第九十五話
パチリと音がして留め金が外れ、タニアがそっと蓋を開けていくと、中には色々な種類の宝石と魔石で装飾された一本の短剣と封蝋で丸められた羊皮紙が入っていた。
「すごい!宝石がいっぱい入ってる!」
タニアの目がキラキラしてる。漫画であるあれだ、目がお金になってるやつだ。すごい嬉しそう。横にいたニーナを見ると宝箱の中身を見てうっとりしている。二人とも女子だなぁ。あ、いや、タニアは喜び方が商人寄りだな。
「この短剣と羊皮紙は何だろうね」
「開いてみましょうか」
「宝の地図かもしれないよ」
タニアの目がさらにキラキラしてる。宝の地図って…うーん、異世界だからあるのかな?
「宝の地図って…そんなものが盗賊の隠れ家から出てくるもの?もっとほら、ダンジョン、地下迷宮とかそういうところにあるんじゃんないの?」
「まあまあ、とりあえず開いてみましょう」
ニーナが封蝋をナイフで割って羊皮紙を開く。
「これは…どこの地図ですか?」
羊皮紙には海に突き出た半島や山脈なんかが描かれていて、半島のちょうど真ん中あたりにある山脈の辺りに赤い印があった。
「これは…あたしが前にいたフルテームの周辺地図だよ!この半島の付け根辺りにフルテームがあるんだ。この場所は…なんだっけ…そうだ!アリトー山脈だ。このあたりにお宝があるのか!」
地図を見ながら次第に興奮していくタニア。
「ここには迷宮か何かあるのか?」
「いや、迷宮はなかったはず…でもなんでここ?……よし!もうちょっと小屋の中を探してみよう。これに関するものがあるかもしれない」
何か思いついたことでもあるのか、タニアがもう一度小屋の中を探し始める。そんなに広くないからもう探してないところなんて、ないと思うけどな。
一通り小屋の中を探してみたが、やっぱり何もなかった。もうこれ以上は探しても何も出てこなさそうだ。
「やっぱり何もないかー。ま、この短剣と地図はリュウジの背嚢にしまっておいてもらうとして、宝石は換金しようか」
タニア曰く、「短剣と地図が一緒に仕舞われていたのは何か理由があるはず」とのことで、この二つは一緒に麻袋に入れてリュックサックに入れておく。宝石もお金も入れておこう。
「さあ、マーリさんのところへ戻ろうか。結構長居したから待ちくたびれてると思うよ」
気絶した盗賊のお頭を僕とラッドさんの二人で運ぶ。担いで運ぶのは大変なので、小屋にあった二メートルほどの棒二本と野営の時に使う毛布みたいな布を使って簡易担架を作る。
「ラッドさん担架を作るからちょっと手伝って下さい」
「担架?作る?どうやるんだ?」
「まず、毛布を広げてその上に人が寝られるだけの間を開けて棒を二本置きます。で、毛布を折って棒の上に被せます。最初に被せるとき棒を二本とも覆うようにしてくださいね。そうすると毛布がずれなくなりますから。最後に残ったもう片方を折って被せれば出来上がりです」
「ふむ、簡易の寝台を作るのか。しかしこんなので人が運べるのか?」
「運べますよ。じゃあ縛ってあるお頭を乗せましょう」
二人で運んできて担架に乗せる。あー右手側が焦げてるよ。ニーナの火球が当たったとこか。
「じゃあ、ラッドさん持ち上げますよ。…せーのっ」
「ほっ」
さすが鍛えてる冒険者だね。結構重そうなのに軽々と持ち上がったよ。
「おお!これは楽だなぁ。いいことを教えて貰ったよ」
「これ、便利でしょ?ボタンの使ってない服と棒でも出来るんでけが人がいるときは良いですよ?」
僕は地元で消防団に入っていたからそこで教えて貰ったんだ。こんなとこで役に立つとはね。
「リュウジ、これも入れてってよ。売れば金になるからさ」
そう言ってタニアが持ってきたのはお頭が使っていた両手剣だ。お金になるならもって帰ろう。
「わかった。入れてくれる?」
「あいよ。よっと」
担架を持ってるからタニアに入れてもらう。入れるのは僕じゃなくても大丈夫だったんだ。取り出すのは僕しかできないんだけどね。
両手剣はするっとリュックサックの中に入っていく。
「いつ見ても不思議だなぁ。どんな大きさのものでも入るんだろう?じゃあ、あたしも入れるのかな?」
「残念ながら生きてるものは駄目なんだ。だから生きた魚とか動物なんかも入れれないよ」
「なんだ残念…ま、いいか。さ、帰ろう」
担架を持ちながら森の中を歩いてマーリさんの所まで戻ってきた。マーリさんは御者台に座って待っていてくれた。
「ああ、おかえり。その様子だと上手くいったみたいだね。こっちは異常なかったよ」
「はい、お陰様で怪我無くやれました」
持っていた担架から盗賊のお頭を降ろして木に括り付けておく。起きている盗賊たちから「お頭ぁ」とか「もう駄目だ…」とかいろいろ聞こえてくる。
「んじゃ、野営の準備をしようかね」
辺りはもう暗くなりかけている。リュックサックからランタンを取り出して燃料を入れて少し待ってから火を点ける。
「ちょっと暗いけどこれで明りは良し。あとは夕飯をどうしようかな」
何があったっけ?リュックサックに手を突っ込んでみる。…パンとお肉と野菜もあるか。鉄板もあるから塩胡椒で野菜炒めかな。
「それじゃあ、火を熾して作りますか」
とりあえず、椅子を人数分と机を取り出してセッティングしておいて、焚火台も取り出して組み立てて、帰り道で焚き付け用にと拾ってきた小枝をのせておく。薪を取り出して剣鉈で細かく割る。剣鉈を薪に食い込ませてからその背を太い薪で叩くからコーン、コーンと音が陽が落ちて暗くなった森に響く。割った薪の表面を削いでフェザースティックを二、三本作り、焚き付けの下に置いて生活魔法で火を点ける。
フェザースティックは、薪の表面を薄く削って彼岸花みたいな形にしたものだ。乾いた薪で作るとすぐに燃えてくれるから便利なんだ。キャンプ初心者の頃は細く割った薪にガストーチで火を点けてたんだけど、なかなか点かないしすぐに消えちゃうし、ガスが勿体ないからちょっと面倒くさいけど作ってみたらライターで点くし、良く燃えるから滅茶苦茶火点けが楽になった。
「指先にともれよ炎、点火トーチ」
詠唱文にあったように指先に炎が出る。この炎は多少風が吹いても消えない。
フェザースティックの花のようになった部分に火のついた指を近づけるとすぐに火が点いて勢いよく燃え始める。火のついた指って変な表現だなぁ。でもそうとしか言いようがないんだよな。
「凄いですね。あっという間に火が点いちゃいました」
ニーナが焚火を覗きながら感心している。ラッドさんも驚いたようだ。
「凄いなリュウジ。こんな簡単に火が点くのか。今度俺もやってみよう」
「ちょっとコツが要りますけど、ラッドさんたちだったらすぐできますよ。やってみてください。あ、ニーナ、食材切っといてくれる?タニアは、食器並べといてくれるかな」
焚き付けの小枝も勢いよく燃え始めたところで、半分くらいの太さの薪を投入していく。あとは、火が大きくなってきたら段々と太い薪をくべていく。
まだ熾火になってないけど、すぐに使いたいから鉄板を出して熱する。鉄板から湯気が出てきたら油を適量たらして、切ってもらった肉を投入。肉に焼き色が付いてきたら野菜を投入して塩胡椒を適当に振りかける。
「タニア、お皿ちょうだい」
「あいよ、大きいやつね」
野菜がしんなりしてきたら出来上がりだ。タニアが差し出してくれた大きい皿に山盛りにして鉄板を空ける。鉄板に残った細かい屑を飛ばして切ったパンを軽く焼く。
「さあ、出来たよ。食べようか」
出来た料理をみんなでつつきながら食べる。飲み物は水だ。ラッドさんにお酒は飲みますかって聞いたら、依頼中はお酒は飲まないんだって。「お前常識だぞ、それ」って言われちゃったよ。確かに仕事中にお酒飲んだら駄目だよね。
「しかし、えらい簡単に作ってたのに美味いな」
「そうでしょう?リュウジさんは凄いんですよ?」
「そんなに美味しいですかね?ちょっと味付けが濃かった気がするんだけどな」
今まで高血圧だったから減塩してたんだよね。若返った今は気にすることは無いんだけど、どうしても塩辛いものには敏感になっちゃうんだよ。
「あたしは、これくらいでいいと思うよ。パンも味が付いて美味しいしね」
でも、冒険者って体使う職業で鎧も着てるし、汗も凄いから多少塩分が多めでもいいのか。なんにせよ皆に好評でよかった。
「よし、腹も膨れたし寝るか」
ラッドさんがそう言って焚火の横でマントに包まって横になる。
「じゃあ、あたしたちも当番決めて休もうよ。誰が真ん中やる?」
「私がやります。今日はあまり魔法使ってませんから疲れてないんです」
「わかった。リュウジはどうする?」
「僕は最初が良いな。片付けもあるしね」
「ん、あたしが最後ね。さ、天幕出して」
リュックサックからテントとグランドシートを取り出して、中に二つマットを敷く。テントは立てた状態で収納してるから出すだけだ。
「はい出来たよ。じゃあお休み、二人とも」
「おやすみなさい、リュウジさん」
「おやすみー」
二人がテントの中に入っていくとマーリさんとラッドさんが興味津々な顔でこっち見てたよ。




