第九十六話
「なぁ。あれなんだ?天幕に入れてたやつ」
「革で出来た何かだね」
あれ?ラッドさん寝てたんじゃないの?マーリさんも商人の顔してるし。
「あー、あれは、ですね。革で出来た寝床です。あの中に空気を入れて、漏れないようにしてあるんです」
中身がどうなってるのかは僕も知らない。適度の弾力があるから何かは入っているはずなんだけど…本来のものにはウレタンマットが入ってるんだけど、この世界にはないからさ。
「ほうほう。あれはリュウジたちの人数分あるのかい?」
「ええ、ありますよ」
「じゃあリュウジの分があるね?見せてみな。というか使わせてくれないか」
マーリさんの顔が真剣で迫力がある。怖いくらいだ。ここは素直に従っておこう。
「ちょっと待ってくださいね。よっ、と」
リュックサックから僕の分のマットと地面に敷く布を出して、膨らませる。
「はいどうぞ。寝てみてください」
マーリさんが、まずは私からだよと言いながらマットに直接寝転ぶ。僕は固めが好きだからマットは空気でパンパンになっている。
「おお!こりゃあいいね!地面の上だってのに全然体が痛くないよ!」
「俺にも試させてくれよ!」
マーリさんと入れ替わってラッドさんが寝転んでいる。
「うわあ!何だこれ!リュウジ!これくれ!」
「ダメですよ!僕たちの分しかないんですから!自分で作ってください」
ふと横を見るとマーリさんがマットを触りながら真剣な顔をして考え込んでいる。
「リュウジ君、これ私が作ってもらって売ってもいいかい?勿論売り上げの分け前は渡すからさ。あんた冒険者組合に口座はあるんだろ?」
「ええ、ありますが…作れるんですか?これ」
「ああ、こんなにきっちり作るのは難しいかもしれないけど、似たものは出来ると思う。よしっ!明日になったら町へ戻るよ!知り合いの革職人がいるから相談しに行く!」
「えっ?商売はいいんですか?」
荷台には商品が山盛りに積まれてるけどいいんだろうか。
「ああ、生ものはないから気にしなくてもいいさ。それよりもその革の寝床のほうが絶対儲かるからそっちを優先させるさ」
このマットが量産されてどこの町の宿屋でも使われるようになれば寝心地がよくなってぐっすり寝ることができるようになる。断る理由はないというか、ぜひ広めてもらわねば。
「これには名前はあるのかい?私が好きなようにつけてもいいかい?」
「僕はマットレスって呼んでますけど、好きに付けてもらっていいですよ」
「まっとれす……まっとれすか。うん、それいいな。それでいこう!」
嬉しそうに「まっとれす、売れるぞー」とつぶやくマーリさんにラッドさんが、「早く商品化してくれ、頼むから」と強請っていた。
「町に帰ったら、一緒に商業組合に行くよ。これは登録しておかないと損するからね。ほかには何か変わったもの持ってないかい?」
「この椅子と机!折り畳めるようになってる!これも凄くないか?」
そんなに凄いかな?…あー、この世界では凄いのかぁ。
「これはちょっと難しいと思いますよ。作れたとしても売れないんじゃないかな」
「いや、これも売れる!特に貴族や大商人とか上流階級に受けるはず!」
うーん、マーリさんが輝いてるなぁ。もうそろそろ寝てくれないかな?ニーナたちが起きてこないといいんだけど…
「まあまあ、マーリさん。明日も早いんですからもう休みましょうよ。僕は夜番なので起きてますが、ラッドさんも休んでください」
「わかったよ。明日は絶対商業組合に行くからね!約束だよ!」
マーリさんは、荷台にある寝床スペースへ潜り込んですぐに寝息が聞こえてきた。ラッドさんも焚火の横で寝ころんだらすぐに寝たみたいだ。
「はあー、なんだか疲れたなぁ。…おっと、片付けしないとな」
夕飯で使った食器や鉄板を洗って収納しとかないといかんな。
「溢れよ水、流水アクア」
生活魔法で掌から水を出しながら皿を洗っていく。スポンジなんてないからタワシみたいなもので汚れを落とす。洗剤は石鹸だけど、材料が獣脂なのか仄かに獣臭いんだよね。安かったから買ってみたんだけどもう買わない。汚れは落ちるんだけどね。植物性の油を使っているのも高いけどあるから、これからはそっちを買うことにしよう。
鉄板のほうは、水とタワシで汚れを落とした後、一回火にかけて水気を飛ばして冷ましてから植物油を薄く塗ってまた火にかける。冷めたら植物油を薄く塗って完全に冷めてから収納する。本当は油紙に包んだ方がいいんだけど無いから襤褸布で包む。この工程をシーズニングっていうんだけど、鉄板は錆びやすいからやっておかないと駄目なんだ。
「よし、これで終わったかな。薬缶を火にかけて、と」
あとは交代の時間が来るまで火の番だ。何事もないといいな。あ、盗賊たちも見ておかないと。夜になったら活動しだすかもしれないからな。木に括り付けてあるから大丈夫だと思うけど用心するにこしたことは無いからね。ランタンを持って様子を見に行くと、全員寝ていた。死んでないよね?近づいてみるとちゃんと息はしていた。
「この様子なら心配はないか。当番中にもう一回くらいは見に来よう」
あれからもう一回盗賊たちの様子を見たけど、お頭をはじめ、全員がしっかり寝ていたよ。もう諦めたのか?逃げるとか考えないのかな?
そろそろ真夜中だな。青い大きな月が真上辺りまで昇ってきたよ。よしニーナを起こしに行こうか。
テントの入り口を開けて目を凝らすと綺麗な金髪が仄かに青い月の光で光って見えた。
「ニーナ、ニーナ、起きて。交代の時間だよ」
毛布をかけて寝ているニーナを揺り起こすと、その手を掴まれた。
「う…んー…リュウ…さ……」
寝ぼけているニーナは掴んだ手をその胸元へ持っていこうとする。
「う…おっと」
なかなか力が強いな。魔法使いで女の子でも冒険者だね。
「ニーナ、起きて、ニーナ」
僕を掴んだニーナの手を優しく外してもう一度起こす。
「う…ん……んあ?…あ、交代の時間ですか?すぐに支度します」
ニーナの目が薄らと開く。次第に焦点が僕に合っていくのが分かった。
「わかった、外で待ってるね」
テントの入り口を閉めて待っているとすぐにニーナが出てきた。
「お待たせしましたリュウジさん。交代しますね。おやすみなさい」
「うん、お休み。盗賊たちも良く寝てるみたいだけど気を付けてね。何かあったら遠慮なく起こして」
「はい、わかりました。気を付けます」
皆を起こすといけないから二人とも小声だ。残りの薪を確認して少し足しておく。
「じゃあ、お休み」
「はい、おやすみなさい」
テントの中に入りニーナが寝ていたところに自分の毛布を取り出して横になるとそこからの記憶がない。
「リュウジ、ニーナ。起きろよー。リュウジー、朝ご飯を作ってくれー」
テントの中に朝日が差し込んで眩しくて目が覚めた。タニアが入り口を開けたからか。
「…おはようタニア。ちょっと待ってて、すぐ起きるよ」
横になって寝ていたからか、目を開けるとニーナの寝顔と綺麗な金髪が見える。どうやら向かい合って寝てたみたいだ。
「おぁようございまふ…ふぁ~」
一つ欠伸をして、両手で目を擦りながら体を起こしたニーナは、乱れた髪を手櫛で整えている。町に帰ったら櫛を探しに行こう。
は、見惚れてる場合じゃない。毛布をリュックに仕舞い外に出る。
「お待たせ。さあ朝ご飯を作ろうか」
焚火は大丈夫だけど薪を足しておく。今日はホットサンドを作ってみようかな。ホットサンドメーカーは、安物だけど持ってたからあるはず…あった。四角い普通のものだ。ホームセンターで売ってた二千円くらいのもので、十分使える。素材は…持ち手が木製になってるけど本体は鉄のままだな。
「なんだそれ?揚げ焼き鍋にしては小さいし四角いし…また変なもん出したな」
タニアが横から覗き込んできた。
「これは温かいサンドイッチを作る道具だよ。美味いの作るから待ってな」
鉄板部分にちょっとだけ油をたらして広げる。切っておいたパン二枚にチーズ、ハムを挟んでホットサンドメーカーに乗せて焚火で両面を焼く。片面一分ちょっとでいいかな?
「よし、パンもあんまり焦げてないな。はい出来たよ。切るからね」
三角形になるように切ると、チーズが溶けていい感じになっていた。これなら大丈夫だろう。
「どんどん焼いてくから遠慮なく食べてね」
「いただきまーす」
タニアはひと口齧ると目を見開いて僕の背中をバシバシ叩いてきた。
「美味い!なにこれ!すごっ!うまっ!」
口に入れてたものを飲み込んで手に持っていた残りを凄い勢いで食べる。
「私も食べたいです!」
「俺にもくれ!」
「私も食べるよ!」
「あたしは、おかわりっ!」
僕は、自分の分を焼く暇もなく、ひたすらホットサンドを作り続けることになったよ……疲れた…




