第九十四話
二人が配置についたみたいなので僕一人で小屋に近づいていく。知らない人の家の扉をノックするのって緊張するなぁ。
ノックをする前に確認しとこう。盾、持ってる。剣、長いから剣鉈にしよう。右手に持ってる。準備よし。
中からは相変わらず男たちの笑い声が聞こえてくる。しかも下品な、と形容される笑い声だな。上品なノックだと気が付かないかもしれないから思いっきり叩いてみるか。
ドンドンドン!
「なんだあ?」
「誰だっ!」
中から声がしたと思ったら、扉が勢いよく開かれる。出てきたのは真っ赤な顔をして酒臭い息をまき散らす強面のおっさんだった。
「なんだ手前ぇ!どこのどいつだ!」
「ああ、ここのことはお仲間に聞いてきました。おとなしく捕まってくれませんか?」
一応、おとなしくする気があるか聞いてみたが、やっぱり無駄だったみたいだ。
「うるせえ!うだうだ言ってると殺っちまうぞ!」
前の自分だったら絶対腰が抜けてるなぁ。今は何も感じないんだ。どうなってるんだろう。今度アユーミル様に聞けたら聞いてみよう。
「聞いてはくれない、か。じゃあ」
男はかなり酔っているのか半眼で捲し立てるばかりで全く話が通じない。ついには腰の剣を抜いた。
「くたばれ!冒険者風情が!」
酔っぱらいの盗賊が腰から抜いた剣を振り下ろしてくる。あのホブゴブリンに比べたら止まっているくらい遅く見える。
左手に装備している盾を顔の前に持ち上げてその剣を止める。衝撃もほとんどない。
今まで獣とか魔物とか人じゃないのを相手にしてたから、人間相手ってラルバさんが基準になってるんだよなあ。だから人間って手強いかと思ってたんだけどこんなもんなんだ。あの人には攻撃が当たる気がしないからなぁ。いや、これはこの盗賊だからであって、もっと強い人は山ほどいるに違いない。油断はしないでおこう。
「ほっ!」
そんなことを思いながら、右手で持っていた剣鉈を男の左胸を覆っている革鎧と体との境目に向かって下から上に向かって突き上げる。
「ぐぶっ」
根元まで刺さった剣鉈を引き抜くと盗賊の酔っぱらいはその場に崩れ落ちる。
「んなっ!ダルジ!手前ぇ!」
部屋の中にいた二人のうち、窓側にいた男が壁に立てかけてあった剣を手に取りこちらに襲い掛かってくる。僕は手筈通りに一歩下がり盾を構えて小さくなる。
構えた盾に衝撃が来る。ここで僕が動くとタニアが狙えないので動かない。
「ぐっ」
盗賊の男の声と共にどすっという音が聞こえてきた。盾から顔を出して見ると男の左の蟀谷こめかみに一本の矢が突き立っている。
「さすがタニアだな」
矢が刺さった男は、右の方へ倒れていく。それを見ながら片手で剣鉈を鞘に戻し抜け落ちないように留め具で固定する。盾に刺さっている剣を地面に叩きつけて外し、左の腰に吊ってある蒼のショートソードを抜き、盾をしっかり構える。最後の一人がいるからな。しかも盗賊のお頭だと思われる。
「よくも二人をやってくれたなぁ!手前ぇはぜってえぶっ殺す!」
酒に酔って真っ赤なのか、怒りで真っ赤なのか将又はたまた両方で真っ赤なのか分からないが、真っ赤な顔でこっちに襲い掛かってくる。
次は、ニーナの番だからここも盾で防がないとね!
「死ねやぁぁぁぁ!!」
「はっ!」
盗賊のお頭が持っているのは両手剣だ。だけど新しいこの盾なら大丈夫だろう。盗賊のお頭だからそれなりの力量なんだろうが、でもさっきの男とそう違いがなく遅い。体つきは大きく筋肉達磨だ。これは相当力が強そうだな。負けないようにしなくては。
盾に当たる瞬間に少し引いて威力を殺すことに成功したが、思ってた通り力が強い!
「ぐっ」
勢いを殺すことには成功したが、力が強くてそのまま押し込まれてしまう。僕だって結構筋肉ついてきたのにまだ足りないのか。両足で踏ん張っていたが、抗いきれずに片膝をつく。
「わははは!一人で来たのが間違いだったな!死ねいっ!」
お頭がもう一度剣を振りかぶる。これは避けるしかないか。あの力で体重を乗せられた一撃だと盾がもたないかもしれない。
「ぐがっ!」
僕が攻撃を避けるつもりで動こうとしたとき、目の前からお頭の姿が消えた。何が起こったのかは見えなかったが、大体の予想はできる。ニーナだろう。一瞬赤い物が横切ったように見えた。あの威力なら火球ファイヤボールを使ったんだな。
「リュウジさん!大丈夫ですか!?」
ニーナが勢いよく駆けてくる。ラッドさんもゆっくりこっちにやってきている。
「大丈夫だよ。ありがとうニーナ。助かった」
「盗賊のお頭はあっちで伸びてたから縛っといたよ。ニーナの火球食らって生きてるってかなり頑丈な奴だったな」
反対側からタニアがやってきた。
「お前らなかなか容赦がないな。特にリュウジ。お前、初めて人殺したんだろ?なんでそんなに落ち着いてんだよ。ニーナもだ」
確かになんでこんなに落ち着いてるんだろう。医療関係だった仕事柄、人の死には耐性があるつもりだけどさすがに自分の手でしたことはない。今も何も感慨はない…なぁ。
「私は、必死だったので…」
と僕の方をチラリと見てくる。なんだろう?
「ああ…そう言うことか…。ま、いいや。お前らは合格だよ。さあ、盗賊どもは始末したんだ。あとは奴らがため込んだお宝を頂くだけだな」
ラッドさんが親指で小屋を指してウインクしながら言う。
「よしっ!早速探そう!行くよ、リュウジ、ニーナ!」
タニアはもう小屋の中に入っていった。早いな!
「ラッドさん、盗賊ってそんなにため込んでるものですか?」
「おうよ。こいつらがいつからやってるか知らんが、結構被害が出てるみたいだから期待していいと思うぞ」
盗賊倒して盗賊のお宝を持ち帰るってどうなんだろう?どっちもどっち?
僕が何とも言えない顔をしているとラッドさんに背中を叩かれた。鎧の上からだから痛くないよ。
「馬鹿お前、奴らが非道なことしてため込んだお宝なんだ、気にすることはねえよ。これも報酬の内なんだしよ。大体は金だが、たまに魔道具とか珍しいものも見つかるらしいぞ」
「そうなんですか。じゃあ遠慮なく貰っていくとしましょうか。…タニアー、いいものあったー?」
ラッドさんに会釈してから小屋の方に走っていく。ニーナももう入っているみたいだ。
「遅いよリュウジ。ほらこれだけあったよ」
見せてくれたのは大きめの麻袋いっぱいに詰まった銅貨、大銅貨、銀貨など。
「凄い!いっぱいあったな!それだけあったら数えるのが大変そうだな!」
「もうちょっと探してみようよ。隠されてるのがあるかもしれない」
そう言いながら壁や床を調査していくタニア。ニーナは重そうな麻袋を小屋の外に持ち出している。僕も探してみよう。
先ずは小屋の中を見渡してみて違和感がないか見てみよう。床と壁は板張り、天井は無くて屋根の裏側と梁が見える。壁も薄くて隠せるような厚みはない。天井と壁はないな。となると床か。
「タニア、床を重点的に調べてみよう」
「やっぱりそう思う?あたしもそう思って調べてるんだけど今のところ怪しいとこがないんだよね」
「私も手伝います。あっちは調べましたか?」
ニーナは扉の近くを探すみたいだ。じゃあ僕は部屋の奥のほうを探してみるか。
「タニアが調べたのはどこ?」
「あっちの何も置いてないほうだよ」
「わかった。僕はこっちのいっぱい荷物が置いてあるほうを探してみる」
タニアが調べたのは部屋の奥に向かって左のほうだから、反対側の物が乱雑に置いてあるほうを調べよう。
まずは、置いてあるものをざっと移動させる。木箱が置いてあって置いてあるのは剣や槍、革製の防具なんかだ。木箱があるんだけどそれには剣と槍しか入っていない。これも貰っていくか。取り出してリュックサックに入れておく。防具はやめておこう。臭そうだしね。
木箱を動かすとその下の床が蓋になっていた。
「おーい、なんかあったぞ。こっちに来てくれ」
罠があると嫌なのでまだ触らない。タニアに任せよう。
「リュウジ、あたしがやるから触るなよ。ちょっと離れててくれ」
タニアは腰のポーチから何か工具みたいなものを取り出して蓋になっている床部分を探り始める。
「お?やっぱりあったか!リュウジこれは当たりかもしれない」
蓋になってる部分を少しだけ持ち上げて取り出した工具を使って何かしていると、小さくパチンッと音がした。
「よし!いけた!」
タニアがとてもいい笑顔で蓋を開ける。その下には穴が掘ってあり、穴の中にはよくある宝箱な箱が鎮座していた。
「この箱だけでも価値がありそうだね。こんな細かい装飾がしてある箱なんか滅多にないよ。しかも小さいけど宝石まで使ってある!」
タニアが取り上げた宝箱は高さが二十センチ、横幅が三十センチで奥行きが二十センチくらいで金属で縁取りがしてあり、その金属と箱本体にきれいな細工が施してある。蓋部分はドーム状になっているいかにも宝箱ですっ!ていうものだ。宝石はその蓋の頂上辺りに円状に配置されていた。これだけきれいな装飾の箱だから中身もいいものが入ってるかも。
「うわぁ!きれいな宝箱ですね!中には何が入ってるんでしょうね。タニアさん早く開けてみましょう!」
ニーナも何が入っているのか楽しみみたいで目がキラキラしている。
「じゃあ開けてみよう!ちょっと待ってね」
タニアは、もう一度罠がないか確認してから留め金を外す。




