第九十八話
翌日のお昼過ぎ、約束の時間ちょっと前に商業組合についた。今日は僕一人だけだ。ニーナとタニアも誘ったんだけど、なんだか用事があるからって断られてしまった。
「こんにちはー」
「はい、いらっしゃいませ。本日のご用件は?」
昨日とは違う受付の人だ。昨日は元気な人だったけど今日は綺麗な人だった。対応はいたって普通だ。なんか安心するなぁ。
「リュウジと言いますが、商人のマーリさんと約束しているんですが…」
「はい、承っております。どうぞこちらへ」
通されたのは昨日と同じ部屋だ。ノックすると返事があった。
「どうぞ」
「失礼します」
部屋の中に入ると昨日対応してくれた男の職員さんとマーリさんがいた。
「来たね。早速だけどやろうか」
隣に座りなと言われたので、マーリさんの横に座る。あ、このソファ珍しく柔らかいなぁ。
「で、このまっとれすは、一つ銀貨五枚で販売しようと思ってる」
「それはかなり強気ですね。売れますか?」
銀貨五枚ってえーと日本円で五万円くらいだったかな?そうするとかなり高価だと思うんだけど。
「売れるさ。少なくともこの町の宿屋にはね。上手くいけば普通の家庭にも広がっていくさ」
「なるほど…あなたがそこまで強気になる理由があるんですね」
「ああそうさ。あんたも体験してみるかい?」
マーリさんが僕をのほうをちらっと見てきた。出すんですね。リュックサック持ってきてよかった。
「わかりました。出しますよ。あそこの机の上でいいかな?」
壁際にちょうどいい大きさの机がある。僕用のマットを出して膨らませていく。
「はい、準備できましたよ。どうぞ寝てみてください」
組合の男の職員さんは、では。と寝てみる。
「は~、これはいいですね~。下は固い机なのにとても寝心地がいいです」
「だろう?使わないときは丸めて持ち運びできるから冒険者だって欲しがるさ」
それは間違いないと思う。タニアの食いつき方を見ればよく分かる。タニア曰く「もう手放せないし、こんなものがあったなんて…」とのことだった。
「わかりました。これは売れます。間違いなく売れます」
職員さんの目がキラキラ輝いている。そんなになのか。
「で、これを持ってたのはリュウジなんだけど、売り上げの五分をこいつの口座に振り込んでくれ」
「五分ですか?そんなに?」
組合の職員さんが驚いている。
「ああ、それでもかなりの儲けが出るから心配しなさんな」
五分って五パーセントだよな。銀貨五枚の五パーセントって…えーと、銀貨五枚は、銅貨だと五百枚だからそれの五パーセントは、ゼロ二つとって五を掛ければいいから…銅貨二十五枚ってことか。どれだけ売れるかわからないけど、結構すごいことになりそうだ。
「五分ってそんなにすごいんですか?」
「そうだね、普通は一から三分くらいだね。三分だとかなりいい契約になるんだよ」
「さらに、真似されてもいいように製品登録をしておくれ」
マーリさんは鞄から数枚の羊皮紙を取り出して机の上に置く。これは、マットの設計図?覗き込んで見てみるとやっぱりそうだった。
「これがあれば登録できるんだろ?しっかりやっといておくれ」
「わかりました。ちゃんとやっておきます。あ、リュウジさん、口座を登録したいので冒険者証か商業組合員証を出していただけますか?」
「はい、冒険者証です」
「ありがとうございます。少々お待ちください」
職員さんはソファの横に置いてあった三十センチ四方くらいの箱の中から一回り小さい箱を机の上に出して、僕の冒険者証をその箱の上に置いた。
「何ですか、それ」
「これは魔道具です。これで口座情報を読み取ることができます」
読み取ることができるってことは、あのなんの変哲もない冒険者証に僕の口座情報が書き込まれてるってこと!?
「そんなことができるんですか?」
「はい、組合ならどこでもできますよ?もちろん冒険者組合でも討伐記録とか階級、名前や賞罰も書き込まれているはずです」
じゃあ、いつも冒険者組合でもやってるってことか?
「え?冒険者証って魔道具なんですか?」
ただの金属製のカードじゃないのか?そんなこと聞いてないと思うんだけどなぁ。
「そうですよ。各組合の組合証は、すべて魔道具です。知りませんでしたか?はい、登録できました、お返しします」
「初めて聞きました。そうだったんですね」
へー、これ魔道具なんだ。返してもらった冒険者証をじっくり見てみるけど、普通の金属製のカードにしか見えないなぁ。
「よし、これで用事は済んだね。リュウジ、ありがとね。これで私も忙しくなるよ!」
「こちらこそ、ありがとうございました。商売頑張ってください」
職員さんにもお礼を言って商業組合を出る。
「ああ、任せときなよ。たくさん売ってあんたにもいい思いさせてやるからね、楽しみにしてな。んじゃ私は仕事に戻るよ。死なないように頑張りな」
出たところでマーリさんに背中を叩かれ、足早に雑踏に紛れていく。背が小さいからすぐに見えなくなってしまった。
「マーリさんは凄いなぁ。僕も頑張ろう」
鉄級になったことだし、ってやることはあんまり変わらないのか。でも、マーリさんの言っていた通り、依頼の危険度が上がるからより一層精進しないと駄目だな。出来ることはやっておこう。
「まずは体力づくりだなぁ。あっち日本にいた頃より動いてるけどまだ足りないか」
やらないと死んじゃうからやらざるを得ないんだよなぁ。まあ、こっち来て半年は過ぎたからこの生活が普通になってきた。おかげでかなり動いても筋肉痛にはならなくなったんだ。前はキャンプに行くと必ず筋肉痛になってたからなぁ。
意外と早く終わったから時間が余った。リュックも持ってるし、買い出しにでも行くかな。足りないものは、と。リュックに手を入れて確認する。
んー、ポーションはもうちょっとあった方がいいか。あとは、食材だな。ラッドさんやマーリさんがよく食べたからなぁ。一通り買っておこう。いや、いつもより多めにしよう。幸い報奨金が沢山入ったからお金はある。一人当たり金貨三枚ちょっとだったからね。よし、お店巡りだ。
いやー、疲れたぁ。疲れたけど沢山買い物すると満足感があっていいなぁ。ストレスたまってたのかな?まあ、すっきりしたからいいか。
宿へ帰って来ると宿の食堂で二人が待っていた。
「あ、おかえりなさい。どうでしたか?」
「おかえりー」
「ただいま、マーリさんの件はすぐに終わったよ。そっちはどうだった?」
今日、二人が何をしてたか知らないけど、疲れてるな。ニーナは、いつもと変わらなく見えるけどタニアなんかかなり疲れてそうだ。
「私は、組合で訓練してきました」
「あたしは、情報収集とあとは内緒」
ニーナの隣に座って、商業組合での出来事を伝える。
「凄いじゃないですか!何もしてなくても一つ売れると銅貨二十五枚も貰えるんですか!?」
「そうなんだよ。ほんとにいいのかと思ったんだけど絶対売れるからって」
「あたしもあれは売れると思うよ。普通の宿屋にあれがあったらすぐに満室になるさ」
「そんなに?」
僕からしたらもうちょっと分厚い方がいいんだけどなぁ。シーツの下がうっすい布数枚と木の板じゃないだけマシだとは思うけどね。
「何言ってんだよ!あたしもうあれが無かったら野宿しないよ!」
それから暫くタニアのマットレスを称賛する言葉を聞いたよ。…まさか三十分超えて喋るとは思わなかった。僕の隣ではニーナも深く頷いてたなぁ…。まあ、僕も初めてキャンプで使った時はもうこれは手放せないって思ったけどさ…




