第八十七話
お昼ご飯を食べ終え、交代で休憩しながら見張りを続ける。
「なかなか現れませんね。…今は、午後の三の鐘あたりの時間でしょうか」
太陽の傾きからすると確かに今は午後三時あたりだろう。あと、二時間もすると森の中は暗くなってしまう。
「もう撤収するか?」
「そうだね。初日にしてはいい感じだったし、もう帰ろうか」
「あの肉はそのままにする?回収する?」
回収すれば明日また使えると思うけど…
「あのままにしとこう。ゴブリンもあるし、明日またいらない肉をもらってここでやればさらに寄ってくると思うからさ」
「確かに。新鮮なお肉のほうがいいですからね」
「じゃあ、今日はここまでにするか」
「はい、帰りましょう」
今日の戦果は、ゴブリン二匹と森狼二匹だ。しかし僕、森狼回収しただけでほとんど働いてないなぁ。ま、楽なのはいいことか。明日もこんな感じだといいなぁ。
村長の家に帰ってラーリルさんの晩御飯をいただく。今日は前回みたいに喋らないことはなく、村長もラーリルさんもにこやかにお喋りしながらの楽しい夕食だった。
「やっぱり黙って食べるより、楽しく食べるほうがいいね」
「そうですね!」
隣に座っているニーナに小声で話しかけると小さいが弾んだ声と笑顔が返ってくる。
その時、ラーリルさんが僕を見つめて喋り出した。
「あの…今日のお昼にお父さんと話しをしました。あなたは、あなた方は…大丈夫だと思ったんです。それを伝えました」
「その、悪いことをしましたな。しかし、あの時のことをどうしても許すことができず、あのような態度をとってしまいました。どうか許していただきたい」
そう言って頭を下げるジッタ村長とラーリルさん。
「いえ、頭を上げてください。本当はこちらが謝罪しないといけないことです。僕達なんかが謝ってもどうにもならないと思いますが、冒険者が貴方たちに酷いことをして申し訳ありませんでした」
立ち上がって頭を下げる。僕達が謝る義理はないが、同じ冒険者が犯した行為だし、何の落ち度もない村の人が謝ることではないと思うから、こちらも謝ることが一番禍根が残らないだろう。
「いえいえ、あなたたちには何も悪いことはしていないので、謝らないでください。さ、せっかく娘が作った料理が冷めてしまいますからな。これくらいにして水に流すとして、食べてください」
「ありがとうございます」
それからは、みんなで仲良くお喋りしながら美味しい料理を頂いた。
「それにしても、一番吃驚したのはラーリルさんが十六歳って…僕より年下だったことだよ」
「私と同い年だったんて吃驚しました。もっと年上だとばかり思ってました」
「いくつぐらいだと思ってたの?」
「僕と同じくらいか、二十歳くらいだと…」
「私もそうです」
そう、ラーリルさんはニーナと同じ十六歳だったんだ。儚そうな美人さんだと思ってたけど、本来はもっと明るくて聡明な年相応の女の子だったらしい。一昨年にゴブリンが出たので依頼を出したところやってきた男二人組の冒険者に襲われたそうだ。ラーリルさんが十四歳の時だよ!向こうだったら中学生だよ!?何やってんの?その冒険者!?こっちでは成人が十五歳だから、成人してない女の子を襲うって…人間じゃないな!
で、騒ぎに気がついたジッタさんが護身用のナイフで切りつけたりして追い出したんだって。それからラーリルさんの性格が内向的になり今みたいになっちゃったらしい。相当ショックだったんだなぁ。
奥さんはラーリルさんが小さいときに流行り病で亡くなったらしい。それからジッタさん一人でラーリルさんを育ててきたから、可愛くて可愛くて仕方がないみたいだ。ジッタさんはそんな愛娘が襲われそうになって、あの時はよく殺さなかったなぁって自分で言ってたよ。
「あ、僕、お湯貰ってくるよ」
「お願いねー」
二人が体を拭いている間は、また素振りでもするか。壁に立てかけておいた剣を片手に部屋を出て、ラーリルさんからお湯を貰ってタニアに渡してから中庭に出る。今はもう日も落ちて辺りは真っ暗だ。でも今日はあのでっかい月が出ているから青白い光で薄ぼんやりと見える。
ふっ、ふっ、と息を吐きながら素振りを繰り返していると、中庭に出る扉から誰か出てきた。
「お疲れさまです。こんな遅くまで鍛錬してるんですね」
ラーリルさんから、はいどうぞと差し出されたコップには薄めたワインが入っていた。
「ありがとうございます。いただきます」
水で薄めてあるからかアルコールの味はしないな。うっすいブドウジュースみたいな感じだ。この世界の人たちは生水をそのまま飲んでいることが多い。最初のころ何も考えずに出されたものを飲んでたらお腹壊したこともあったなぁ。水が原因だと気が付いてから、自分で使うときは煮沸して冷まして飲むようにしたから今はもうお腹壊したりはしてない。
「これって、水で薄めてるんですか?」
「そうですね。このあたりの水はまだいいんですが、大きな町のほうに行くと水は飲まないほうがいいって言われているみたいで、水を飲むくらいだったらエールを飲めって言われます」
「水は飲まないほうがいいんですか…」
確かに、浄水設備なんてもんはないだろうから、井戸から汲んで上澄みを使ってるのか?うーん、これはアルコールによる消毒効果を期待してるのかな?あんまり効果はなさそうだけど…
「ラーリルさん、水をそのまま飲みたかったら少し面倒ですけど、一回沸かして冷ましてから飲むといいですよ。そうすればお腹壊すこともなくなるはずです」
「そうなんですか?一度やってみますね」
料理には水を使ってるはずなんだけど、どうやったって火にかけるからそこで煮沸されているんだろう。清潔な水って貴重だったんだなぁ。次亜塩素酸ってどうやって作るんだろう?まあ、沸かせばいいからな。
「それにしてもエールですか。確か大麦から作るんでしたっけ?」
ホップを使ってないビールだったかな?詳しいことは分かんないけどアルコール飲料だったはずだ。
「はい。そうだったと思います。美味しいですよね、私好きなんです」
おお、エールって結構酸味があったりして好みが別れるんだけど好きなほうだったか。
「僕はちょっと苦手なんですよね。あれ、酸っぱくないですか?」
「私はそこが好きなんです」
ラーリルさんから貰ったものを飲み干し、エールのことを話しながら素振りをする。
そろそろ二人とも終わったかな?
「ふう。ラーリルさんありがとうございました。そろそろ部屋に帰りますね」
「あ、はい。こちらこそお邪魔してすみません。お湯準備します」
にこにこと笑顔のラーリルさん。最初の印象とかなり違うんだけど、こっちのほうが年相応のような気がする。この世界の人はみんな年齢よりも大人びて見えるんだよな。自分が子供っぽく思えてしまう。
「ありがとう。よろしくお願いします」
なんだかラーリルさんがとても友好的なんだけど、僕何か特別なことしたかな?何もした覚えはないんだけど。ま、警戒されたままよりもいいことか。さあ、部屋で体拭くか。
目が覚めるともう日が昇っていた。
「やべ、寝過ごした!?」
「おはようございます、リュウジさん。大丈夫ですよ、活動するのはお昼からですし」
ガバッと起きるとニーナが髪を梳かしていた。窓から入る朝日に照らされてキラキラ輝いている。
あ、そうだった。昨日寝る前にそういう話になったんだった。
「ん~…おはよ、リュウジ、ニーナ」
タニアも今起きたばかりか。
「おはよう、ニーナ、タニア。タニア、寝ぐせが凄いぞ」
起きたばかりのタニアは、寝ぐせのついた髪を手櫛で乱暴に梳いてからベッドから出てきた。
「ん~、よし!顔洗ってこよう。いこ、ニーナ」
「はい、リュウジさんも行きましょう」
三人で寝間着のまま村の井戸に行って顔を洗う。ちょっと遅い時間なのか井戸の周りには誰もいない。
「ぷはっ。さっぱりした。さあ、ご飯食べて今日も頑張ろう」
歯を磨き顔を洗って寝ぐせを直す。世界が変わってもやることは変わらないな。飯を食って働いて寝る。働く内容がバイオレンスだけどね。
「おはようございます。朝食出来ていますので召し上がってください」
戻るとラーリルさんが朝ご飯を作ってくれていたので遠慮せずに頂く。
「これ、父から頼まれたものです。今日も頑張って下さいね」
鉄製の鍋に入れられていたのは、昨日も貰った牛肉だった。
「ありがとうございます。じゃあ、今日も頑張ってきますね」
「はい、よろしくお願いします」
ラーリルさんが二コリと微笑む。
「む」
「ほほう」
ニーナとタニアが顔を近づけて何か話し出したが、僕には聞こえないくらいの声だったし、二人とも難しそうな顔だったから突っ込まないでスルーしておいた。
「ニーナ、ラーリルさんて、もしかしたら…」
「タニアさんもそう思いましたか。これはなるべく早く依頼を終了させて帰ることにしましょう」
「リュウジもやるなぁ。いつの間に誑し込んだんだろう?」
「リュウジさんの包容力なら私と同い年の女の子なら分からないでもないです」
「確かに。勇者だしな」
「そうです。でもそれを抜きにしても魅力的だと思います」
「あたしとしては、リュウジを狙うのがもうちょっといてもいいかなと思うんだけどね」
「え?タ、タニアさん!?」
「ぬふふ、冗談だよ、ニーナ」
「もう!」
「今日も頑張ろうね、ニーナ、リュウジ」
「はい、早速行きましょう、リュウジさん」
二人ともどうしたんだろう?内緒話が終わったと思ったら滅茶苦茶笑顔だ。
「う、うん。じゃあ行こうか。」
「あ、それだったらこれ、お弁当です。良かったら食べてくださいね」
おお、お弁当まで作ってくれるんだ。
「ありがとうございます、ラーリルさん。いただきます」
ラーリルさんが綺麗な布で包まれたお弁当を持ってきてくれた。受け取って部屋に戻る途中でもニーナとタニアの内緒話は続いていた。何話してるんだろう?




