第八十五話
下見を終えた僕たちは、村長の家に帰ってきた。
「帰りました」
「おかえりなさい。夕飯ができていますので荷物を置いたらおいでください」
「わかりました」
できたところかな?いいにおいがする。美味しそうだ。持っていた武器を部屋に置いて居間に向かうと村長さんが席についていた。
「ああ、皆さんおかえりなさい。さ、夕餉の支度ができましたからな。いただきましょう」
「ありがとうございます。いただきます」
三人で並んで座って晩御飯をいただく。献立はスープとステーキ、パンとサラダだ。スープには野菜と香草?みたいな葉っぱが入っている。香草のせいなのかなかなかに刺激的な味だが美味い。肉はこの村で育てている牛の肉だそうだ。牛肉なんて久しぶりに食べるな
村長さんもその娘さんも一言もしゃべらないんだ。なんでだろ?食事の時は喋ったらいけない決まりなんだろうか。なんだか僕達も誰も喋らない。静かな部屋にカチャカチャとナイフとフォークの音だけが響いている。
「なんだかちっとも美味しくなかった気がしない?」
沈黙の夕食が終わってあてがわれた部屋に帰ってきた。
「そうですね、いつもが楽しく食べていますから、なんだか味気ない気がしました」
「出されたものは美味しかったんだけど、なんか味気なかったよね。あたしはいつもみたいにお喋りしながら食べた方がいいなぁ」
やっぱり二人も同じ感想だったか。食事は楽しく食べたほうが美味しく感じるからなぁ。明日の夕飯の時にでも提案してみるか。
明日から森狼退治だ。
「明日から本格的に活動するから、今日は早く寝ようか。あ、狼って夜行性か?」
「森狼は基本的には夜行性ですけど、昼間でも比較的活動していて襲ってくることもあるみたいですから明日はとりあえず朝から活動することにしませんか?」
「あたしもそれでいいと思う。それで遭遇できなかったら夜にしてみればいいんじゃない?」
「わかった。んじゃ、それでいこうか。」
夕飯を食べたのが、日が暮れた頃だから今は十九時くらいかな?寝るには早いがこれまでの疲れがあるからもう寝ちゃうか。
「ふぁ~。さすがに疲れたよー。リュウジー、お湯貰ってきてくれない?」
珍しくタニアが眠そうだ。言われた通りにお湯を貰ってこよう。
「わかった。待ってて」
ラーリルさんにお湯を頼んだら、すぐ貰うことができた。
「あ、ありがとうございます。準備してたんですか?」
「はい、皆さんお疲れでしょうから早くお休みになると思って用意しておきました」
気遣いのできる人だなぁ。有り難く貰っていく。
「あ、二人が拭いている間、庭を借りてもいいですか?」
「ええ、どうぞ好きなように使っていただいていいですよ」
さすがに体を拭くのは一緒にはできないから、二人が拭いている間は素振りでもしておこう。
「貰ってきたよ」
部屋に入って桶を渡す。
「じゃあ、僕は素振りでもしてくるよ」
「え?一緒にやんないの?」
「タニアさんっ!」
「馬鹿なこと言ってないで体拭いて。じゃあね」
タニアの言葉にニーナが真っ赤になって抗議している。剣を持って部屋を出ても二人がじゃれている声が聞こえてきた。タニアはニーナをからかうのが好きだなぁ。
一時間くらい素振りをして、ラーリルさんにお湯を貰って汗を流して部屋に戻ると二人で仲良さそうにお喋りしていた。
「あ、リュウジも終わったの?」
「うん、体も拭いてきたよ。もう寝る?」
「はいそうしましょう。おやすみなさい、リュウジさん、タニアさん」
「おやすみニーナ、タニア。明日も頑張ろうな」
「うん、おやすみー。蝋燭消すよ?」
燭台で燃えている三本の蝋燭を息で消すと真っ暗だ。ベッドに潜り込んで目を閉じた。
気が付いたらもう空が明るくなっていた。かなり疲れてたんだなぁ。ベッドから起きて左右を見ると二人ともまだ寝ていた。顔でも洗いに行くか。
タオル代わりの布と歯ブラシを持って家の外に出て共同の井戸まで行くとラーリルさんがいた。
「おはようございます、ラーリルさん」
「おはようございます、早いですね」
「目が醒めちゃいまして。ラーリルさんも早いですね。いつもこれくらいですか?」
女の人って早くから起きているな。仕事があるからか。
「そうですね。いつもはもう少し遅いんですが、お客様がいるときはこれくらいです」
「あ、それは申し訳ない。何か手伝いましょうか?」
「いえ、気持ちだけで。ありがとうございます」
ラーリルさんは、ふわりと微笑んで水瓶を抱えて歩き出す。
「もう一個あるけどまた取りに来るのかな?」
ま、自分のことをやろう。井戸の横にある桶を落としてロープで釣り上げて水を汲んだら、そのまま顔を洗って寝ぐせを直す。歯ブラシで歯を磨いたら口を濯いで終わりだ。髭は剃らなくてもよくなったから有り難い。昔は毎日剃ってたから大変だったなぁ。
そんなことを考えながら帰ろうかと思っていたら、向こうからラーリルさんが歩いてきた。
「あれ?ラーリルさん?」
「もう一つありますから」
「あ、持ちますよ」
ラーリルさんが持とうとした水瓶を抱えて歩き出す。
「あ、ありがとうございます。リュウジさんは冒険者なのに全然怖くないんですね」
歩き出してすぐにラーリルさんがぽつりと零した。
「え?そうですか?僕はこれが普通だと思いますけど…」
「私、昔冒険者の人に襲われそうになったことがあるんです。その時はお父さんが助けてくれたんですが、それから冒険者の男の人が怖くて…」
「そうだったんですか…それで何か態度が硬かったんですね。あ、昨日の夕飯の時喋らなかったのって…」
「そうです。お父さんもその時のことがあったので冒険者にいい印象が無かったのと、ここ最近の疲れで…」
ラーリルさんは儚げな美人さんだから来た冒険者が粗暴な奴とかだったら襲われることがあるかもしれない。セトルの町にはいなさそうだけど全員知ってるわけじゃないからな。中にはそういう粗野な人もいるんだろう。
「今回は森狼が出たので村人では無理でした。だから依頼を出さないといけなかったんですがそれを出すのも結構悩んだみたいで…。でも、受けてくれたのがあなたたちみたいな優しい人たちでよかった。大きな怪我をしないように祈ってます」
「…ああ、落胆させないように精いっぱい頑張りますよ。今日から張り切ってね」
「依頼、気を付けてください。よろしくお願いします」
と丁寧に頭を下げられてしまった。いい人だなぁ。しかし、無茶苦茶する冒険者もいるんだなぁ。盗賊と変わらないじゃないか。
家に帰ってきてラーリルさんと別れて部屋に行くと二人とも起きていた。さあ、今日から頑張ろうかね。




