第八十四話
あれから一日半歩いたよ…疲れた…
マットがあって良かった。これで地面に直接だったら、寝れなくて疲れも取れなくてもっとボロボロになってだろうなぁ。
「あ、村が見えたよ!」
タニアが指さす方向にぽつぽつと家が建っているのが見える。村の周りには柵は無くて、なんだか懐かしい感じがする村だ。
「あれが、カルート村か。長閑なところだな」
村の向こう側には山が見え、その麓は一面緑に覆われていた。あれ全部牧草地か?その牧草地の中に黒い点々が動いている。
「あれ、牛か?」
「どれですか?……そうですね、牛だと思います」
僕が思っている牛だとすると、かなり遠くにいるんじゃないかな?これ…狼ってどこから来るんだろう?範囲が広すぎてどうしたらいいか…
「森狼が来るのってどこからだろうね?」
「とりあえず、村に行って村長さんから話を聞きましょう。それからですね」
「そうだね、じゃ、行こうか。早く休憩したいよ」
ニーナとタニアに笑われながら村に向かって歩き出す。五分くらいで村に着いた。
「この村には門番みたいな人はいないんだね」
「そうですね…村を囲う柵もありませんし、森からも遠いのでゴブリンもあまり来ないんですかね?」
村には柵はないが、坂の途中にあるのか石垣がありその上に家が建っている。段々になっているんだ。
「あっちが村長さんの家みたいだよ!」
先に行って村人に尋ねたんだろう、タニアが村の奥の方を指さしている。
「行きましょう、リュウジさん」
ニーナに手を引かれて村長の家に向かう。
「すいません、依頼を受けた冒険者です!どなたかおられますか?」
村長の家は、周りの家よりも少し大きな家屋だった。扉をノックし声をかけると中から十代後半だろうか若い女の子が出てきた。
「お待ちしておりました。私は村長の娘のラーリルと言います。奥で父が待ってますのでどうぞお入りください」
「わかりました。お邪魔します」
案内されて中に入ると、綺麗に掃除された居間がありテーブルには花が飾られている。
「こちらへ」
奥へ通されると短い廊下がありその向こうに応接室があるみたいだ。
「父さん、冒険者の方が見えたわ。入っていいかしら」
「ああ、入ってくれ」
中から低い声で返答があり、ラーリルが扉を開けて中に入るように勧められる。
「こんにちは、依頼を受けた冒険者で僕はリュウジと言います。こちらがニーナで、タニアです」
三人で部屋に入り自己紹介する。村長は三十代くらいの若い男性だ。目の下に濃いクマがありかなり憔悴しているように見えた。立ち上がった村長は深々と頭を下げる。
「依頼を受けてくださってありがとうございます。カルート村村長のジッタといます。この村は見て貰えばわかるように畜産を主産業にしている長閑な村です。それが二週間ほど前から放牧中の牛が殺されて食い荒らされるようになったんです」
村長の話を纏めると、二週間前から三日に一回ほどの頻度で、西の森の近くで牛が殺されて食べられてそのままになっている死骸が発見されるようになった。牛飼いもいるらしいんだが広い牧草地を少ない人数で見ているため目が届かないところにいた牛が狙われたらしい。
「で、先日牛飼いの一人が襲われて亡くなった、ということですか」
「西の森の近くでよく襲われていたので、そちらの方に人を増やしていたんですが何かの拍子に一人になった所を狙われたみたいです。一緒にいたもう一人がその場に帰ってきたときにはまだ息もあり急いで連れ帰ってきましたが駄目でした…その時に襲われた牛飼いが森狼にやられたというようなことを言っておったそうです。現場には牛も一頭食い殺されていました」
森狼は人も襲うのか…
「森狼は普段は牛は襲わないんですよね?」
「はいそうです。普段ならもっと森の奥の方にいるはずなんですが、なぜかこんなことになってしまって…」
「襲ってきた森狼の数は分かりますか?」
「おそらくですが、少なくとも五頭はいると思われます」
少なくとも、か…
「タニア、森狼と戦った経験はある?」
タニアの方を向くとなんだか難しい顔をしていた。
「うん、あるよ。でもそんなに多くはないね」
「じゃあ、あとでいろいろ教えてくれ」
「わかった」
次いでニーナの方を見てみると、気合の入った顔をしていた。
「わかりました。頑張りますのでよろしくお願いします」
「おお!こちらこそどうぞよろしくお願いします。滞在中はこの屋敷で寝泊まりしていただきたいんですがよろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
「移動でお疲れになったでしょう。夕の食事も用意します。家が狭いので客間は一部屋しかありませんが寝床は三人分ありますのでゆっくりしていってください」
良かった、今日はベッドで寝られるのか。夜までまだ時間があるからその現場を見に行くかな。
「では、お言葉に甘えさせてもらいますか」
部屋に案内してもらい荷物を置かしてもらう。
「何か御用がありましたら呼んでください。それでは」
ラーリルはそう言うと扉を閉めて出ていく。部屋は十五畳くらいの広さで結構広い。そこに木でできたベッドが三つ置かれていて藁を生成りのシーツで包んであった。一般的なベッドだろう。
「藁かぁ、これ結構チクチクするんだよなぁ。ま、この上からマットを敷いとくか」
「あ、もちろんあたしもー」
「私もお願いします」
「あはは、もうこれが無いと駄目だよねぇ」
リュックサックから皮のマットを取り出してベッドに置き持参したシーツを被せる。藁でも柔らかいんだけどシーツから飛び出したり、背中に刺さったりするから寝にくいんだよね。
「これで良しと。まだ時間があるからさ、ちょっと下見に行かないか?」
「下見?」
「そう下見。西にある森まで行ってみない?」
森からくるって言ってもどのあたりから来ることが多いか分からないし、地形も確認しておきたいんだよね。
「じゃあ、ラーリルさんに一言断ってから行きましょう」
「ん、わかったよ。あんだけ疲れたって言ってたのに結構元気じゃん」
タニアに肩を叩かれる。疲れてはいるんだけど、ちょっと休めばかなり回復するんだよね。若いってのは素晴らしいことだなぁ!
僕たちは武器だけを持って部屋を出て居間まで行く。居間の奥にあるキッチンでラーリルさんが料理をしていた。
「ラーリルさん、ちょっと西の森の辺りまで行ってきます」
「はい、わかりました。もうすぐ日没ですのであまり遅くなりませんよう気を付けて行ってきてください」
「わかりました。では行ってきます」
村長の家を出て西の方に向かう。この世界でも太陽は東から昇って西に沈む。今もかなり傾いてきているけど日の入りまでまだニ、三時間はありそうだ。
「それじゃあ、散歩がてら行きましょうか」
この村は北側に高い山がありその麓にある。日当たりはとても良くて牧畜には向いているんだろう。
牧草地を歩くこと十分。あと百メートルくらい向こうが西の森との境だ。
「この辺りかな?」
「いや、ここじゃないと思う。ここには争った跡がないからさ」
争った跡か…争った跡とはどういうもんだろう?うーん……牧草が剥げてるとかそういうところか?……周りを見回してみると、ここからちょっと右手の方に黒く抜けた箇所があった。
「あれかな?」
「リュウジ?何か見つけたの?」
「ああ、ちょっと見てくるよ」
「私も行きます」
「じゃああたしはこの辺を探してみるよ。何かあったら呼んでね」
タニアと分かれて、ニーナと一緒に見に行ってみるとそこはまさしくここで争いましたって跡だった。
「あー、ここだね」
「ここですね」
周りの草に付いた血痕、荒らされて千切れた牧草や大きいものが引きずられた跡が森まで続いている。
「ニーナ、森狼って大きさってどのくらいあるの?」
「確か、大きい個体だと体長二メルチを超えるのもあるらしいです」
「でかいね…そうすると体高は一メルチくらいかな」
「そうですね、もうちょっと大きいかもしれません」
長さが二メートル超で高さが一メートル超って…どんだけでかいんだ!ほぼ熊じゃないか!
「狼っていうくらいだから、群れてるんだよね?」
「はい、五から八頭くらいの群れを作っているといわれています」
これは…無理かもしれないぞ。群れるってことは、連携をとることができるってことだ。それが八頭もいたら…詰んだかも…
「ニーナ、これ僕達じゃ無理じゃない?」
「確かにあと一人か二人いた方が良いと思いますが、私たちならいけると思いますよ?」
「その根拠は?」
「私の魔法とタニアさんの弓です。それに、リュウジさんの鎧が金属片鎧になったので私はいけると思います」
「金属鎧にはなったけど…狼って足首狙ってくるよね?」
「そうですね」
「僕、長靴ブーツは革のままなんだけどね」
「あ。」
あ。って…口元に手をやり、目を逸らすニーナ。他人事だからね、いいけどさ…
「まあ…うん、頑張るよ…」
こうなったら覚悟を決めるしかないか…なんかいつもこんな感じだなぁ、僕たち…戦う前にそれができたから良しとするか…ポーションの数を確認しとこう。




