ、気合いを入れた。


次に、弓隊の一斉射撃が始まる所をグウェインの霊馬が飛び、はしご隊が突撃した。

オーガは弓矢を扱う知能がないが、皮膚が厚いため精々軽く怪我した程度で終わる。しかし、街の中にいるゴブリンの女はそうはいかない。全ては人質を奪還するためだ。

部隊の者が街の石壁にはしごを設置し、一斉に皆で駆け上がっていく。リーダーらしいオーガの命令ではしごを落とすオーガ達だったが、時既に遅かった。

「おらぁぁ!」一番乗りしたゴブリンの男達が、手に手に武器を持ってオーガに飛びついた。

鉄の杭を打ち込んだ棍棒でなぐりかかるもの、鉄剣や槍で相手の皮を貫こうとするもの様々だった。

「ビォオオオオオオ!」

ウズマサがはしごを登り終え息を整えるや、肩から抜き技で眼の前のオーガを紙の様に切り裂いた。神さえ斬れる隕鉄銀がオーガの皮膚を肉を骨まで切り裂き両断した。

「押せえええぇ!門を開けるんだ!」

掴みかかり人食いの牙で噛もうとするオーガ達を、八相の構えから次々と切り倒し、ウズマサは叫んだ。

ゴブリンとエルフは肩を並べて階段を降り、街の内側にかかった門をこじ開けることに成功した。


門から遊撃隊の兵士達が殺到する。


「首長のいる奥へと進め!大将首は某に任せろ!」

ウズマサは部下の兵の勢いに負けじと全力疾走で街の中心へと進む。

街中にいる女達が恐怖の悲鳴を上げたが、ゴブリンの男達がやってきたのを見ると、悲鳴が歓喜の声にかわるものもいた。

ゴブリンの女は皆、言われなければ分からない位薄い緑の皮膚で背が低く、可愛らしいと思える子供の様な顔と尖った耳と、茶赤黄色と如何にも妖精然ようせいぜんとした色の豊かな長髪をしていた。皆、元の住人の服をブカブカながら着回しし、汚れた麻の服を着ている。


「あんたゴブー」「お前ゴブー」

ゴブリンの中で夫婦が奇跡の再会をしたらしく、叫び声の様な喜びの声を聴きながら、ウズマサは首長がいるという屋敷に急いだ。ハイオーガが残った首長を殺さないとも限らない。


実際、ぎりぎりだった。


ウズマサらが屋敷らしき大きな建物が目についた時、建物の側で、部族首長が短剣を手にハイオーガとグウェインと両方に相対していた。

グウェインはマグ達が持っていた旗の言葉を書いた布を左肩に巻き付けていたが、首長は信じなかったらしい。


「そこのハイオーガぁ!某が相手だ!」

大声をあげてゴブリンの男達と競争するウズマサを見た、短剣を持ったアドイ族の首長オーナが呆気にとられた顔をする。

「遅いぞ!ウズマサ!エルフにゴブリン部隊衆(ぶたいしゅう)!」グウェインが左腕をあげてみせる。

「そこのハイオーガ!某は、ミナモトノウズマサぁ!名を名乗れえぇ!」

「ウズマサとは貴様か!裏切り者だらけにしたのは!俺様はバッチ!貴様の腹わたを食らってくれる!」

殺害宣言の後、肉食獣の毛皮を鎧にしているハイオーガの闘将バッチは、棘のついた青銅の金棒を軽く振り回した。

「ビォオオオオオオオ」

走りながら藤一文字を掲げ、バッチへ勢いをつける。ハイオーガにフジノカタを試す時がきた。


「チッ!」

グウェインはバッチの姿を見て集まってきたオーガどもに舌打ちした。

「バッチとやらはウズマサにまかせて、周りのオーガどもを蹴散らすぞ!」グウェインの叫びにゴブリン男達が、応!と答え、エルフの矢が声を無視してバッチに飛んでいった。

「ふん!」

飛んでくる矢を棍棒で払う技量の高さをみせ、藤一文字の隕鉄銀の輝きを前に、棍棒を振りかぶるような構えの姿勢を見せた。

「ウジュマサー!」怒鳴ると共に棍棒を振り下ろす。

「ワオ!」

棍棒の振り下ろされた導線と自分の体とを出来るだけ交わらない様に身を伏せつつ、刀の波紋の所で敢えて受けた。凄まじい衝撃を殺さず柄を回し流して刃を回転させ、バッチのいない空間で一回転させると、再び右手で柄を握りこんで、左手を刀の棟区(むねまち)の辺りに添えて一気につきこんだ。

(フジノカタ!回しの突込み!)

アクロバティックに動く藤一文字の刀身がバッチの身体に吸い込まれ、貫いて止まった。

「うおおおおお!」ウズマサは身体を密着させ、こんどは左手でバッチの服を握り込み、刀身をひねった。

「グワァァァ!」

バッチは悲鳴をあげながら頭を思い切り前進させ、牙でウズマサの右肩に辛うじて噛み付いた。信じられない顎の力が、肩当てを砕きチェーンメイルを貫通し、牙の先端が皮膚をさいた。

「ぬうぅ!」牙の威力に戦慄したウズマサはバッチの股間を右足で何度も膝蹴りし、やがて前蹴りし、両者の身体は離れた。


藤一文字を上段に構え、振りかぶる姿勢のバッチの動きに対応する。

バッチが棍棒を振り下ろせば刀でパインドし、毛皮の紐の巻かれた小手を切り裂き、引けば前に進んで横振りをフェイントに上段縦振りで首を狙った。棍棒を受けたとみるや、棍棒に沿うように刀身を滑らせ、柄でバッチの正面と顎を何度も叩き打つ。

「ぬう」

滑るようなウズマサの剣技に、バッチの棍棒術がいなされ、バッチは出血で力が入らなくなってきた。バッチが弱るにつれ、ウズマサは棍棒をサイドステップで躱しては、隙を見つけて突きをいれ捻り込んだ。

首、脇、手首、内腿まで刀身の先で一気呵成につくと、バッチの棍棒が手から離れ膝をついた。バッチは眼の焦点があわなくなった。

「糞、貴様の勝ちだ。殺せ。魔王様万歳。」バッチの言葉に、ウズマサは首切りのため振りかぶった。

「最期に聞きたい。貴様らハイオーガは何の大義でモンテンノーザについた?言葉も発せないオーガとお前達ハイオーガは知能が別種族だろ?人肉を食うなどと同じ理由で動くとは思えん。」

「人の肉の味を知ったら、止められん。エルフの間で蔓延してる麻薬なんかより美味で癖になりたまらんぞ。俺達はそれだけの為に生きている。グフフフフフ…」殺されて死ぬ間際だというのに、喋りながら涎を垂らすバッチの姿に、ウズマサは救いなき種族の姿をみた。

「さらばだバッチ。ふんっ!」

ウズマサはバッチの首に、藤一文字を振り下ろした。


実質大将同士の対決が終わり、グウェインらが周りのオーガを蹴散らした後、ゴブリン部隊は皆、片膝をつき手を胸に当てた姿勢で首長の前に跪いた。

アドイ族は狩りで生計をたてる穏健な部族だ。ダイアウルフに乗ってウサギや鹿を狩るが、川の魚も食していた。顔に草花を思わせる青い入墨があるのが特徴だった。

アドイ族の首長は結んだ黒髪を後ろに束ね、カラスの足跡のある痩せた顔に威厳をたたえながら、ゴブリンの仲間から言われて前に出たウズマサに微笑んだ。

「この度は助けて頂き感謝しますゴブ。」ゴブリン訛りのエルフ語を聴いて、ウズマサは翻訳機の事を告げると、ゴブリン語に切り替えた。

ワタシはアドイ族首長のオーナだ。我々の部族だけでなく、全てのゴブリンに代わって礼を言う。これを見てくれ。」オーナは革の小さなポーチから大事そうに『それ』を取り出した。

紐で輪っかがつくられており、11の乾いた人指し指が並んでいた。

「これは…」ウズマサが呟くとオーナが頷く。

「右手人差し指で作られた、司令のネックレスだ。万が一殺された時に、これを皆の合議で死後に残し、命の残った者が他の部族の命運の実権を持つことになっている。連合軍でも魔王軍でも与しない中立派の私が最後の一人になってしまった。

ワタシは略奪を是とするダーンガーン族にも隷属を是とするティダ族にも疑問をもっていた。ゴブリンは自分の足で大地に立ち、自分たちの在り方として自然の中で生きていくべきだと。だが、考えが変わった。他の死んだ首長達の命と在り方によってワタシは変わらざるを得なかった。そこのディナシーの書いた和解の文字がゴブリンの民の意識として許されるのであれば、エルフとの和解の道を歩もうと思う。」

オーナはゴブリンゴッドマザー程の野心は無かった。

「首長の手前、失礼した。」ウズマサは右に藤一文字を置き、正座になり、貴族にやるように手をついて礼をしてみせた。

驚く一同を無視して声を上げる。

「和解だけでなく、どうか我々と手を組み、打倒シュウ・モンテンノーザの戦線に加わって頂きたく存じます。理解ある首長を戴くゴブリンは最早、貴重な戦力です。何卒宜しくお願い申し上げまする!」ゴブリン語にある敬語は限られている。それでも言葉を尽くしたらしく、オーナは甲高く堂々とした笑い声を上げた。

「まるでエルフの女王にするようだな?面白い。気に入った。ワタシの名において、ゴブリンの男を兵としてつけよう。それがゴブリンの総意となる。」オーナは白い歯を見せて、にっと笑った。

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